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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ふつうの短編集

子どものあそび

作者: 桜井あんじ

「ただいま~」

「パパ~! おかえりなさい! おみやげ! おみやげはぁ?」

 ドアを開けた途端に飛びつかれた勢いで、パパは危うく後ろにひっくり返るところだった。

「こら! パパは疲れてるのよ。少しくらい待てないの!」

 ママはキッチンから出て来ながら怒鳴った。

「だってぇ~」

 やんちゃな弟くんとは反対に、お兄ちゃんの方は、パパのコートと帽子を受け取ってクローゼットに丁寧に掛けた。そして大人しく座って待っている。本当は弟よりもずっと、頼んでおいたおみやげを心待ちにしているのだけれど。

 そんな控えめなお兄ちゃんの事を良く分かっているパパは、優しくその頭を撫でた。

「まあまあ、ママ。家に帰って子どもたちの顔を見れば、疲れなんて吹き飛ぶものさ」

 と、大きな身体をソファにどっと投げ出し、荷物の中からおみやげの包みを取り出した。すかさず弟くんが飛びつく。

「わーい!」

「こらこら、そっちじゃないよ。これはお兄ちゃんの。お前のはほら、こっち。お菓子が良いんだろう?」

 パパは苦笑いしながら、弟くんに包みを渡した。

「うん! お菓子! お菓子!」

 言いながら弟くんはもう、包みを開け始めている。

「もうすぐお夕飯ですからね! 少しだけよ!」

「はあ~い」

 弟くんは、クッキーを噛りながらママに生返事をした。

「さてと。お兄ちゃんには、これだな。ええと、なんとか工作キット。パパは良く分からないから店員さんに頼んで出してもらったんだけど……、これで良かったか?」

 お兄ちゃんは頬を赤くして、まるで賞状でも受け取るみたいにパパからそれを受け取った。

「うん! これだよ。すごく欲しかったんだ……、パパありがとう」

 よっぽど嬉しかったに違いない。パパも幸せな気分になった。お兄ちゃんはさっそく、このために用意しておいた机の上でそっと箱を開ける。パパと弟くんはお兄ちゃんの肩越しにのぞき込んだ。箱の中には、細かい部品やら、何かの道具やらがぎっしり詰まっている。

「へえーっ。こりゃ大したもんだなあ。しかし、組み立てるのがすごく難しいんじゃないのか」

 パパは少し心配になってそう言ったけれど、お兄ちゃんは、

「大丈夫だよパパ、これくらい。ぼく、工作得意なんだ!」

 と、平気な顔をして胸を張った。そして机の上に、真っ黒い工作用のマットを敷き始めた。パパは内心舌を巻き、黙って息子の作業を眺めることにした。

「さて、と……」

 マットを敷き終わったお兄ちゃんは言った。

「光あれ」

 お兄ちゃんは机の上に用意してあったライトのスイッチを入れた。まだ何も無い、真っ黒いマットが明るく照らし出された。ここにこれから、お兄ちゃんの工作が組み立てられるのだ。

「わあー!」

 弟くんがクッキーを手にしたまま乗り出したので、クッキーの欠片がポロポロとマットの上に落ちた。

「こらこら、だめだよ」

 お兄ちゃんは優しく弟くんに言うと、マットを丁寧に払ってキレイにした。

「さて」

 お兄ちゃんがいよいよ作業にとりかかろうとした、その時だ。

「ご飯よ~!」

 無情にも、ママの声がキッチンから飛んできた。お兄ちゃんはちょっとがっかりした顔をしたけれど、工作はそのままにして素直に食事に向かった。何しろ、ママには誰も逆らえないんだから。

 そうして、その日はそれでお終いになった。


 次の日。弟くんがまだぐっすり眠っているうちに、お兄ちゃんは目を覚ました。さっそく工作を始めようと机に向かう。

「ええと、どこから始めようかな」

 お兄ちゃんは腕組みして考えた。真っ黒いマットの上にはまだ、何にもない。水がちゃぷちゃぷいっている。それだけ。

「うん、まずは、水のある所とない所を分けないと」

 お兄ちゃんはそう独り言を言って、手を動かしはじめた。楽しそうに工作を作ってゆく。

 丸一日かけて苦労して、お兄ちゃんは水のあるところとないところを分けた。水のないところには空気ができた。


 次の日。お兄ちゃんのする事を、弟くんが脇からじいっと見ている。お兄ちゃんは水のところをひと固まりにして、それ以外の場所に土のところを作っている。しばらくして手を止め、じっとそれを眺めると、

「うん、よし」

 お兄ちゃんは嬉しそうに言った。

「すごぉーい! お兄ちゃん、じょうずー! すごーい!」

 弟くんが拍手して、お兄ちゃんはちょっと得意気な顔をした。

「まだまだこれからだよ。ほら、見てごらん」

 そう言うと、お兄ちゃんは土のところを指差した。弟くんが顔を近づけてじいっとのぞきこんでみると、なんと、土の中からにょきにょきと何かが生えてきた。

「お兄ちゃん、何か出てきたよ。これなあに?」

「植物だよ」

「植物……?」

 弟くんが驚いている間にも、土のところには次から次へと草や樹が生えてきて、しまいには花を咲かせたり実をつけたりした。

 弟くんはすっかり感心して、ずっとそれを眺めていた。そして、その日はそれでおしまいになった。


 次の日。お兄ちゃんは、光の球を二つ作った。一つは大きくて、もう一つは小さい。

「わあ! すごい!」

 弟くんが触ろうとしたので、お兄ちゃんは慌ててそれをマットの上の方、弟くんの手が届かない高いところに置いた。

「だめだよ、熱いからね。やけどしちゃうよ」

 高い所できらきら輝く大きな光の球が、マットの上の、水のところと土のところを照らした。夜は小さい方の球が照らすことになっているので、マットの上はずっと暗い。お兄ちゃんは、それだけじゃ少し寂しいなと、ビーズみたいな小さい光の粒をいっぱい作って夜の空に飾った。

「わーあ! きれーい」

 弟くんも大喜び。

「ほら。これで昼と夜、それに季節と時間ができたんだよ。分かりやすいだろう」

 お兄ちゃんは弟くんにそう教えてくれた。


 次の日。お兄ちゃんは朝からはりきっている。

「お兄ちゃん、今日は何を作るの?」

「今日はね、いよいよ、いきものを作るんだ」

「いきものってなあに」

「まあ見ててごらん。すぐにわかるよ」

 お兄ちゃんはそう言うと、まず水のところで何か動くものを作り始めた。たちまち、水のところは動くものたちでいっぱいになった。うねうねと身体を動かして、水の中をあちこち泳ぎまわっている。大きいのや小さいの、きれいな鱗のあるのや変な形の、とにかくいろんな種類のいきものを、お兄ちゃんは次々に作っていった。そして今度は翼のあるいきものを作ると、空気のところに飛ばした。翼のある小さないきもの達は、楽しそうにパタパタと羽ばたいている。

「いっぱいだねえ、お兄ちゃん」

「うん。これだけ作れば充分だろう。後は勝手にどんどんに増えていくんだよ」

「へえ、すごいねえ」


 次の日。お兄ちゃんは今までで一番真剣な顔をして、工作マットに向かっていた。昨日の続き、いきもの作りに取りかかる。水のところと空気のところにはもういきものがいるので、今度はお兄ちゃんは土のところにいきものを作った。走るのやぴょんぴょん跳ねるの、のんびり寝てるのや草を食べてるの、お兄ちゃんは次々に色んないきものを作っていった。どうやってこんなスゴイこと思いつくんだろうと、弟くんは目を丸くして見ている。

 マットの上は色んな草木といきもの達であふれかえった。水のところは光の球を反射してキラキラ光り、土のところは山や谷があっておもしろい形をしている。空気のところにはそよそよと風が吹いて、羽根のある生き物たちは可愛い声で楽しそうに歌っている。

 全体で見ると、とっても素敵だ。

「やったね、お兄ちゃん。とうとう完成だね!」

 弟くんは拍手しようとしたけれど、

「いや、まだだよ」

 と、お兄ちゃんが言うので手を止めてしまった。

「もうこれで、出来上がりじゃないの?」

「まだだよ。これからが一番、おもしろいところなんだ」

 お兄ちゃんはそう言って、にんまりと笑った。

 お兄ちゃんはそっと手を開くと、その中にあるものを弟くんに見せてくれた。そこには小さくて、お兄ちゃんにそっくりな形をしたものがあった。

「これ、なあに。お兄ちゃんに似てる」

「うん、これは、ヒトだよ」

「ヒト?」

「そう。これは、全部の支配者なんだ」

 そう言ってお兄ちゃんはその「ヒト」を、マットの真ん中辺り、土のところにそっと置いた。ヒトはたちまち動き出し、楽しそうにその辺を歩き回った。時々、木の実を摘んで食べたりしている。

「どんどん食べて、どんどん増えるんだぞ」

 お兄ちゃんは、そうヒトに言った。

「へえ。この水と土と空と、植物と、あと全部のいきものは、この『ヒト』のものなんだね」

「そうだよ。それで……」

 お兄ちゃんはにんまりと笑った。

「『ヒト』は、ぼくのものなんだ」


 次の日。お兄ちゃんは、完成した工作を満足そうに眺めて過ごした。

 時々いきものをつまみ上げてはあっちこっちへ動かしたり、山の上からふうっと息を吹きかけてみたり、樹をつっついたりして、楽しそうに遊んでいる。

 お兄ちゃんはすごく美味しそうな実がなる樹を、土のところに作った。そして、食べたそうな顔をしている「ヒト」に、食べちゃだめだと言った。そう言われて「ヒト」は、しょんぼりした顔で美味しそうな実を眺めている。兄ちゃんはニコニコしながら、それを眺めている。

「お兄ちゃん、ヒト、かわいそうだよ。きっとこれを食べたいんだよ」

「うん、分かってるさ」

「じゃあどうして食べちゃダメなんて言ったの?」

「それはね……」

 ヒトは、キョロキョロと辺りを見回している。お兄ちゃんが見ている事も知らず、ヒトはこっそりとその実を取って食べた。

「あ、食べちゃった」

「そりゃ、食べるさ。こんなに美味しそうなんだからね」

 お兄ちゃんはそう言って、ヒトの前に現れた。お兄ちゃんに叱られたヒトは、しょんぼりとうなだれた。

 お兄ちゃんはヒトに罰を与えた。

「ほら。こうしておけば、ヒトは自分が悪いやつだと思うだろう。これから先ずうっとずうーっと、後ろめたい気持ちでいるのさ。だからお兄ちゃんに逆らえなくなって、お兄ちゃんの言うことなら何でもきくようになるんだよ」

「へえー! お兄ちゃんって頭いいー!」

 すっかり感心した弟くんに褒められて、お兄ちゃんは得意げに笑った。


 ヒトはどんどん、どんどん増えていった。

 たいていのヒトはみんな同じように見えて、弟くんには最初、区別がつかなかった。それでもよく見ると、ひとりひとり少しづつちがっていた。

 よく働くヒトもいれば、いつも隠れてさぼっているヒトもいる。みんなの前で号令をかけるのが好きなヒトもいれば、黙って誰かについて行くヒトもいる。ヒトを助けるのが好きなヒトもいれば、ヒトを殺すのが好きなヒトもいる。他のヒトといつも一緒にいるヒトもいれば、ひとりぼっちで旅をするヒトもいる。わりと賢いのもいれば、すごくバカなのも。他のいきものをかわいがるのもいれば、いじめるのも。堂々としているのもいれば、コソコソしているのも。

 不思議なのは、誰かかいなくなると、その場所に同じようなヒトがまた現れることだった。なまけものが死ぬと、今まではたらきものだったヒトがなまけものになって、今までなまけものがいた場所にいた。号令をかけるヒトが死ぬと、今まで黙っていたヒトが代わりに号令をかけ始めた。ヒトを殺すヒトが死ねば、また別のヒトが他のヒトを殺し始めた。

 そうしてやっぱり、いつもいろいろなヒトがいるのに変わりはなかった。

 中でも特にお兄ちゃんを大好きなヒトが何人かいた。そういうヒトは、皆の前に立ってお兄ちゃんのことを話したり、本に書いたりしている。お兄ちゃんは時々、ヒトを虐めて遊んだ。そういう時、そのヒトは、自分たちが悪いやつだからだと他のヒトに説明した。みんながそう言われてしょんぼりすると、そのヒトは、でもいつか素晴らしい場所にお兄ちゃんが連れていってくれるから、と励ました。それでみんなニコニコした。

 お兄ちゃんの言ったとおり、お兄ちゃんがどんな酷いことをしても、ヒトはお兄ちゃんを嫌いになるどころかますますお兄ちゃんを大好きになっていった。


 お兄ちゃんが毎日工作に夢中なので、弟くんは退屈になってきた。

「おにーいちゃーん。ねえ、遊んでよぉ」

 だけどお兄ちゃんはウットリした顔で工作を眺めているばかり。弟くんは、だんだん腹が立ってきた。

「ねえ、おにいちゃん! ぼくにも遊ばせてよぅ」

「ダーメ。お前にはまだ早いよ」

「やだー! ぼくもやるー!」

「だめ!」

「うわあああああん!!!」

 弟くんはいつもの手で、大げさに泣き出した。

「おにーいちゃーんがー! いーじーわーるっ! ばあーか!」

 きいきい声で叫ぶが早いか、弟くんはお兄ちゃんの工作をひっくり返した。

 植物もいきものも土も水も光の玉も、そしてヒトも、バラバラになって部屋中に飛び散った。絨毯の上は泥だらけ。光の球は部屋の隅っこに転がっているし、あるヒトなんて、カーテンレールに逆さにぶら下がっている。

「あんたたち、何してるの!」

 ママが部屋に飛び込んできた。弟くんもお兄ちゃんも、しーんと静かになった。

「ちょっと、何なのこれは! 部屋をこんなにめちゃくちゃにして! 大体、あんた達はいつもいつも……」

 必要以上に声を張り上げてここぞとばかりに怒鳴りまくるママは、なんだかストレス発散しているようにも見える。パパは溜息をつきながら、しょげかえっている子どもたちとママの間に入った。

「まあまあ、ママ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」

「あなたがいつもそうやって甘やかすからでしょ! ほら、見なさいよ。せっかく買ってあげた工作だって壊しちゃって!」

「こんなもの、また買ってやるよ。所詮、こどものあそびさ。大したものじゃないよ」

ぼくなりの、「祈り」のようなものです。

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