おっさん、トキヲカケル
ホントは十四日に投稿したかったのですが、思い浮かんだのが昨日だったので・・・
引っ越しの準備に追われている中でふと思いつきました。
ホワイトデーに纏わる物語です。
それでは、どうじょ(/・ω・)/
あ、あと、こういうのって良いのか分かりませんが、プロミスザスターって曲を聴きながら読んでもらえると嬉しいです。作者がこの曲めっちゃリピート再生しながら書いたので。
ズズーッ
休日の今日もカップラーメンがウマい。
その傍にはキムチの入った容器とペットボトルのお茶。
いつもの面子でさして代わり映えしない。
半分ほど面を啜るとキムチをカップ麺に突撃させる。
ただでさえ、塩分の塊であるというのに、更に血圧を上げてしまう悲劇を私は望む。
赤色に染まったスープはとてつもない異彩を放つ。
そしてそれを一気にかっこむ。
うん、ウマい。
「ゲホッ、ゲホッ」
呑み込んだ後の体の芯から来る熱と、喉を襲う辛みが堪らない。
少し離れた場所にあるティッシュの箱を足を延ばして指に掛けて引き寄せる。
ここは自室だ。己の城なのだ。ネチネチとうるさい上司も、上っ面だけの敬語で敬意の欠片もなく尻拭きを頼んで来る厚かましい後輩も居はしないのだ。
食べ終わったものをほったらかして敷きっぱなしの布団に倒れ込む。
こんな不衛生な生活にもだいぶ慣れた。
三月という年度末は社畜の為にあると言っても過言ではない。
朝早く起きて、熱気と臭気に耐えてぎゅうぎゅうの鉄の箱に乗って会社に向かい、サービス残業という名のデス・パレードを乗り越え、自分の部屋に戻り、着替えもせず布団に倒れ込む。
ここ数日は寝ても中々疲れが取れない。目の下のクマが日に日に存在感を増して行くのも鬱陶しい。
そんな生活をしていれば嫌でも歪む。
自分はまだ歪みの少ない方だとは思う。
同期だった男性社員は入社してから目に見えて痩せて行き、気付いたら会社を辞めていた。
とても人懐っこい笑顔で男から見ても魅力的だった彼が削れて行く姿はとても見ていられなかった。
ぼんやりと彼のことを思い浮かべていると、ふとカレンダーが目端に引っ掛かった。
「十四日」
気付いてしまった。
忌まわしいあの日。
必死に忘れようとしたあの日。
何度も乗り越えようとしたあの日。
何度も自分を呪ったあの日。
何度も彼女に謝ろうとしたあの日。
思い出すと途端に気持ちが悪くなって来た。
トイレに駆け込む。体の奥から湧く不快感の塊を食べたものと一緒に吐き出す。
しかし、それでも吐き気は収まらなかった。
トイレから覚束ない足取りで戻ると小さいオフィスチェストから徐に薬の入った袋を取り出す。
毒々しいぐらいの彩の薬を口に入れ、台所の蛇口から直に水で押し込む。
「ング、ング、っぷは!」
体が薬という存在に安心したのか飲んですぐに吐き気は薄らいでいった。
自分もかなりの薬漬けになったもんだと渇いた笑いが出た。
それから布団に寝転がる。兎に角何も考えずに意識を手放したかった。
が、全く以て眠れる気がしない。まるで、体が眠るな、起きろと体の主を叱咤しているようでどうにもならない。
目を瞑っても思い出す。どうにもならないことを。
どうやっても消えてはくれない。
仕方なく、気分転換も兼ねて、外に出ることにした。
上着を羽織い、財布とスマホをそのポケットに突っ込む。
鍵が見つからず、仕舞ったのかと思いオフィスチェストを漁る。
しかし、見つからない。
苛ついて、探していた段の引き出しを思いっ切り引っ張った。
勢い良く飛び出た引き出しはサンタクロースが如く中に仕舞っていたものを無責任にばら撒く。
やっちまったと散らかったものを集めていると、手が止まった。
それは一袋の包みであった。中身は手作りのクッキー。決して高級品などではない。寧ろ市販品のような安っぽい一品だった。だが、その包みが開かれることはない。長い年月を経て食べることが出来なくなったそれはどうにもならない現実を如実に指し示していた。
それに触れないでいると、ふと布団の下に違和感を感じ、捲ってみる。
すると、そこに部屋の鍵があった。
自分でも驚くほどの勢いで鍵を掴むとすぐさま部屋から──止まった時から逃げようとする。
しかし、胸騒ぎがする。
このままで良いのかと。頭に何かが語り掛けて来る。
それがただの幻聴だとしても、それを無視することは出来なかった。
怯えながら手を伸ばす。食べることも出来ず、捨てることも出来ないそれをまるで壊すまいというかのようにそっと手に取り、懐に仕舞う。
そして部屋を出た。
外は三月も半ばというのにまだ冷たかった。
しかし、その冷気が体の異常な熱を冷ましてくれることは唯々ありがたかった。
街を歩く、周りは活気に溢れている。
家族連れが一団となって歩いていれば、違う所ではカップルらしき男女の二人組が手を繋ぎ、楽しそうに言葉を交わしている。
とある店からは軽快な音楽が流れ、とある店の前にはデカデカとチョコレートが置かれ、「大安売り」の赤い文字が目に付いた。
そうした場所にいると飼い主と散歩している犬の鳴き声さえも自分の孤独を酷く実感させた。
気付くと公園に居た。
ベンチに座った自分の手には冷めた缶コーヒーが握られていた。
どうやら、意識もなくこの手のものを買い、此処までやって来たらしい。
よりにもよってこの場所とは
とうとう自分にもガタが来たかと自嘲せざるを得ない。
とっくに冷めているコーヒーを呷りながら、周りを見ていると子どもたちがボールを蹴って遊んでいた。
公園の傍にあった筈の駄菓子屋は今はもうない。
自分も友達とあんな事していたな、と懐かしみながらベンチから立つ。
缶を片手にその場を去ろうと公園を出た時だった。
自分より少し遅れたタイミング子どもたちの一人が力一杯蹴ったのであろうボールが公園の外へ出てしまった。
それを追い掛けて出て来る子どもを見ていると、凄まじい悪寒が背筋に走った。
気付くとのその子どもの方に車が迫っていた。
「危ないぞ、戻れ!」
そう言えば済む筈であった。
しかし、何に怯えたか声は出なかった。
コーヒーで喉を潤したばかりの筈なのに。
しかし、車は速度を落とす気配はなかった。
ボールを手にした少年は漸く自分の窮地に気が付いた。
しかし、神は性悪で悪戯好きだった。
男の子は迫って来る死神を前に動けなくなっていた。
顔は恐怖に歪んでいた。
その時だった。
「ゆーくんっ!」
女の子の声だった。
一緒に遊んでいた少女の声だろうか。
少女にとってあの少年はどの様な存在であるのか。
同級生
遊び仲間
友人
幼馴染
好きな人
気付いたら足が動いていた。
やけに時間がゆっくりに思えた。
脚が重い。腕を全力で振っている筈なのに前に進まない。もどかしい。
思い出す、あの日の音を。
思い出す、あの日の色を。
思い出す、あの日の消え去る温もりを。
思い出す、あの日の痛みを。
思い出す、あの日の絶望を。
脳から熱が流れ出る感覚を覚える。
尚も全力で駆ける。
少年の目には涙が浮かんでいた。
間に合った
少年を全力で歩道に向かって突き飛ばす。
少しぐらい我慢しろよ、男だろ?
カラン
空になった空き缶が地面に跳ねる音がした。
「は?」
そこは公園だった。
とは言っても先程までの曇り空などではなく、青く澄み渡った空が広がっていた。
太陽はやけに攻撃的で嫌になる程眩しい。
光に反射した公園の遊具にも色艶が見られる。
「俺、さっき轢かれたよ、は!?」
その眼には有り得ないものが飛び込んで来た。
なくなった筈の駄菓子屋があるのだ。
店前には季節違いにもアイスの入ったボックスが置かれていた。
店内に入ると全てが懐かしかった。
安い菓子は当然として、誰が買うか見当もつかない幼児用の玩具、ガラスケースに飾られたモデルガン。
店の奥には膝上に老猫を乗せた店の主である、お婆さん。
「あれま~こんな時間にどぉしたの~?」
間延びした口調は緊張していた精神を自然に解してくれる。
飾られている時計を見るとそれは三時過ぎを示していた。
そして俺の見た目は冴えない会社員。
疑問に思われても致し方ない。
「あ、ああ、会社が休みでね、近くを散歩してたら懐かしい店を見つけたからさ」
「そぉなの、それじゃあゆっくりしていくといいさ~」
そう言ってお婆さんはふっくらを超えたデブ猫を愛おし気に撫でる。
猫の方は慣れたものでビクともしない。
そして、何か買おうかと思ってポケットを探るが何故か財布がなかった。
慌てて体中のポケットに手を入れるが財布もスマホも家の鍵すらなくなっていた。
そして
「これだけ、か」
残っていたのは食べることの出来ない菓子の入った袋のみ。
店を出て、元居た場所に戻るも何も落ちてはいなかった。
「一体、どういうことだ?」
轢かれた筈の自分が無傷でいること。
とうに潰れた筈の駄菓子屋が開いていること。
比較的新しい遊具。
これらが指し示す事。
「過去、か?」
自然と口に出していた。
それはずっと自分が望んでいたこと。
どうやったって叶いようがない無茶な望み。
「なら、今は、今は何時なんだ!」
駆け出して、再び駄菓子屋に来ていた。
「お婆ちゃん、今日って何月何日だっけ!?」
「へ、どうしたんね、今日は三月のえ~っと十四だね」
心臓の動きが激しくなる。
震えが止まらない。
「お、お婆ちゃん、今年って何年だっけ」
震えて掠れそうになる声を何とか絞り出す。
「今年は二〇一七じゃなかったかねぇ~、この歳になるともう覚えられんさ~」
もう何も聞えなかった。
無音の世界が続いた。
気付くと、お婆ちゃんが心配げにこちらを見ていた。
「アンタ、大丈夫かい?顔色悪いよ?」
「あっ、いえ、大丈夫です。約束事思い出したんで、あの、ありがとうございました!」
返答も聞くことなく店を飛び出し、公園に戻ると、いた。
ベンチに座り、鞄を自分の隣に置き、不機嫌そうにココアの缶を口に傾けている青年。
自分だった。
間違いなくあの日のあの時のあの自分であった。
自然と足はそちらへ向いていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、歩を進める。
あの日の自分は全くこちらに気を掛けていない。
いや、一度視線を向けて来たが、すぐに顔の向きにそれを戻した。
ぎこちなさを何とか誤魔化しながらベンチの空いている場所に腰を下ろす。
無性に隣が気になるが言葉が出ない。
動悸が激しくなり、脳が酸素を求めるのだが、上手く呼吸が出来ない。
「だ、だいじょぶっすか?」
すると隣の青年、いや、自分が異変に気付いて声を掛けて来た。
「い、いや、だ、大丈夫、だか、ら」
「いや、全然大丈夫じゃないでしょ、ちょっと待ってて下さい!」
そういうと彼は立ち上がって走って行った。
少しして戻って来た彼の手には水の入ったペットボトルが握られていた。
「とりあえず、これ飲んで落ち着いてください!」
蓋を開けて渡されたそれを一気に傾ける。
口元から水が零れるが、気にしない。兎に角、干乾びた体に潤いを注ぎ込む。
「ぷはぁっ、あ、ありがとう」
「いえ、それよりも大丈夫っすか、本当に顔色悪いっすよ?」
そう言って見つめる顔からは先程までの不機嫌さが消え去っていた。
「ホントに、大丈夫。息も、いずれ落ち着く、と思うから」
そう言ってから深呼吸をする。
久し振りに呼吸をしたかのような不思議な気分だ。
何回か深呼吸を繰り返すと、呼吸の乱れは収まっていた。
「大丈夫みたいっすね」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
自然と会話が生まれた。
「君は学生だよね?もしかして〇高?」
「はい、〇△高校です」
「学校はもう終わったんだ」
「はい、おにいさ、あなたは」
「私は会社が休みでね、ぶらっとしてたらここに行き着いてね」
「へぇ、そうだったんですか」
「もしかして、プー太郎だと思った?」
「えーっと、最初少しだけ、えへへ」
昔の自分は意外と社交的みたいだったようだ。
初対面である筈の自分とスラスラと会話できている。
これなら行けるだろうか。
勇気を出して訊いてみる事にする。
「それで、君は学校帰りになんでここに?」
もう一人の自分はピクリとすると少しの間黙ってしまった。
その表情には何となく覚えがある。
やり場のない怒りへの苛立ち、彼女への理不尽な憤り、手に取るように分かる。
そんな自分はそれでも、少しずつ、少しずつ、話してくれた。
「初対面の人に話す事じゃないんですけど、自分彼女が居まして」
うん、知ってる
「その娘、凄く内気で」
そうだったね
「でも、偶に凄く頑固で」
そう言えばそうだったな
「可愛くて」
ああ
「すいません、えっと要は喧嘩というか、揉めたというか」
「・・・・・・」
「あの?」
「あ、ああ、ごめんね。あまりの惚気っぷりに吃驚しちゃったよ」
「あ」
どうやら若き日の自分も気付いたらしく耳を赤くしている。
自分のことである筈なのにその初々しさに何処か微笑ましく思っていることに気付く。
「そっか、喧嘩しちゃったか」
「はい・・・」
当然覚えている。
理由は喧嘩などではない。
ただの嫉妬だ。
「で、彼女と仲直り出来てないんだね?」
「(コクリ)」
彼女は贔屓目なしに美しかった。
当然、他の男どもが放っておく筈がなかった。
例え、既に交際している男が居たとしても、だ。
「それは、辛いね」
当然自分も体感した痛みだ、よく分かる。
「彼女は、何にも悪くないんです。自分が勝手に嫉妬して、勝手に拗ねて」
この若き日の自分に自分との差異を感じた。
当時の自分は、こんなに冷静に考えていなかった筈である。
これならば、防げるかもしれない、直感だが、そう思った。
「そっか、でも、そういう気持ちってどうしようもなく抑えきれない時ってあるもんなぁ」
自分の過ちを踏まえてそう返す。
「ありがとうございます。でも、やっぱり、俺ダメっすね」
そう言って力なく笑う青年があの日の自分と重なった気がした。
このままではいけない、そう思った。
「それが分かるだけ大したもんさ、私なんか取り返しがつかないからね」
そう言って残った水を飲む。
彼は不思議そうにこちらを見ていた。
意味深な感じで話したから気になったのかな?
彼の為、彼女の為になるならば、と己の過ちを話し始める。
「私にも、好きだった人が居てね。君と同じぐらいの年頃だったかな。その人も君の彼女さんに負けないくらい魅力的な人でね。君と同じように私は彼女に何処か僻みを抱いていたんだ。いや、あれは自分に対しての劣等感だったのかもしれないね」
彼の目が見開かれる。
その輝く瞳は話の続きを促していた。
「そして正に三月十四日、今日と同じホワイトデー、私は彼女が告白されるのを見てしまったんだ」
青年の目に衝撃が走ったのが分かった。
「相手は自分より格好良くて、スポーツも出来て、勉強もできた。私はそんな同性の告白を見てその場から逃げたんだ」
あまりにも状況が似ていて吃驚だろう?
何てったって私は君だからね。
「そして、追い掛けて来た彼女を見た私は無視して立ち去ろうとした」
苦しい。
今までスラスラ出て来たと言うのに、言葉を出すのが辛い。
「彼女は、そんな私を、追って来て、くれたんだ」
空になったペットボトルを握る手に力が入り、情けない音を立ててそれは潰れて行く。
「そこに、居眠り運転の車が、突っ込んで来たんだ」
青年の顔が衝撃を経て血の気が引いて行く。
こんな話で済まない、けど、聴いてくれ、君にこそ聴いて欲しいんだ。
「彼女は、死んだ」
そう、今日、この日、私の知る彼女は死んだ。
「私は、それこそ、死にたくなるほど、後悔したよ」
懐から一袋の包みを取り出す。
「結局、これも、渡せなかった」
その包みに青年の目が奪われる。
それも当然だ。いくら色褪せていようとそれが自分の持っているものと同じものだと分かるのだろう。
「君は、私みたいに、なっては、いけないよ。ほら、お迎えだ」
視線をやるとその先には彼女がいた。
距離はあるが焦っている様子が手に取るように分かる。
「行きなさい。悩むことは大事なことだ。けど、決して自棄になってはいけないよ。ましてや、それを大事な人にぶつけるなど、ね。君は、大丈夫だろうけど、ね」
そう言って背中を押す。
全く重さは感じなかった。
「あ、あの、ありがとうございました!」
そう言って彼は走って行く。
制服のポケットには確かなふくらみがある。
ああ、なんだか心地良い気分だ。
解放感とも爽快感ともつかない不思議な温もりを体の奥底から感じる。
私の出番は此処までなのだろう。後は当人達のみということか。
十分だ、十分すぎる。
悪戯好きな神様、ありがとう。
意識が遠のく。
しかし、不思議と恐怖はない。
目の前に光輝く何かが見える。
ああ、やっと、
いかがでしたでしょうか。
SF(少し不思議)タグを入れようか迷いましたが、この物語には不要かなと思い省きました。
恋するって良いなと書いてて少し思っちゃいました(/ω\)
最後の終わり方には色んな意見や予想があるかと思います。
メッセージでも、感想でもどうじょ~(=゜ω゜)ノ