第4話
身体中に染み付いた甘く謎めいた匂いが鼻を抜ける度めまいを起こしそうな感覚に襲われ男は立っているのがやっとでした。
近くの井戸を借り顔をニ、三度洗いようやく歩く事が出来るほどです。
男は森に入る前にアンナの家へ立ち寄りました。
「どうしても行くの?」
アンナは男の真剣な眼差しを見ると言ってはいけない事のような気もしましたが、やはり言わずにはいられませんでした。
「ああ、どうか心配しないでおくれ。花を見つけたらすぐに帰って来るから。」
綺麗な瞳に薄っすら涙を浮かべながらもアンナは男の話を聞いていました。
「くれぐれも父の事を頼んだよ。必ず君のもとへ戻るから。アンナ、愛しているー」
男はアンナを抱きしめると振り返る事なく歩き始めました。
「どうか無事に帰りますように。」
両手を組み祈ると堪えていた涙が溢れ出しアンナは唇をギュッと噛みしめながら見えなくなった男の姿をいつまでも見送り続けていました。
男もまた、アンナに会えるのは最後かも知れないと思うと辛く振り返る事が出来なかったのです。
町を出てしばらく歩くと冷んやりとした空気に包まれた森の入り口に辿り着きました。
昼間でも薄暗く何だか感じの悪い所ではありましたが、この辺りへは北の森が焼けてしまった時に一度、唐檜を切りに訪れた事があるのでさほど怖くはありませんでした。
しかし奥へと進むにつれ陽も遮られカサカサと風で鳴る葉音がなんとも不気味に感じられます。
時折聞こえて来る甲高い鳥の鳴き声に男はブルッと身震いするとジャケットのポケットに手を入れ急ぎました。