第1話
町のはずれに小さな小屋が有りました。
そこに若い男と父親が二人細々と暮らしています。
男の生活は裕福とは言えませんでしたが、決して不幸ではありませんでした。
男は父親のような立派なバイオリン職人になる事を目標に来る日も来る日も夢中でバイオリンを作っていました。
部屋には作りかけのバイオリンが所狭しと置かれ木材の削りカスは床へ層を成しており窓を開けると風が勢いよくカスを巻き上げ部屋中を鶏の羽根が舞うような酷さです。
小屋の外には沢山の唐檜と楓の木材がそれぞれ縦横交互に並べられ隙間を通る風がスーッヒュルルルーと森の方へ抜けていきます。
日が昇りいつの間にか朝靄の匂いも消えてしまった頃、男の家にアンナがやって来ました。
アンナは優しくよく気がつく娘で早くに母親をなくした男のため、食事の支度や掃除などしに男のところへやって来ては世話をしてくれます。
父親もアンナを本当の娘のように可愛がっており早く一緒になって欲しいと思っていました。
二人は父親がその話をする度に顔を見合わせ頬を染め「そのうち…」と下を向いて恥ずかしがりますがお互いにいつか結婚するつもりでいました。
「アンナ、僕はね父のような立派な職人になるまでは結婚の事は考えられないんだ。でも、君の事を幸せにしてあげたいと思っているからそれまで暫く待っていてくれないだろうか?」
男は外へ出て木屑だらけの服を手で大きく払うと切株の椅子に腰を下ろしアンナの瞳をじっと見つめました。
「ええ、わかっているわ。私はあなたの夢を隣で見ていられるだけで幸せよ。」
アンナは笑顔でそう答えると用意していたパンと葡萄酒を取り出しグラスに注ぎました。