キャラバン
少年漫画のような熱さ、を目指しました。更新は遅いです。
キャラバン
刺すような太陽の光を受け、熱砂の中をキャラバンは進んでいく。あらゆる生物を阻む過酷な自然を行く一行は、ゆっくりと着実に前進していた。
「ばぁちゃん、オアシスはまだなの?」
放熱よりも光を遮ることに特化させた分厚い服を身に纏った少女は、すぐ隣でラクダを操る老婆に問いかけた。
「もうすぐ着くからね。それまでの辛抱だよ、ソル」
日に焼け、黒くなった顔が白いフードからはみ出している。老婆はそのことに気付くと、そっと少女のフードを引き下げた。
「そうだソル。あそこに見える塔が何かわかるかな?」
「うん。タンガ様のお家でしょ? 僕、知ってるよ」
老婆の指した先には歪な、巨大な塚のような塔が建っていた。その塔はまだ遠く、霞がかかって見えている。曲線にまみれたその塔は、雲にまで届くのではないだろうかと思わせるほどだった。
「うんうん。ソルは物知りだねぇ。タンガ様はね、大きな蠍なんだよ。そしてあの塔のてっぺんから、悪い子がいないか見張っているんだよ」
「大丈夫だよ。僕はいい子にしてるから」
「そうかい。なら安心だねぇ。あの塔の近くが次のオアシスだから、それまでの辛抱だよ」
両足をぶらぶらさせながら、少女は正面の塔を見る。まだ遠いその場所へとたどり着くには、まだ時間がかかるだろう。
「退屈かい?」
ソルを見ることなく、老婆は尋ねる。どこまで見渡しても砂と空、移り変わりのないその風景に幼い少女は退屈していないはずがなかった。
「これを作ってみるかい?」
差し出された小刀と、奇妙な木の塊を少女は受け取る。決して綺麗とは言い難く、荒々しいナイフの跡が残っている。だが特徴的な大きな二つの鋏のおかげで、一目見てタンガ様だとソルには理解できた。
陽が地平の彼方に沈むより早く、キャラバン一行はオアシスにたどり着いた。オアシスといえども砂海に浮かぶ水源とは異なり、泥にまみれた湿地帯が広がる特殊なものだった。荷車は湿地帯の内側へと運び込まれ、身軽になったラクダは若い男たちの手によって、綺麗な水の沸く奥地へと連れて行かれていた。
「さて、ソルや。見せてごらん」
差し出された少女の手の中には、丁寧に彫られた一匹の蠍が存在していた。それは鋏の存在も然ることながら、だれが見ても一目見て蠍だとわからせることができるほどのものだった。
「ほぉ、立派なもんだねぇ。ここまで来たんだ。タンガ様にお供えしようじゃないか」
老婆は大小二つの水瓶をとると、小さいほうをソルに寄越した。大人用の瓶を老婆とは思えないようなパワフルさで軽々と持ち上げる。対してソルはというと、子供用に小さいものであるにもかかわらず、運ぶのに苦労していた。
綺麗な水辺までソルは苦労しながらもなんとかたどり着く。そこでは、すでに来ていた同じキャラバンの男の子たちが遊んでいた。
「お、ソルじゃねぇか。まぁた、ババ様にくっついてやがんぞ?」
ソルよりも一回りほど大きな男の子たちが、飛沫をあげながら少女の元へよって来る。彼らは老婆の陰に隠れる少女の手に、瓶とは別の何かが握られていることを目敏くみつけた。
「おい、ソル。それ貸せよ。ちょっとぐらいならいいだろ?」
威圧的な彼らの要求に首を振り、ソルは老婆の陰で身を固くする。大人たちから見れば仲の良い遊び相手だったが、ソル自身にとって彼らは敵そのものだった。
「こらこらディアンダ、力づくで盗ろうとするんじゃないよ。ソルも貸してあげな、タンガ様がみてるよ」
ディアンダの足元の水面が渦を巻きはじめたことに気付いた老婆は、そっと彼らをなだめる。おずおずと差し出された蠍の木像を片手で取り上げると、水中でキャッチボールを始めてしまった。
目に涙をいっぱい溜めたソルを老婆は優しく包み込む。老婆は服が涙で濡れるのを感じながらも、抱きしめ続けた。
「いいかい、我慢できるお前は強いんだ。人の気持ちをちゃんと理解して、優しくしなくては駄目だよ」
背中を軽くたたきながら語りかける。少女が落ち着くのを確認すると、老婆はそっと引き離した。
「さぁて、ソルには釣竿を持ってきてもらおうかねぇ。頼めるかい?」
泣き終えたばかりで目の周りが赤くなっている少女は、首を縦に振る。老婆に背中を軽く叩かれると、一度来た道を戻っていった。
周囲に誰もいない荷車にまでたどり着くと、釣竿を二つ取り出す。そしてオアシスへと戻ろうとしたとき、砂漠のほうに何かがいる。そんな気がしたのだった。その気配はとても弱々しいもので、気を抜けば見失ってしまいそうだ。
ソルは慌てて砂漠を見渡す。暮れの紅に染められた砂丘群の中に一つ、赤色の点が揺れ動いているのが見えた。その点は小さくとも人の形を持っており、少女の見ている目の前で倒れこんだ。
ソルは釣竿を放り出し、慌ててそれへと駆け寄る。砂漠を渡るには向いていない、フードがついた赤色のシャツに、短めのスカート。そして腰元には長袖の上着が縛りつけてあった。一際少女の目を引いたのが特徴的な髪の色で、絹の糸を思わせる真っ白なものだった。少女は一回りも、二回りも大きなその人物を小さな体で背負うが、どうも少女では地から足が離れない。やむを得ずソルは、そのまま引きずっていった。