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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
最終決戦
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52話 無限回廊

「よ……ぎ、り?」


 突然の出来事に、レンはすぐに対応できず、倒れている夜霧を見て固まった。ルージュが駆け寄り、夜霧の体を抱き起す。


「おい、しっかりしろ! 誰か、回復魔法を頼む!」


 すぐに異変に気付いたマルベリーが、緑の光を放った。普通ならばその緑の光はじわじわと体の中に染み込み、傷や魔力を癒すはずなのだが、一向にその効果が見られない。


「夜霧!」


 体を揺するルージュに、夜霧が辛そうに細く目を開いた。


「良かった、意識はあるな? 待ってろ、今、もっと回復魔法を……」


 大きな声で援護を呼ぼうとしたルージュの袖を、力なく夜霧は引いた。


「呼ばなくてよい……。もうじき余は消える」

「何を言ってるんだ、必ず助ける。諦めるな!」

「そういうことではない。……この体を、煌牙に返す」


 レンもルージュも、驚きのあまり呼吸を止めた。近くで見守っていたマルベリーは小さく震える。


「お前たち、何という顔をしておる。煌牙を返してやるのだぞ。もっと喜べ」


 か細い声で話す夜霧は、小さく笑った。


「煌牙が戻るのは嬉しいけど、それで夜霧が消えるのは……いやよ」


 ようやく声を出すことの出来たレンは、冷たい夜霧の手を取った。


「相変わらず、姫は甘ったれだな」

「意識を煌牙に戻し、お前は中に留まることは出来ないのか?」


 ルージュの言葉に、夜霧はわずかに首を振った。


「魔力のすべてを使い切った。しかしそれは、余にとって本当に幸せなことじゃ。やっと……やっと自分の存在する意味を知れた。永遠に続く暗闇の中で、道具として生まれた余が、こうしてお前たちの役に立てた……」


 ルージュの腕の中に納まり、レンに手を取られた夜霧は、幸せそうに微笑む。


「お前は以前、洞窟で余が寂しかったかと聞いたな。……余は今、お前たちと離れるのが寂しいと感じる。ありがとう。感情を教えてくれて……生まれた意味を与えてくれて」


 レンの瞳から落ちる涙の滴が、夜霧の頬を濡らしていく。


「ああ、初めて知った。涙とは、温かいものなのだな」


 徐々に、夜霧の中に灯る明かりが弱くなっていくのを感じたルージュは、その覚悟を受け取って、静かな声で目を閉じる夜霧に語りかける。


「夜霧、お前は最初からこうするつもりだったんだな。最後は魔力を俺たちに分け与え、煌牙を戻すと」


 目を閉じたまま、夜霧の口角がわずかに上がる。


「……ルージュ、お前に伝えるべきか迷ったが、やはり教えておこう。お前もまた、ファロや姫のように、同じ命を繰り返しておる。お前こそが、今も伝わる『巫女姫の騎士』の最初の騎士だ。お前と姫の仲を、初代の王が切り裂いた。お前は命を賭して姫を守ったが、お前を失った後の姫は、とても幸せと言えるものではなかったぞ」

「俺が……最初の巫女姫の騎士?」

「ああ。お前は戦い、そして敗れた」


 少しずつ、声が小さくなっていく。

 夜霧はそれでも、大きく息を吸って言葉を続けた。


「気の遠くなる時間を生きてきたが、これほど役者のそろった時代はなかった。呪いのような輪廻を絶て。同じ過ちを繰り返すな。「今」は「今」でしかない。二度とないこの瞬間を手放すな」


 遠くから、状況を察した氷鯉たちが、戦いながらも夜霧の名を呼んだ。

 その声は確かに夜霧の耳に届き、満足そうに静かな笑みを浮かべる。


「お前たちに会えてよかった」


 夜霧に伝えたいことや言いたいことが山のようにあるのに、感情が溢れすぎて、何一つ形にならない。


「夜霧……」

「大丈夫じゃ。わかっておる……ありがとう」


 言葉にならない想いまで、すべて受け止めて最期に夜霧は笑った。

 夜霧を支えていたルージュの腕に、ガクンと重さが加わる。


 心臓は動いているし、血は通っているのに『そこ』にもう夜霧はいないと理解できてしまい、ルージュは口を真一文字に結んで、戦場に目をやった。

 ギーブルに剣を振りながら、レオパルドが青ざめる。汐音は顔を歪めると、怒りに任せて大波を呼び起こした。


「夜霧……」


 さようならではなく、ありがとうと言って去った夜霧の手を握り、レンはその姿を目に焼き付ける。


 フッと、再び体に力が戻った。


 レンの手を強く握り返した煌牙が、ゆっくりと体を起こすと、自分の体を確かめるように、手のひらを開いて閉じる。


「……おかえりなさい」


 一つの命を見送った後で、戻って来た命に、自然とそんな言葉が出た。


「ひでぇ顔だな」


 赤く腫れたレンの目をぼんやり眺めて煌牙が呟く。

 その一言で、戻って来たと実感できた。


「夜霧の中にいた時の記憶はあるのか?」

「ああ、全部見ていたし、聞いていた。状況の説明ならいらねえよ」

「そうか」


 ルージュが立ち上がると、煌牙も続いて立ち上がる。


「おい、ルー。全部終わったら……一発俺を殴っていいぞ」


 頭を掻く煌牙に、ルージュは口の端で笑うと、溜息をついた。


「一発で済むと思ってんじゃねぇぞ、馬鹿」

「相変わらずだな。まぁいいよ、好きなだけ殴れ。……全部終わったらな」

「ああ。……全部終わったら」


 その目に強い光を宿したルージュの手には、再び黒炎を纏わせた氷の刃が握られている。


「――行くぞ、夜霧の弔い合戦だ」


 見据えたその視線の先には、苦々しい顔をしたファロの姿があった。


「少し目を離した隙に……まったく、最後まで夜霧アレは使えんかったな。貴重な魔力を無駄に使いおって」

「夜霧はお前の道具なんかじゃない。自分の意志で生きて、自分の意志で終わらせ、還ったんだ」


 手にした刃と同じように、むき出しの敵意を向けるルージュに対して、怯むことなくファロは笑った。


「自分の意志で終わらせ還った……か。気の遠くなる年月の中、ほんの瞬き程度の時を共に過ごしただけで、解ったような口をきくな」

「過ごした時間の長さじゃないだろう」


 やれやれとファロは肩をすくめる。その身に魔力が戻ったとは到底思えないのに、不思議な余裕が感じられた。

 そんな気迫に呼応するように、ファロの背後から大きな黒い魔方陣が現れる。


「念のためにと用意していたが、まさかこんな雑魚まで使わねばならぬとは思わなかった」


 その魔法陣の中から、おびただしい数のゴブリンとスケルトンが姿を現す。列をなしてまるで軍隊のように前進し、海からはリザードの群れが、上陸しようと水の精霊たちに牙をむく。


 挟み撃ちにされ逃げ場を失ってはいたが、先ほどまでの悲壮感は、もうなかった。


「夜霧がつないでくれた命だ。誰一人欠けることなく明日を迎えるぞ」


 ルージュがファロめがけ、一直線に駆け出した。それを拒むように進軍するスケルトンたちを、炎を纏った太刀で薙ぎ払っていく。

 布を切り裂くようにルージュの後に道ができた。


 ファロは両手をゴブリンの大群にかざすと、その殆どを黒い霧に変え自身の中に取り込んだ。


「まるで餌だな」


 白い双剣を手にルージュの隣を駆ける煌牙は、苦笑いをしながらスケルトンを打ち砕く。

 魔力を補給したファロは、再び火の雨を降らすため、天高く火の玉をいくつも放った。


 あちこちで火柱が上がり、緑の補助魔法が粉々に砕ける。

 しかし、一度受けた攻撃を同じように食らうはずもなく、先ほどよりも被害はずっと少なかった。


「なぜこれ程人を傷つけられる? そんなに魔界が欲しいのか!」


 高みの見物を決め込むファロに、スケルトンに向かって太刀を振りながらルージュは叫んだ。


「勘違いするな、別に魔界が欲しいわけではない。あそこは山や森とかわらぬ。ただ、暮らしているものがウサギや鹿でなく、子鬼や骸骨なだけだ。魔力の補給にちょうど良い、ただの養殖場じゃ」


 不気味に光る黒い剣を手にしたファロは、真っ直ぐにレンを指さす。


「どの時代でも、欲しいのはただ一人。巫女姫だけだ。記憶を持ったまま生まれ変わるわしの命は、真っ暗な無限回廊に迷い込んだようなもの。生き死にを繰り返せば、やがて新しく知ることの喜びも、初めて見る景色への感動もなくなる。ひたすらに、死ぬまで生きるだけじゃ」


 射貫くようなファロの視線に、レンはスケルトンへ放っていた黒炎を止めた。恐ろしいと思うと同時に哀れだと感じてしまい、目を逸らしたくても逸らせない。雪乃がその間に割って入ったが、それでもファロの呪縛にレンは足が震えた。


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