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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
ユグドラシル
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43話 例え許してもらえなくても

 玄伍は虚ろな目で横たわったまま、香澄を見上げる。


「……香澄……」

「お兄ちゃん、ゆ、友里恵さんと翔くんが!」


 香澄は説明を後回しにし、友里恵を覆う黒い霧をひたすら払った。友里恵と翔の姿を認識した玄伍の目が、みるみる見開かれる。


「友里恵! 翔!」


 それはもう、絶叫だった。


「頼む! 目を覚ましてくれ」


 飛び起きた玄伍は、止まらない涙を拭おうともせずに必死に闇を払う。うっすらと翔の目が開き、玄伍の姿を見つけると「パパ」と手を伸ばした。その手を掴んで翔を力いっぱい抱きしめると、今度は友里恵の手を握って叫ぶ。


「友里恵!」

「……玄伍さん?」


 状況が全くわからない友里恵は、ゆっくり体を起こしながら号泣している玄伍を不思議そうな顔で見つめた。


「どうしたのよ。何で泣いているの?」

「二人ともすまなかった。良かった。生きていてくれて良かった!」


 友里恵と翔を抱きしめたまま泣き続ける玄伍を見て、香澄はこれまでの玄伍の行動に納得した。


「お兄ちゃん……もしかして、友里恵さん達を人質に?」


 香澄の言葉に、玄伍は聞き取れないほど震えた声で「すまない」と言いながら涙をこぼす。


「あら、香澄ちゃんまで。私、今までどうしていたんだっけ? なんだか、凄く眠いの」


 玄伍の腕でうとうとし始めた友里恵は、安心したような顔をして再び眠りに落ちていった。翔の方は既に寝息を立てている。


「お、おい、どうしたんだ!」

「彼女らは私たちより長い時間、ここで瘴気に囚われていたのだろう。魔力や体力が回復するまで、寝かせてやるといい」


 戻って来た獅凰がそう言うと、玄伍はホッとしたように深く息を吐いた。


「ユグドラシルに向かったはずの騎士団員もここに囚われていたよ。道中でファロの罠にはまったのだろうな。先ほど香澄を捕らえていた団員は操られていたらしく、記憶がないらしい。ファロは『次元の狭間』と言ったが……。おい、誰か明かりを出せる者はいるか?」


 助け出された騎士団員達は明りを出そうと試みたが、魔力を吸い取られ、なかなか思うように照明魔法が出せなかった。ろうそく程度の明りが、ポツポツと灯る。


「皆かなり弱っているな、無理はせず交代で明りを出そう。それにしても一体、我々はどのくらいの時間ここに囚われていたのか……。ん? 香澄、おぬし何やら白く光ってはいないか?」

「えっ?」


 獅凰に言われて、自分の手を見た香澄は、あっと小さく声を上げた。確かにぼんやりと、白い光に覆われている。獅凰は力強く安心感のある低い声でゆっくりと語りかけた。


「香澄、集中するんだ。この白い光でこの場の瘴気を払えば、何か見えるかもしれない」

「でも、水晶もなくて……」

「だったら私も一緒に祈ろう。大地の一族は魔法は使えないが、魔力がない訳ではない。力を貸すぞ」

「だけど……私、ここから出ても、皆に合わせる顔がない……」


 ぽろぽろ涙を流す香澄の肩に、獅凰が手を添える。


「だからこそ、ここで立ち止まるのはよそう。今、諦めたらただの失敗になってしまう。この場に来た意味はあっただろう? 騎士団員を救えたし、人間の親子も助けられた。ここを出て、まずはみんなに謝りに行こうじゃないか。その後、許されるのならば、彼らの手助けをさせてもらおう」


 香澄は泣きながら何度もうなずいた。


「それなら、私にも祈らせてください。香澄、ごめんな。本当にごめん」

「ううん。お兄ちゃん、私もゴメン。きっと私のせいで巻き込まれたんだよね。ごめんね」

「いや、違うよ。もともとうちの家系には、稀に三日月の痣を持つ子が生まれたそうだ。血筋なんだ。痣があったのは、俺だったかもしれないし、翔だったかもしれない。たまたま痣をもって生まれてきたのが、香澄だっただけだ。香澄のせいなんかじゃない」


 香澄は玄伍の言葉を聞きながら、声を上げて泣いていた。

 そして泣きながらも、強く願った。

 

 もう一度みんなに会いたい。

 会って謝らなければ。自分の甘さと身勝手さを。

 もう仲間だと思ってもらえなくても、それでもみんなの力になりたい。


「お願い、もう一度チャンスをください……!」


 目を閉じ祈る香澄の肩に手を置いて、獅凰と玄伍も同じように祈った。三人を囲むように、その様子を見ていた騎士団員達も、目を閉じる。


 少しずつ、わずかに。それでも確かに。

 白い光が強くなる。

 祈りながら、香澄の脳裏には、見覚えのない風景が広がっていた。


 中央都市の宮殿よりも、煌びやかで絢爛な内装の部屋。

 大きな窓の側に立つ一人の女性。

 涙を流している訳ではないのに、香澄は彼女が泣いていると感じた。腰まで届く黒い髪が、どことなくレンの面影を思わせる。


 あれはレンではないけれど、でも、レンだ。

 私は彼女をよく知っている。


「お姉ちゃん!」


 その瞬間、まるで香澄の体を突き破るかのように、香澄の胸のあたりから、八方へ白い光の筋が差した。側にいた獅凰や玄伍は目が開けていられないほどの眩しさで、瘴気に覆われた暗い部屋を照らしだす。


「思い出した。レンは私の双子の姉だった。あの時も、こんな風にファロは理不尽に姉を手に入れようとしたんだ……!」


 一気に流れ込む記憶の波に、香澄は興奮して呼吸が荒くなる。


「香澄、大丈夫か!」


 部屋中が真っ白に強く光った後、靄が晴れるように暗闇が消え、香澄の体から発せられる光も徐々に落ち着きやがて消えていった。

 香澄は心配する玄伍に大丈夫だと頷くと、部屋を見回す。そこは、黒い球体に飲み込まれた、宮殿の地下の祭壇がある部屋だった。


「闇が一掃され、どうやら宮殿に戻れたようだ」


獅凰は予想以上の香澄の力に、驚きながらも周囲を見回した。香澄もゆっくりとうなずくと、呼吸を整える。


「ファロはユグドラシルに向かったのかもしれない……」

「宮殿の様子が心配だ。確認しに行こう」


 獅凰の言葉を待たずに、香澄は地下室を飛び出すと階段を駆け上がり、宮殿の一階に出た。肩で息をしながらも、宮殿の様子をくまなく観察する。白い光で力を使い過ぎたのか、ふらつく香澄を獅凰が支えた。


「あれ程の闇を払った後だ。あまり無理をするな」

「すみません……でも、宮殿が荒らされたような跡はなくて良かった」

「そうだな」


 香澄達を閉じ込めた後に、ファロが暴れまわったのではないかと危惧していたが、全くいつも通りの宮殿の様子に拍子抜けするほどだった。


「獅凰様!」


 洗濯物の山が入った籠を持ったメイドが獅凰の姿を見つけ、驚いて声を上げる。


「いったい今までどこにいらっしゃったのですか? 司令官殿もお見掛けしませんし、団員達も随分数が減りましたが……どちらかに遠征でも?」

「私はどれほど宮殿を空けていたのだ?」


 可笑しなことを聞くものだと、不思議そうに首をかしげながらも、メイドは獅凰の迫力に圧されながらおずおずと答えた。


「夕食をお部屋に運んでも、いらっしゃらない日が三日続きました。今日で四日目です」

「ファロ司令官は?」

「獅凰様と同じく、三日ほどお見掛けしておりません。でも、他のメイドがおかしなことを言っておりました。『司令官と同じ服を着た、この辺りでは見ない顔の青年が宮殿にいた』と」

「そいつは今どこに!」


 獅凰に両肩を掴まれ問いただされたメイドは、思わず持っていた洗濯籠から手を離し、怯えたように獅凰を見上げ、震える声で告げた。


「すぐに、宮殿から出て行ったと……」

「くそっ。奴め、若返ったんだな。急がねば、ユグドラシルが危ない。しかし、こちらも皆、魔力切れを起こしている……大地の一族だけでも、先に向かうか」

「お待ちください! ユグドラシルの周りには、ファロが結界を張りました。闇の力を持つ者以外は弾かれます。香澄と私は、ここに向かうときは闇の力に支配されていたので通れましたが、今の状態では、誰も島に近づくことが出来ないと思います」

「結界か」

「獅凰殿! ご無事でしたか!」


腕を組んで考え込むように獅凰は目を閉じたが、呼ばれた声に、再び目を開ける。


「泉殿!」

「良かった。闇に堕ちてはいないかと、心配しておりました」

「面目ない。初めからあなた方の言葉にきちんと耳を傾けていれば、こんな事には……」

「今はよしましょう。それに、あの状態ではどうしようもなかった。今はとにかく、あなたの無事を確認できて安心しました。行方不明になっていた騎士団員も全員いるようですね。本当に良かった」


 獅凰の背後にいる団員たちに目を向けると、泉は心底安堵したように頷いた。


「どうやらみなさん、魔力が底を尽きているようですね。すぐに食事と風呂の用意をさせましょう」

「泉殿、ユグドラシルの周囲には、ファロが結界を張ったそうです」

「なんと、島の周囲とは……。ルージュが霊鳥と共に弾かれたらしく、結界の存在は知ることが出来ました。今は結界を破壊しながら、新たに闇の者を通さない結界を張り直しているところです。しかし、範囲が広すぎますな」

「ルージュさんは無事なんですか!」


 ルージュの名が出た事で、香澄は思わず獅凰と泉の間に割って入った。


「ああ、霊鳥の方は少々怪我をしたようだが、ルージュは無事だと聞いています」

「よかった……」


 その言葉に、香澄と共に玄伍も胸を撫でおろした。


「今、白銀殿が国中の船を動けるように準備させているところです。まずはゆっくり休んで、その時に備えましょう」


 泉は食事の準備が整うまで部屋で休むように勧めると、忙しそうに水晶でやり取りしながら足早に会議室へと消えて行った。


「玄伍殿、あなたはユグドラシルへは行かずに、奥方とご子息とこの宮殿に残ってください。その方が安全だ」

「ですが……」


 玄伍の言葉を、獅凰は片手を挙げて止めた。


「無事に全て解決したら、その時、土下座でもなんでもすればいい。今あなたがユグドラシルに向かっても、出来ることは少ないでしょう。だが、あなたの家族にはあなたが必要だ」

「あ……ありがとうございます!」


 深く頭を下げた玄伍の目から、涙が落ちる。香澄は、玄伍の背中に手を添えた。


「そうだよ、お兄ちゃん。友里恵さん達が目を覚ました時に、お兄ちゃんが説明してあげなきゃ、二人とも見知らぬ場所で困っちゃうよ? 私がお兄ちゃんの分も謝っておくから」


 例え許してもらえなくても、ルージュやレンのために戦おう。

 香澄は強く誓った。


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