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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
ユグドラシル
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41話 黒い霧

「飛び降りろ香澄! 戻れ!」

 

 声の限り叫んだが、無情にもワイバーンは風を起こしながら空へと飛び立った。


「くそっ」

 

 威嚇と目印を兼ねて、ルージュは空に向かって青白い閃光弾を放つと、首元から水晶を取り出し声を張り上げた。


「マーレ、聞こえるか。今どこにいる!」

 

 反応のない水晶に向かって、ルージュはもう一度叫ぶ。


「マーレ!」

『悪りぃ、ちょうど船を出すとこで手が離せなかった。お前、閃光弾打ち上げたろ? 一瞬だけワイバーンが見えたから、今そこに向かってる。カンファー様も一緒だ。そっちには霊鳥が向かったぞ。俺たちは海から追う、お前は空から追え!』


 見上げると、まるで流れ星のように夜空を裂いて、霊鳥がルージュめがけて急降下してくる。


「セイクリッド!」


 霊鳥は着地する気はなさそうで、低空飛行のままルージュに近づく。ルージュも全速力で駆け出すと、その大きな霊鳥の背に飛び乗った。かなり距離は開いてしまったが、まだワイバーンの姿を何とか目視できる。

 照明魔法を空中に灯しながら、ワイバーンを上回るスピードで追いかけた。照明の明るさでは炎の一族に敵わないが、マーレの目印には十分なるだろう。


「もう少し……」


 もう少しで追い付く。そう思った時だった。


「ルージュ、これ以上来るな! 戻ってくれ!」


 玄伍がワイバーンから身を乗り出し、振り返りながら叫んだ。風の音でかき消されたが、わずかにその声がルージュの耳に届く。玄伍の表情は、追っ手から逃れたいと言うよりも、何かを知らせたいような、そんな真剣な表情だった。

 ルージュは玄伍の行く先を凝視する。すると、暗闇に紛れて見えにくいが、この先に結界が張られている事に気が付いた。


「止まれ!」


 ハッとしたルージュが霊鳥に向かって指示を出したが、急に止まれるはずもない。

玄伍らを乗せたワイバーン二匹は何事もなくその結界を通過したが、霊鳥は減速しながら横に逸れようとしたものの間に合わず、結界に拒まれ強く体を打ち付けた。

その衝撃で体が逆さまになり、ルージュは空中へと放り出されてしまう。


「セイクリッドっ!」


 強く打ったせいで霊鳥は気を失い、その大きな体は暗い海へと真っ逆さまに落ちていく。あの巨体で海面に叩き付けられれば、無事では済まないだろう。その上、そのまま海に沈んでしまっては、引き上げることも困難で治療も間に合わない。

 ルージュは霊鳥の周りに照明魔法をいくつも放った。マーレの船にはカンファーも乗っているはずだ。この照明を見て事態を察してくれれば、彼女なら何とかしてくれるかもしれない。ルージュは落下しながらも、自身に防御魔法をかけ海面の衝突に備える。この魔法を他人にも掛けられさえすればセイクリッドも救えるのにと、悔しそうに顔を歪めた。

 海面に視線を向けると、物凄い速さでこちらに向かう一艘の船が目に入いる。


「マーレ!」


 マーレの船は、彼女自身の魔力を動力に使って推進力を得ていた。矢のように速く、真っすぐとこちらに向かってくる船から、緑色の光が飛ぶ。その光は、ルージュと霊鳥を包み込む、衝撃吸収魔法だった。

 ルージュ達が落ちるより先に、落下地点に到達したマーレの船から無数の蔓が伸びて、霊鳥とルージュはその蔓に受け止められた。ダメージを引き受けてくれた緑色の衝撃吸収魔法が粉々に砕け散り、その衝突の強さを物語る。


「おい、大丈夫か、ルージュ!」

「ああ、なんとか助かったよ。ありがとう」


 体中が痛んだが、魔法と柔らかい蔓の上に落ちたおかげで、すぐに体を起こせる程軽いダメージで済んだ。ルージュは、気を失ったままの霊鳥を優しく撫でる。


「すみません。セイクリッドをこんな目に遭わせてしまって」

「いいえ。あなたの素早い判断のおかげで、大事に至らなくて済みました。本当にありがとう。月の出ていない夜とはいえ、この子が闇の結界に弾かれるなんて……」

「これ以上追うのは諦めましょう。他にどんな罠があるかわからない」


 蔓から船上に降りたルージュの言葉に、カンファーも頷く。


「そうですね。一度戻って霊鳥の手当てもせねば」


 霊鳥の巨体を船に上げるのは難しく、カンファーはそのまま蔓で支える事に集中した。

 船は進路を変え、高速で港へと帰還する。港に着くと、森の一族が一斉に霊鳥に向かって蔓を放ち、カンファーから引き継ぐとすぐさまその場で治療が行われた。


「ルージュ君」


 船を降りたルージュの元にアークが駆け寄る。


「すまない。僕が玄伍をこの島に連れてきたばかりに、香澄を連れ去られてしまった」

「いえ。実は、闇の者が紛れている事には気づいていたんです。ただ、アークさん達四人のうちの誰かまでは絞れず……。ですから、アークさんにも打ち明けることが出来ませんでした。疑ってしまって申し訳ありません」


 闇の者が紛れていると気づいていた事に、アークは驚きながらもうなずいた。


「そうだったのか、なるほど。さすがだな」

「船にさえ気を付けておけば、島から出ることはないと油断しておりました。まさかワイバーンを使うとは。恐らく、近くに船を止め、その上で待機させていたのでしょう」


 それに……と、ルージュは言いにくそうに後を続けた。


「香澄は連れ去られたのではなく、自分の意思で行ったのだと思います。これは、俺に責任が……」

「ああ、うん。まぁ、なんとなく察しはつくけど、こればかりは仕方ないよ。それよりも、闇の結界は一部なのか、この島を包囲しているのか、調べないといけないね」

「ええ。夜が明けたらすぐに調べます」


 ルージュは海へ視線を向けると、悲しそうに小さく息を吐く。そんな姿を見て、アークは慰めるようにルージュの肩に手を置いた。


「キミも、人より能力が高かったばかりに、重要な役目を任されてしまって、心労が絶えないね。騎士団に入らなければ、今頃は里で年相応に友達と騒いだり、恋人と過ごしたり、もう少し気楽に暮らせていただろうに」


 肩に置かれた手から温かさを感じながら、ルージュはアークに笑顔を向ける。


「確かに。騎士団に入っていなかったら、これほど深刻に闇の危機を知ることもなく、平和に暮らしていたかもしれませんね。でも、レンに出会えない人生なら、この命の意味がない。彼女の側で彼女を守れる立場にいられることが嬉しいです。騎士団に入ったこと、後悔していませんよ」


 きっぱりと言い切ったルージュの目に迷いはなく、アークは馬鹿な事を聞いてしまったと頭を搔いた。


「そうだな。キミは、だから強いんだ。守りたいものがある人は、本当に強いよ」



「香澄、いつまで泣いているんだ。ルージュくんならきっと大丈夫だろう。海面で緑の光に包まれているのを見たよ。助けが来たんだ」


 ワイバーンから降りてもまだ泣いている香澄に、玄伍は困りながら、先程から同じ言葉を繰り返していた。獣舎から騎士団員に伴われ宮殿に向かう途中で、香澄はついに立ち止まり、その場にうずくまる。


「私、なんてことをしてしまったんだろう……」

「今更何を言ってるんだよ。それに、あの場にいるのはもう限界だったろう? 仕方ないんだ」


 香澄は大きく首を横に振る。


「それだけじゃない。宮殿が黒い霧に覆われてるし、痣も痛むの。ファロの力が増してるんだわ」

「痣が痛む? 騎士団の人に抱えて連れて行ってもらうか」


 先を行く団員に、声をかけようとした玄伍を香澄は止めた。


「大丈夫。歩くから」

「無理はするなよ。立てるか?」


 自分で自分を包むようにうずくまる香澄の腕を掴み、玄伍は引き上げる。青白い顔の香澄は、フラフラと立ち上がった。貧血のように頭がくらくらとしたが、団員に抱きあげられたら、ルージュの事を余計に思い出してしまいそうな気がして、なんとか自力で歩き出す。

――あの人は、いつも何も言わなくても、なんでもない顔をしてひょいっと抱えてしまうんだ。私は近づいた距離の分、ドキドキしてしまうのに、そんな事もお構いなしで。でも、それって私の事を何にも意識してないから出来る事なんだな――

 そこまで考えて、香澄は首を振る。


「こんな時に、そんな事考えてる場合じゃない」


 宮殿の入り口にたどり着いた香澄は、改めて建物を見上げ、震えた。


「お兄ちゃんには、この黒い霧が見えないの?」

「黒い霧? いや、見えないけど……」

 

 宮殿全体が、黒い霧に包まれて霞んでいた。扉や窓の隙間から、ドライアイスのような黒い気体が漏れ出ている。一歩も中に入りたくないと、香澄は後ずさった。


「おかえり。よく戻ったな。玄伍、香澄」

「くっ」


 ゆっくりと扉が開き、中からファロが現れ、香澄は痣の痛みに顔を歪めた。


「レンを連れ戻せなかったのは残念じゃが、香澄だけでも良しとしよう」


 呼吸が苦しくなった香澄が、無意識に自分の白い水晶を握りしめた。その瞬間、ぶわっと白い光が辺りに広がり、黒い霧が退いた。ファロは手をかざして眩しそうに目を細める。


「さすが白光の巫女姫じゃな。能力に目覚めていたか。だが好都合だ。その水晶に力が溜まっておるな」

「白光の……巫女姫?」

「お前もまだ記憶が戻らぬか」


 呆れたように眉をしかめたファロは、香澄の水晶に手を伸ばす。石に触れた途端、バチッと稲光のように白い光が走り、ファロの手が弾かれた。


「香澄、痣が痛むだろう? 苦しいだろう?」


 指先に火傷のような傷を負ったファロは、何故かニヤリと笑って香澄に優しく問いかける。


「レンがわしの元へ戻れば、ルージュもレンを諦める。昔のようにな。香澄、その水晶をこちらに渡しなさい。そうすればお前も楽になる」

「い、嫌です」


 香澄は水晶を更に強く握りしめ、玄伍に助けを求めようと振り返った。が、玄伍の姿がどこにもない。


「お兄ちゃん……? お兄ちゃんはどこ!」

「酷い目には合わせておらんよ。ただ、用は済んだのでな。少し眠っていてもらうだけだ」

「何を言っているの?」


 恐ろしくなった香澄は、ファロから離れようとその場から逃げ出したが、あっという間に騎士団員に腕を掴まれ連れ戻されてしまう。香澄は今さらながら、玄伍に騙されていたことに気づき、そしてその玄伍もまた騙されていたのだと悟り、涙が流れた。


「私、ただ人間界に戻るだけかと思ったのに、こんな、こんなっ……!」

「香澄。レンがいなくなった後、ルージュの心の隙間を埋められるのは、お前だけだ。レンさえいなければ、ルージュはお前のものになるのだぞ?」


 香澄が息をのむ。

 ドクンと心臓が脈を打った。



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