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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
闇の正体
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29話 姉妹

 宮殿へ立つ日の朝。部屋にある大きな壁かけの鏡に、ルージュの姿が映し出されていた。それも「ルージュだ」と聞かされていなければ気づかないような格好で。


「ほら参謀殿、そんな顔しないでくんなまし。これも重要なお役目のためでありんす。ああ! 紅が落ちるから、唇はなめてはいけんせん。目をこすってもダメでありんす。さあ、表で馬車が待っていんすから、早う下へ参りんしょう」


 ルージュはガックリと肩を落として、わざと氷鯉に聞こえるように大きくため息をついた。部屋から出て、階段を下りる間にも氷鯉は容赦ない。


「ほら、そんな大股で歩いてはいけんせん。ああ、髪をそんなに乱暴にかき上げないでくんなし」


 ルージュの一挙手一投足にいちいち文句をつけてくるので、今すぐ着物を脱いで叩きつけたい衝動に駆られたが、しかしこれも『重要なお役目のため』と、グッとこらえる。


「あっ、参謀長着替え終わったんすね……ってか、凄げぇ」


 レオパルドが目を大きく見開いてパチパチと瞬きをする。


「良いでありんしょう? 化粧のし甲斐がありんした」


 得意げな顔で、氷鯉はルージュをみんなの前に押し出した。

 透き通るような空色の長い髪に、白い肌。瞳の色をごまかすために、まつげに青い色を乗せた。着物は薄いハッカ色で、袖の白い花市松模様が中央に向かい淡くぼかされている。肩から胸にかけ白い花びらが舞い、濃紺の袴には、スズランの刺繍が裾に一か所施されていた。

 唇には薔薇色の紅を差し、そこに佇む姿はどこから見ても美しい女性そのものだった。


「わあ! ルージュ様、とってもお綺麗です!」


 興奮を抑えきれないようにマルベリーが床を飛び跳ね、香澄もうっとり見惚れ、ため息をもらした。


「うんうん。今の参謀長となら、自分、全然デキるっす! むしろお願いしたいくらい。ね? 雫」

「はっ? え、あー。えーと」

「何をお願いしたいの?」


 赤面して目を泳がせた雫と、露骨に顔をしかめたルージュを不思議そうに見たレンが首をかしげる。レオパルドがあっけらかんと答えた。


「そりゃもちろん、一晩と……ッ」


 雫がレオパルドの口をふさいだのと、ルージュが背後からレンの両耳をふさいだのはほぼ同時だった。美兎が呆れたようにレオパルドを睨むと、ゲンコツで頭をこづく。その様子を見て何かを察したレンは「うわー」とだけ言うと、顔をひきつらせた。


「姫様の目が冷たいっす……」

「レオが姫様の前でバカな事を言うからですよ」


 雫の手が離れ、再び喋ることが出来るようになったレオパルドは、耳をペタンと寝かせた。ルージュは耳をふさいでいた手の行き場に困ったが、結局そのままレンの両肩に置く。なんとなく、レンにまだ触れていたかった。

 レンは背後のルージュにもたれ掛かるように体重を預けると、顔を見上げジッと見つめた。ルージュもレンを見下ろすと、視線が合わさる。丁度、自分の心臓の高さにあるレンの耳に、早い鼓動が聞こえてしまうのではないかと、さらにルージュの心臓が脈を打った。


「ルー、ホントに綺麗ね」


 目を細めて笑うレンに、肩に置いた手に力が入ってしまう。『食べてしまいたい』とは、こんな気持ちの時に使う言葉なのではないかと、真剣に思った。昨日から塞ぎがちだったレンが笑ってくれるのなら、化粧した甲斐があったというものだ。


「レンは俺が守るから」


 思わず後ろから抱きしめた。レンは、自分を包むルージュの腕に触れると小さく笑う。


「宮殿で無茶しないでね。守りたいって気持ちは、私も一緒」

「……うん」


 ただこうして側にいたいだけなのに、なかなか叶わないものだなと、ルージュはレンの髪に頬を寄せ、目を伏せた。


「あ! ちょっとくっつき過ぎ! レオさんのキワドイ言葉には耳をふさいだクセにさ、自分だけズルいよ」


 汐音が腰に手をあてて、頬を膨らませる。

 長い髪とレースの髪飾りが、左目を隠すように覆っていた。化粧はほとんどしていなかったが、もともと華奢な体に綺麗な顔立ちをしていたので、それがかえって少女らしく見せている。汐音の着物は白地に銀色のスズランが描かれ、薄紫色の蝶の刺繍が散りばめられていた。袖の振りの部分へ向かい、青緑色のグラデーションが濃くなっていき、袴も袖の色と同じ青緑で、汐音に良く似合っている。レンはその姿に、ニッコリとほほ笑んだ。


「うん。汐音も可愛いよ」

「じゃあ、僕もギュってして?」


 両手を広げて甘えた声を出す汐音に、ルージュがやれやれと汐音の前に進み出て、抱きしめると言うよりは、抱えるように両手で抑え込む。


「よしよし、汐音。一緒に仲良く宮殿へ行こうな」

「ちょっと、ルージュさんじゃないってば!」


 そのままルージュは汐音を持ち上げ、玄関へ続く廊下を進む。


「降ろせって!」


 バタバタ暴れる汐音を、力ずくで抑え込む。

 しかし、その行く手を氷鯉が仁王立ちで遮った。


「汐音! 暴れたら着物が乱れるでありんしょう! 参謀殿、女のフリをして敵地に乗り込む事、ゆめゆめ忘れませぬように。今からあなた様は、女でありんす! もっと自覚してくんなまし!」


 その剣幕に圧倒され、ルージュも汐音も大人しく従った。その様子を見ていたレンは、声を立てて笑う。


「誰かに見られると困るから、お見送りはここまでしかできないけど、気を付けて行ってらっしゃい。汐音、ルーをよろしくね」


 床に降ろしてもらえた汐音は、ルージュを睨みながらも、レンの言いつけにしぶしぶうなずく。ルージュはぐるっと、自分を見送る美兎やマルベリー達の顔を見回した。


「夜霧、留守を頼む。……油断するなよ」


 壁に寄りかかり腕組みをしていた夜霧は、ルージュに声をかけられニヤリと笑った。


「誰に物を申しておる。お前もヘマをするなよ」


 ルージュは夜霧の答えに、ふっと強気な眼差しで口の端を上げる。それから改めて、レンの頭をポンポンと撫でながら、その隣にいる香澄に「レンをよろしくね」と、ほほ笑みながら告げた。


「……はい」


 香澄は一瞬だけ、寂しそうな、悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔で答える。

 その表情の変化がルージュは少し気になったが、出発の時刻も迫っていたので口には出さず、そのまま馬車の待つ表へと出た。丁度、白銀が隣の敷地にある本宅から出ようとしているところが見えて、危うく白銀を外で待たせてしまうところだったと、ルージュは冷や汗をかいた。


「おはよう。さあ、行こうか」


 さっと馬車に乗り込んでしまった白銀を、本来付いていくはずの本物の従者が心配そうな顔で見送る。


「長を頼みますね」


 従者の悲壮感すら漂う真剣な眼差しに、ルージュは背筋を伸ばした。


「承知しました。今回はカンファー様に直談判するため同行させていただきますが、白銀様に危険が及ぶようなことは決して致しません」

「よろしくお願いします」


 その声を背に受け、ルージュも馬車の座席へと身をすべらせた。ファロに変装を見破られれば、白銀も無事では済まないだろうと、ルージュはグッと口元を引き締める。失敗は許されないのだ。

 馬車はゆっくりと走り出す。


「カンファー殿に、あらかじめ連絡しておかなくてもよいかね?」

「ええ。疑いたくはないですが、カンファー様がファロと通じていないとは言い切れませんから。直接お会いして、見極めてから打ち明けたいのです」

「なるほど」


 自分でも用心し過ぎかと思ったが、カンファーは精霊の中でも特に長寿だ。今のファロの、前の代から顔見知りと言う可能性だってゼロではないだろうと考えた。

 ふと横を見れば、汐音が窓にへばりつくように外を眺めている。


「氷の里は初めてか?」

「氷の里どころか、僕、あんまり外の世界知らないからね。幽閉されてたから」


 ルージュの問いかけに、汐音はうなずきながら、何でもない事のようにさらりと言う。


「そうだったな」

『汐音は最近、ずいぶん表情も明るくなって、感情を表に出すようになりんした。参謀殿や姫様のおかげでありんす。ほんにようござんした』

 

 今朝、着物を着つけてもらっていた時の、氷鯉との会話を思い出す。ルージュは無意識のうちに、汐音の頭をなでていた。気味悪そうに汐音が振り返る。


「何? ルージュさんが優しいとか、気味悪い」

「それじゃ俺は、いつも汐音に冷たいみたいじゃないか」

「冷たいってか、意地悪? あれでしょ、僕の事ライバル視してんだ」

「はー? 俺が汐音と競って負けるようなことなんて、何一つ思いつかないんだけど。そういうのはライバルって言うのかね?」


 キーッと汐音が悔しそうに足をばたつかせる。


「僕なんて水の中でも息できるし! 水中なら僕のが強いからね!」

「そんなの、汐音ごと氷漬けにしてやるよ」

「くーっ!」


 その様子を、向かいに座る白銀が可笑しそうに見守っていた。


「お前たちは、仲が良いのだな」

「仲……良さそうに見えます?」


 汐音が片眉を上げ、ツンとそっぽを向き、窓枠に肘をかけ頬杖をついた。


「ああ、仲の良い兄弟に見えるぞ。いや、今は姉妹か。はっはっは!」


 白銀の楽しそうな笑い声が車内に響く。

 失敗は許されないと気を引き締めたばかりなのに、汐音と一緒だとどうも調子が狂うなと、ルージュは小さくため息をついた。

 一行を乗せた馬車は、休憩を挟みながら中央都市へと向かい、暗くなる前にはその日宿泊予定であった宿に到着した。何事もなく無事に夜を過ごし、翌朝ルージュはいつもより早めに目を覚ます。

 なにしろ化粧をしなくてはいけないのだから。

 身支度を終え一息ついた頃、コンコン!と乱暴なノックの音がし、次の瞬間には扉から汐音が顔をのぞかせていた。


「お前、ノックしながら扉を開けるなよ」

「それならカギかけときゃいーじゃん。あーなんだ、着物自分で着つけられるんだ? 帯結べなくて困ってる顔が見たかったのになー。手伝ってやってもいいと思ってたのに」


 そう言ってすっかり自分の支度を終えた汐音は、面白くなさそうにベッドの上にドスンと腰かける。


「汐音が来る頃だろうと思って、カギを開けておいたんだよ。そうだな、帯はなかなか難しかったから、次は手伝ってくれるか?」


 ベッドに座った汐音の、曲がったレースの髪飾りを直してやりながら、窓の外へ目をやった。

 遠くにうっすらと宮殿が見える。ルージュが何を見ているのか気になった汐音も、その視線の先に目を向けた。


「カンファー様、味方になってくれるかな」


 珍しく弱気に見えた汐音を励ますように、ルージュが笑う。


「上手くやるよ、心配するな。汐音はフォローを頼むな」


 ルージュに「頼む」と言われた汐音は嬉しそうにうなずいた。


「さて……そろそろ白銀様がお目覚めになる時間だ。行こう」


 二人は部屋を後にする。

 並んで歩く様子は、どこから見ても仲の良い姉妹にしか見えなかった。


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