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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
闇の正体
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27話 闇の正体

 宿からほんのわずかの時間で、アークと雪乃はアイスケーヴへ到着していた。

 眼下に青みを帯びた氷河が広がる。

 ワイバーンの高度を下げると異様な光景が確認でき、ルージュ達の身を案じずにはいられなかった。


 地上に降りたアークは、そこかしこに転がる白骨に言葉を失った。しかし、よく見れば人骨とは少し違う。


「これは……まさか、これはスケルトン?」


 改めて周囲を見回し、そのスケルトンの残骸の多さと、架空だと思っていた魔物がここにいたという事実にぞっとした。雪乃は不吉な想像をしてしまい、震えながらアークを見上げる。


「ルージュ君達は、ここでスケルトンと戦闘になったんだね。この数を相手に、無傷でいられるとは考えにくい。しかし、ここで倒れた訳ではなさそうだ」

「では、既にここを離れたのでしょうか」

「そうだね。だけど、馬もなしに傷を負って移動は無理がある。洞窟内に身を潜めている可能性も……低いと思うが、一応見ておこうか。雪乃、ワイバーンをいつでも飛ばせるようにしておいてくれ」


 そう言い残し、アークは天井の低いアイスケーヴの入り口に身をかがめて中を伺った。早速入り口にも戦闘の跡が見て取れるが、その数は洞窟前の広場に比べれば圧倒的に少ない。アークは自分の水晶を取り出して、司令官へ連絡を取った。


『アークか、状況は?』

「アイスケーヴでスケルトンの大群と戦闘をしたようですが……幸い彼らの亡骸は見当たりません。ですが、宿に戻った形跡はありませんでした。馬も残したままです。山を越えて逃げたか、あるいは……」

『闇が連れ去ったか』

「はい。その可能性が高いかと。洞窟内をもっと調べてみますか?」

『いや、よい。充分じゃ。ご苦労だったな、そろそろ日も暮れるだろう。宮殿へ戻って参れ』

「承知しました」


 通信を切ったアークは洞窟を出ると、辺りを警戒している雪乃の元へと戻った。


「調査は終了だ。宮殿へ帰ろう」

「結局、何もわかりませんでしたね」


 悲しそうにうつむいた雪乃の肩を、アークは励ますように叩いた。


「そうでもないさ、宿に戻っていない事がわかったし、馬も残されていた。この場から移動したような痕跡もない。闇が時空を裂いて連れ去ったのだろう。この事実がわかっただけでも、収穫じゃないか!」


 連れ去られたと言うのは仮説に過ぎないのだが「来た甲斐があった」と、あえて明るく振舞った。雪乃もそんなアークの気づかいに応えようと、笑顔を返す。

 西の空はオレンジ色に染まっていた。


 一方、水晶を切った後、ファロ司令官は苦々しい表情で爪を噛んだ。

 せっかく人知れずにアイスケーヴに赴き、スケルトンが現れるよう罠を仕掛けたというのに、それはあっさりと破られたようだった。


 ファロは夜霧のように、空間を切り裂き移動はできないが、魔物を自在に出現させることが出来た。出現させたい場所に出入口を設置するため、自らその場に出向く必要はあったが、一度空間の切れ目を設置してしまえば、その後は遠く離れていても好きな時に魔物を出し入れできる。ルージュ達がアイスケーヴに到着したのを見計らってスケルトンを出現させたように。

 そもそも空間の歪みを黒炎と白い光で封印された事は、術をかけたファロには、封印されたその瞬間からわかっていた。レンと香澄が揃っているという事は、今頃ルージュ達は真実を知り、闇の水晶と行動を共にしているに違いない。

 本来ならアークを現地に飛ばす必要もないのだが、調査もなしにルージュ達の行方を予想するのは不自然だろうと、行かせたまでだった。


「さて、如何いたすか」


 椅子のひじ掛けを指でトントンと鳴らす。

――そもそもあの中庭で煌牙が闇に覚醒した時に、香澄の白い光さえなければ、今でも闇は大人しく従っていただろうし、煌牙も手駒になり、巫女姫も手中に収めているはずだった。その後、香澄に白い光を使いこなせるようになっては困るので、しばらくあの能力は使うなと言ったのに、思いのほか早く能力が定着したようだ。どこに消えたか知らないが、ルージュ達も手負いのはず、すぐには動き出せないだろう。今のうちに先手を打っておかねば――

 ファロは目を閉じ、頭の中に筋書きを描く。

 日は落ち薄暗くなった部屋で一人、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。

 


 眩しい光で、ルージュは目を覚ました。

 カーテンをひかないままの窓から、容赦なく朝日が照り付ける。

 寝起きのぼんやりした状態でベッドに横になったまま、その眩しい窓を眺めた。

 だんだんと思考がクリアになってくる。「しまった」と、飛び起き大事な時に寝てしまった罪悪感に肩を落とした。夜霧と話していたところで記憶が途絶えている。

 こめかみを押さえてどうにか思い出そうとするが、いくら考えても自力でこの部屋に来た記憶はなかった。

 知りたい事や知らなければいけない事が、山のようにあったのに。ベッドに座ったまま、ルージュは頭をかきながらため息をついた。


「ヒトはよくため息をつくのう」


 ふいに部屋の端から声がした。その声に驚いてルージュが顔を上げる。


「いつからいたんだよ?」

「ずっとおったぞ。……どれ」

 

 睨まれた夜霧はクスリと笑うとルージュに歩み寄り、あごに手を添え自分の方に顔を向かせた。


「ふむ。だいぶ顔色も良くなったの」

「気安く触るな」


 夜霧の手を振り払うと、不機嫌そうに顔を背ける。


「ほんに可愛げがないのう」

「時間がないんだ。知っている事、全部話せよ。次の手を考えたい」


 夜霧は考え込むように腕を組んだ。


「姫や人間の娘にも聞かせたいが、まずは二人で話そうか。ちと長くなるが、昔話だと思って聞くが良い。……お前、中央都市がなぜ『王都』と呼ばれていないか、わかるか?」


 ベッドに腰かけたルージュと向かい合うように、扉を背にして夜霧が静かに語りだす。思いがけない質問に、ルージュは無言で首を横に振った。


「はるか昔、精霊界と人間界は一つだった。その頃は、王都も存在したのだよ。もちろん『王』も。王はその身に強力な魔力を宿し、体には(はす)の痣がある。しばらくは平和な世が続いた。ほんに穏やかな時代じゃった」

「まるで見てきたような口ぶりだな」


 半信半疑のルージュに対し、夜霧は余裕の笑みを浮かべて自分の胸に手を当てた。


「余はな、この世の最初の王が身に着けた、最初の水晶じゃ。あまりに永い時間魔力を貯め続けたおかげで、意思を持つようになった。姿を借りて化けることはあったが、今のようにヒトの身の中に入ったのは初めてじゃがな」

「なっ……じゃあ、レンの水晶は? あれも巫女姫に受け継がれてきた古い水晶だぞ」

「姫の水晶も永い時間が経っているようじゃが、余に比べれば、まだ短い。あれは恐らく、三千年前に闇がこの世を覆った時に生まれたものじゃろう」


 三千年前にすでに存在していたのかと、ルージュは信じられない思いで夜霧を見つめる。


「ある時代に、王が暴走した。精霊界だけでなく、魔界まで手に入れようとしたのじゃ。その暴走を止めたのが、王の妻である黒炎の巫女姫と、人間の血を色濃く受け継いだ巫女姫の妹、三日月の痣を持つ娘だ。つまり、お前たちの言う三千年前の闇の正体は、王だったのだよ」

「その後、王は……?」


 ルージュの質問に、夜霧が一呼吸おいて答える。


「その王は、巫女姫たちに討たれて死んだよ。ただな、蓮の痣を持った者が時たま現れる。黒炎の巫女や三日月の痣の娘が生まれるように。そして、決定的に姫たちと違うのが、王は記憶を引き継いでいることだ。記憶を持って何度も生まれ変わり、王は今でもこの世を手に入れようと動き続けている」


 ルージュは無意識のうちに立ち上がって、夜霧にすがるように、着物の襟首を掴んだ。


「まさか、司令官が王だと言うんじゃないだろうな? 黒炎の巫女姫が王の妻だった? あいつは今、何を企んでいるんだ」


 司令官が闇と関係しているのだろうという覚悟はしていた。けれど、夜霧の話はその覚悟を軽く超えて行く。


「何度も生まれ変わるといっても、絶え間なくこの世を生き続けているわけではない。次に生まれ変わるまで、何百年も間が空くこともある。黒炎の力を持った巫女姫が生まれるのもまた稀な事だ。この三千年の間に、王が黒炎の巫女姫と同じ時代を生きることはなかった」

「じゃあ……」

「そうじゃ。王は三千年ぶりに、ようやく黒炎の巫女姫と再会できたと言う訳じゃ。姫の方は記憶もないので、生まれ変わりかどうか確かめる術はないがな」


 夜霧の襟を掴んでいたルージュの手から、力が抜けてだらんと下がる。そのままよろよろとふらつきながら、再びベッドに腰を下ろすと、頭を抱えた。


「司令官の狙いは、この世界を手に入れることと……レンか」

「まあ、そういう事だな」


 ルージュが深く息を吐く。


「司令官の巫女姫を手に入れる目的は何だ? 自身を滅ぼしたことに対する復讐か? それとも……」

「ある意味、一途な執着心じゃ。長い間恋い焦がれていたのだろう。しかし、やっと出会えた巫女姫と結ばれるには年が離れすぎておる。この機会を逃せば次にいつまた出会えるかわからぬ。幼い黒炎の巫女姫が宮殿に召し上げられた時から、奴の計画は動き出していたのだ」


 夜霧はルージュの肩にそっと手を置いた。


「余は王の命令に従い、今までにないほどの魔力を集めた。あの洞窟でずっと。解き放たれる日を夢見て」

「集めた魔力で何をするつもりだ?」


 ルージュが夜霧を見上げる。


「まずは今までどの時代の王も試さなかった『若返り』じゃ。もし王が若返れば、魔力も桁違いに増幅する。この機に巫女姫も、全世界も手に入れるつもりだろう」


 夜霧の言葉を全てそのまま信じていいものか、迷っていた。まっすぐにルージュの瞳を見返す夜霧の目には曇りがなかったが、恐ろしく上手に嘘をつくかもしれない。


「お前はなんで、司令官を……王を裏切ったんだよ」

「余は長い間、王の呪縛に囚われていた。それが、三日月の娘の白い光のおかげで解けたのだ。今さら裏切った訳ではない。ただ、煌牙の中に根付かせた闇まで解放されて、思いのほか危険な状態になってしまったがな」


 ルージュは考え込み一点をじっと見つめていた。やがて答えを見つけたかのように、目を閉じふぅと短く息を吐く。


「夜霧、今の話を他の者達にもしよう。司令官を止めないと、この世が終わる」

「姫の動揺は計り知れぬが、話した方が良いだろう」


 その言葉に一瞬目を伏せたが、ルージュは「ああ」と、決意の宿った目で夜霧を見た。


「レンも強くなった。知らないまま巻き込まれるのと、覚悟を決めて戦うのなら、後者を選ぶだろう」


 夜霧は、強く拳を握るルージュに優しく微笑む。


「わかった、皆を集めておこう。だが、お前は一人で背負い過ぎじゃ。周りをよく見ろ。その荷を喜んで引き受けてくれる者たちがたくさんいるぞ」


 そう言いながら、ルージュの頭を乱暴に撫でた。


「風呂でも入って落ち着いたら下へ降りてこい。着替えはそこじゃ。全く、ヒトはほんに手のかかる生き物じゃのう」


 きょとんとしたルージュを部屋に残し、夜霧は笑いながら部屋を後にする。


「……なんだよ、アイツ」


 ルージュは無意識に握りしめていた拳に気づき、フッと力を抜いて手を開いた。


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