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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
旅立ち
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15話 私に出来る事

 封印の洞窟を発見したその日のうちに、雫とレオパルドは森の里へ向かい、翌朝には宮殿へと戻ってきていた。結果的に得られた情報は『あの森には近づくな』という、ぼんやりとした言い伝えのみで、文献にも残っておらず、雫とレオパルドは肩を落とした。


「そもそも、森の長ですら洞窟の存在を知らなかったようです」


 昨日と同じように、司令官は書斎で雫からの報告に耳を傾けていた。


「封印の洞窟の場所が知れたら、悪用する者が現れないとも限らんからな。森の精霊にすら告げず、証拠にならないようどこにも記載しなかったのじゃろう」

「それにしても」


 と、机の横に控えていたルージュが口を開く。


「この中央都市の書庫にさえ、闇に関する詳細な記述の本はなく、現存するのは子供に読み聞かせるような絵物語ばかり。少し不自然ではありませんか? もしかすると――」


 司令官がルージュの言葉を遮るように、ハッハと声を上げて笑った。


「この部屋の蔵書が気になるか? 残念ながら、見つけられたのは古文書に関する本だけだ。先人たちは用心深かったのじゃろう。何も不自然なことなどない」


 穏やかな笑みをルージュに向ける。が、目は笑っていない。司令官だけでは心元なかったので、この機会に書斎の本を全部調べてみたかったのだが、これ以上食い下がるのは得策ではないようだった。


「老いぼれでは信用ならんか?」

「滅相もないです」


 ルージュが目を伏せると、司令官はやれやれと言った感じで椅子から立ち上がり、雫とレオパルドの前へと歩み寄った。


「闇に関する事は、広く知られては困る。だからこそ、アイスケーヴのような人目につかぬ場所に古文書が眠っておるのじゃ。すぐにでも出発し、何としても手に入れてまいれ」

「はい」


 緊張の面持ちで返事をする雫とレオパルドとは対照的に、ルージュは目を伏せたまま、どこか上の空だった。


「世界会議が気になるか?」


 司令官に見透かされたルージュは、観念したように「はい」とうなずく。


「ユグドラシルの樹へは、誰を供につけるのですか?」

「お前は本当に心配性じゃの。ユグドラシルの樹までは船で半日もかからん。わしと姫の戦力があれば充分じゃが、念のため魔法に長けたものを連れて行くつもりじゃ」

「騎士団からは誰も?」

「世界会議は三日後に決まった。ちょうどお前達が洞窟に着く頃だ。そんな時に団員を連れていけば、宮殿の警備が手薄になってしまう」


 司令官の言う事はもっともだった。


「ルージュ、巫女姫様の事となると冷静でいられなくなるのは、悪い癖じゃぞ。正午にはここを出てアイスケーヴへ向かえ。よいな?」

「承知しました。……申し訳ありません」


 深く礼をして、三人は司令官の書斎を後にする。廊下に出るとルージュが大きなため息をついた。


「大丈夫っすか? 参謀長殿、お疲れでは?」

「いや、問題ないよ。それより二人とも連日の遠征ですまない」

「いえいえ、お役にたてて光栄です」


 雫は恐縮しながら、手を横に振った。正午まではあと一時間ほどだ。

 雫とレオパルドは、準備のために自室へと戻る。他のメンバーは昨日のうちに荷造りを終え、出発の時を待つばかりだった。荷造りと言っても、それほど大袈裟なものではない。今回は寒さに弱いワイバーンが使えず、馬での移動となるため日数はかかるが、中央都市から氷の里までは商人や旅人が使う街道があり、宿場も整備されている。順調ならば、野宿の心配もない。

 途中から街道をそれて少々道は険しくなるが、それでも山を越えるよりは遙かに楽な道のりだ。アイスケーヴ自体も内部は複雑ではあるが、さほど大きな洞窟でもないので、目的を果たし宮殿に戻るまでに一週間もかからないだろう。


「何も起きなければ、だけど……」


 ルージュは独り言をつぶやいた後、中庭の渡り通路でピタッと足を止める。

 噴水の影に隠れて見落としそうになったが、水仙の前にしゃがみ込んでいるレンを見つけた。ここから見えるのは後ろ姿だけだったが、それでもどことなく背中に寂しさを感じる。


「レン?」


 後ろから覗き込むように、ルージュは腰をかがめた。レンが無表情のまま頭を後ろに反らせ、ルージュを見上げる。


「ねぇルー、この水仙は植え替えたの? 枯れたのを復活させたの?」

「植え替えたと思うけど。どうかした?」


 ルージュに向けていた視線を水仙へと戻したレンが残念そうに「そっかぁ」とため息交じりでつぶやいた。


「もし私がいなくなっても、きっとまた新しい巫女姫がどこかから来るんだよね」

「はっ?」


 全く予想していなかった言葉に、思わずルージュの声が裏返る。レンの思考が読めなくて、その言葉の意味を計りかねていた。


「レンは黒炎を操る希少な能力なんだから、そうそう替えはきかないよ」


 そう口にした後、違う、違う、レンが求めている答えはそんなんじゃないし、俺が言いたい事もそんなんじゃないだろうと、一人焦る。案の定レンも、ははっと乾いた笑いをもらした。

 ルージュは必死に正解を探す。

『レンはなくてはならない存在なんだ』

 心からそう思っていても、きっと白々しく聞こえるに違いない。


「レン……」

「ねえ、ルー。闇の言葉、覚えてる?」


 ルージュの言葉を遮って、レンは水仙を見つめながらそう言った。


「覚えてるよ」


 もちろん覚えている。だから、次にレンが言う言葉もルージュには想像がつく。


「煌牙を助けたい。ルーも協力してくれる?」


 すぐには答えられなかった。

 正確には、「答えたくなかった」

 闇に不吉な言葉を残されてから、幾度となくレンから「助けたい」と言われたらなんと返そうか考えていた。

 ルージュ自身も、煌牙を救う術があるなら、助けたいと思う。だけど現時点で、そんな術はどこにも見当たらない。そうこうしているうちに、世界全体が闇に飲まれてしまえば本末転倒もいいところだ。それでも、レンをなるべく傷つけずに納得させる言葉を考えていたのに。


「やっぱり、それ言うんだ?」


 気づくと、用意していた言葉とは、全く違う言葉を吐いていた。

 覚悟していたはずなのに、なんだか酷くガッカリしている自分がいる。もしかすると、レンは立場を理解して言わないんじゃないかと、期待していたのかもしれない。


「闇を封印する手掛かりを探すために、雫とレオは夜通し動いていたよ。この後、俺もレオ達と古文書を探しに、ここを立つ。……三日後には世界会議も開かれる。」


 淡々とした口調でそう言ったルージュは、しゃがみ込んでいるレンの隣に片膝をつく。


「騎士団も里の長達も、闇を封印する方法を探すために動きだした。それなのに、煌牙を助けたいなんて言ったら、国が割れる。それくらいの影響力がレンにはあるんだよ。わかるよね?」


 膝を抱えたままのレンは何も言わなかったが、充分わかっているはずだった。だからこそ、いざとなったら巫女姫を降りる覚悟で『私がいなくなっても――』なんて言葉を口にしたのかもしれない。

 だけど、レンはただの巫女姫ではない。闇を封印できる力を持つ『黒炎』だ。もし、煌牙を優先して封印する事をためらうのならば、レンの言う「煌牙を助けたい」は、世界を人質にとって「煌牙を助けろ」と言うに等しい。元々煌牙を助けたいと思っている者たちが同調すれば、精霊同士で対立が起こる。


「そうだね、『煌牙を助けて』は、もう言わない。私は私に出来る事をするよ」


 立ち上がって歩き出そうとするレンの手を、慌ててつかむ。


「レンに出来る事って、何? 何をしようと思ってる?」

「……次に煌牙と会ったら、黒炎で闇だけを焼く」

「動かない空間の歪みを焼くのとは、訳が違うぞ? そもそも、闇だけ焼くなんてできるのかよ!」


 だんだんと語尾が強くなるのがわかった。

 遠目から見たら、黒薔薇のお姫様とその手をとってかしずく騎士のような、絵になる構図だ。だが実際のところは、なんでも解っていると思っていた幼馴染が、自分の理解を超えて遠くに行こうとしているのを、必死に繋ぎ止めているという状況だった。


「世界会議で何かするつもりか?」

「何もしないよ。だから、次に煌牙に会った時だってば」

「もしその時、俺達の知ってる煌牙の姿じゃなかったら? もう既に闇と同化して切り離せなくなっていたら? それじゃ手遅れなんだよ!」


 その言葉に、ついにレンがルージュの手を振り払った。


「わかってるよ! でも、闇を封印する方法も見つかってないじゃない。だからルー達がそれを探しに行くんでしょ? なんで、封印方法を探しながら、チャンスがあったら煌牙を助ける事を試しちゃいけないの? なんで二つに一つなの?」


 そこまで一気にまくしたてると、レンはきつく目を閉じた。そして再び開いた瞳で、真っすぐルージュを見つめる。


「大丈夫、他の人は巻き込まない。国が割れるような、軽率な行動は絶対にしない。煌牙を助ける前に封印方法が見つかったら、ちゃんと従うから」


 振り払われたルージュの手が、行き場をなくして力なく降ろされる。

 レンはこんなに強かったっけ? ああ、もう守られるだけの小さな女の子じゃないんだな。

 茫然としながらも、意外と呑気な考えが浮かぶ。


「どれだけ危険な事かわかってる?」

「闇を封印するのだって、危険が伴うでしょ? ルーは何で怒ってるの? 煌牙を助けたいって思わない?」

「怒ってないよ。煌牙を助けたいとも思う。けどさ、国を守る方が先だろ」

「私だって別に国が滅んでもいいなんて思ってないよ! 封印方法を探している間に、もしまた煌牙が現れたら、試したいだけ。闇だけ焼く事が不可能だったら、その時は……覚悟を決めて、煌牙を倒す」


 睨みあった二人の間を風がすり抜ける。

 レンの言い分も一理あると思ってしまって、これ以上反論できなかった。


「わかった。もう何も言わない。ただ、俺がない時に煌牙と遭遇したら、その時は絶対に退()けよ」


 レンは無言でうなずきながら、風になびく髪を抑えた。

 ルージュがゆっくり立ち上がる。「もう何も言わない」と言ったものの、本当は言いたい事は山ほどあった。なんなら世界会議行きも取り消して、このままアイスケーヴに連れ去ってしまおうかとさえ思う。

 レンから目を離すのが、恐ろしかった。

 覚悟を決めて煌牙を倒すと言ったレンは本気なのだろうけれど、きっと無理だ。恐らく闇だけ焼けると信じているから、戦う事はないと心のどこかで思っているはずだ。

 あぁ。本当に司令官の言うとおり、レンが絡むと冷静でいられなくなるな。と、ルージュは悟られないように、苦笑いする。


「出発の前にちゃんと約束して。俺がいない間、絶対危険な事はしないって」

「さっき、もう何も言わないって言ったじゃん」


 振り払われた手でもう一度レンの手を取ると、ふてくされたようにレンは唇をとがらせた。


「いいから。ちゃんと、俺の目を見て」

「わかった。ルーがいない間は、おとなしくしてる」


 気の強そうな眼差しでルージュを見つめる瞳に、どこかホッとしたような色が浮かぶ。一人で何かしなくてはと、力が入り過ぎて空回り気味になっていたのかもしれない。


「ルー……。ありがと。ごめんね」


 つないだ手をぎゅっと握るレンに愛おしさが込み上げた。

 ここが人目のある中庭で良かった。理性を吹っ飛ばさずに、なんとか踏みとどまれる。


「ルー、顔が赤いよ。大丈夫?」

「――――ホント、何でもないから気にしないで」


 チラッと描いてしまった頭の中の妄想を隠すように、ルージュは片手で顔を覆った。

 アイスケーヴへ出発する時間が迫る。

 なのに、つないだ手をなかなか離せずにいた。


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