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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
旅立ち
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14話 envy  其の二

ゴクゴクと紅茶を飲みほしたレンが、ぷはーっと大きく息を吐く。

「それじゃ酒場の酔っ払いだよ」と、ルージュは反射的につっこみそうになったが、そんな言葉は飲み込んだ。こんな事を言ったら、今度こそレンは激怒する。いや、激怒するなら全く問題ないか。と、ルージュはすぐに考え直した。泣きも怒りもしない、感情を抑えているようなレンの方がよほど心配だった。


「司令官に、何か言われた?」


 ルージュはレンの反応を伺う。昨日、宮殿の階段で見送った時よりも、何かぎこちない感じがしてならない。それでもレンは「別に何にも」と素っ気なく答えた。


「じゃあ、煌牙には?」


 ガチャガチャン! と、カップをソ―サ―に戻す手元が狂って、盛大な音を立てる。


「べ、別に何にも!」

「何か言われたんだ」


 ルージュがレンの隣に腰かける。

 わかりやす過ぎるよ! と、香澄はハラハラしながらお茶のお代わりをレンの前へ置いた。


「何か言われたような気もするけど、あんまり深く考えないようにしてる」


 うつむいたレンの顔に髪がかかって表情が読めないが、耳は真っ赤になっていた。だいたいの察しをつけたルージュが、頬杖をついたままポツリとつぶやく。


「例えば、愛の告白とか?」


 ガタン! と、テーブルに足をぶつけながら、勢いよくレンが立ち上がった。


「ない、ない、ない!」


 真っ赤な顔でルージュを見降ろし、全力で首を横に振る。そして、スカートを握りしめ、小さな声でぼそぼそと呟く。


「ただ……どこか、遠いところで一緒に暮らそうかって……」


 それだけ言うと、ふらふらと倒れ込むようにソファに座り、肘掛けに寄りかかってクッションに顔を押しあてた。闇に取りつかれても相変わらずだなと、ルージュはテーブルの下でこっそり拳を握る。


「へぇー」


 内心動揺しつつも平静を装い、ルージュは質問を続けた。


「で、もう一回聞くけど、司令官には何て言われたの?」

「だから、何でもないってば」


 間髪いれずにレンが答えた。

 こんなに赤面しながらも煌牙のことは打ち明けたのに、司令官の話は白状しないところを見ると、先ほどからのぎこちなさの原因は、今朝司令官と話した内容なのだろう。

『二人は息がぴったりだから、ル―も香澄と一緒なら心強いだろうってさ』

 投げやりに言い放っていたが、きっと「足手まといになるな」というような事を遠回しにでも言われたに違いない。そう思いをめぐらせたルージュは、かける言葉を探しながら、レンの頭を優しくなでる。が、言葉を見つける前に、水晶の通信音に邪魔されてしまった。


「はい。ああ、雫?」


 先ほどまでの『優しいお兄さん』から『参謀総長』のキリッとした顔に変わるルージュに、対面のソファに座っていた香澄は見とれていた。

 水晶の音声は本人にしか聞こえないが、きっと騎士団員から報告を受けているのだろうなと想像する。


「洞窟に祭壇が?――――うん。何か置いてあった形跡があるんだね。ホコリの積り具合からすると、なくなったのは最近と……どれくらいの大きさ?」

『丁度、水晶のペンダントと同じくらいの大きさです』


 雫の報告に、ルージュは中庭で氷鯉のつけていたペンダントを思い出す。


「うん。闇を封印した場所で間違いなさそうだな。それ以外に、誰か入った形跡は?」

『地面に何かをひきずった跡と、削られた五本線が……想像ですが、誰かが這って、爪を立てながら移動したのではないかと。土も乾いていないので、それ程日は経っていないと思います』

「なるほど」


 ――――煌牙だ。


 巫女姫の騎士が決まった翌日、煌牙はワイバーンで宮殿に戻ってきた。恐らく森に行っていたのだ。思えば、歪みが消えた原因に心当たりがあったから、あの時の会議でも平静でいられたのだろう。そこできっと闇の石を手に取って、闇と出逢った…………。

 這って爪を立てながら移動? 逃げようとしたのか?

 ルージュは頭を抱える。

 あの煌牙に何が起これば、闇の手に堕ちるのだろう。


「雫、悪いがそのままレオと二人で森の里へ行って、洞窟の事を調べてきてくれ。文献や伝承が残っているかもしれない。森の長には話を通しておくから」


 そう告げて通信を切ったルージュは立ち上がるとレンを見た。レンも心配そうにルージュを見上げている。


「司令官の所へ行ってくるよ」


 安心させるために笑顔を作った後、「あっ」と言って香澄の方を向く。


「香澄にもメイドをつけよう。今まで不便だったよね、ごめん」

「いえ、暖炉の使い方は覚えましたし、だいじょう……」


 言葉が終わらないうちに、ルージュの手がふわりと香澄の頭に置かれる。


「香澄は一人で何でもしようとしすぎ。頼っていいって言ったでしょ?」


 優しい笑顔で、いつもレンにするようにポンポンと軽くなでると、二人に向かって手を振って部屋を後にする。香澄は無意識のうちに息を止めていたので、扉が閉まると同時に、ぷはあと息を吐き出した。

 パチパチと暖炉の炭の弾ける音がする。


「香澄、今まで暖炉なしで寒くなかった? ごめんね、私も気づかなくて」


 レンはソファの肘掛けにもたれかかったまま、抱えていたクッションをポンと隣に置く。


「ううん、いつもレンの部屋にいたし、寝るときはふとんの中だし、寒いって気付かなかった」


 香澄がぺろっと舌を出しておどけたように肩をすくめると、レンもあははと笑った。

 起き上がったレンがティーカップを手に取り、口をつける。その優雅なたたずまいに香澄は、ため息をもらした。

 腰まで届く黒い髪は、まるで高価な絹糸で織りあげた布のように艶やかで、カップを持つ指先は、白磁に負けないほど白く細く繊細だ。目を伏せると長いまつ毛が、やはり白磁のようななめらかな白い肌に影を作る。絵本に出てくるお姫様そのものだな。と、しみじみと見つめる香澄の視線には気付かず、レンは桜貝色の唇をカップから離すと、ため息をついた。


「私にできる事って何だろう」

「レンにできること……?」


 突然の質問に、香澄は言葉を繰り返した。


「次に煌牙に会った時、私……やっぱり戦えないと思う。だって、ずっと一緒に育ってきて、本当の兄みたいに思ってたのに」


『兄みたい』なんて、さらっと残酷な事を言うなと香澄は思う。


「香澄は……香澄はあの時、どう思って戦った? 煌牙が消えてもいいって覚悟で前に出た? ゴメン、こんなこと聞いて。責めてる訳じゃないの。ただ、どうしたら戦えるのかって、知りたいの」


 レンは香澄をじっと見つめた。まるでお祈りでもするように胸の前に組んだ手が震えている。


「私は……」


 香澄は一瞬、本当の事は言わずに、ごまかしてしまおうかと迷った。それでも、真剣なレンの眼差しにちゃんと答えようと、背筋を伸ばす。


「あのね、あの時、正直に言うと……レンの事も、煌牙さんの事も、頭になかった。ただ、ルージュさんを助けたい、ルージュさんさえ守れれば、って考えてた。煌牙さんが消えてもいいって……思ったのかもしれない。けど……ごめん、覚悟とか、そんなのなかったと思う」


 先ほどレンに残酷な事を言う、と思ったが、香澄は自分自身もなかなか残酷な事を言っているなと、うつむいた。結局『ルージュ以外はどうなってもいい』と思っていたと白状したようなものだ。


「ありがとう」


 その言葉に顔を上げると、真っすぐ見つめるレンと目が合う。

 何に対しての「ありがとう」なのかわからないけれど、ほほ笑むレンに、香澄も何に対してかわからないまま「ごめんね」とつぶやいた。



「なるほど。それで雫とレオパルドは、森の里へ向かったんじゃな?」

「はい」


 司令官の書斎で、ルージュは洞窟発見の報告をしていた。珍しく深刻そうに考え込む司令官は、机を指でトントンと鳴らす。

 ルージュは机の前に立ったまま、視線だけを本棚にめぐらせた。部屋中の壁一面、天井まで届く本棚。どれだけの蔵書があるのか、一度ゆっくり見てみたいものだ。


「世界会議を行おうと思っておる」


 その言葉に、ルージュは意識を本棚から司令官へと戻す。


「その件ですが、巫女姫も出席するのならば、自分も同行したいと考えております」

「いや、お前には別にやってもらいたい事がある」


 そう言った司令官は、椅子の背もたれに体重をかけよりかかると、額に手をあてて目を閉じた。何だか酷く疲れているように見える。


「宮殿の警備ですか」

「いや……」


 ゆっくり目を開けた司令官が、ルージュに向き直る。


「氷の里の近くに、アイスケーヴがあるのは知っているな?」

「存じております。壁や天井、全てが氷でできた洞窟ですね」

「その洞窟の最奥部(さいおうぶ)に、闇に関する古文書が眠っているという伝記を見つけたのじゃ」

「古文書……ですか。出来れば、その伝記を拝読したいのですが」


 しかし、司令官は首を横に振った。


「すまんがこの部屋で見つけた後、検証するために他の者に渡して今は手元にないんじゃよ。記述の信ぴょう性が高いと連絡が来たので、お前に話をした次第だ」


 宮殿にある闇に関する書物には、一通り目を通したつもりだったが、そのような記述の書物は見つけることができなかった。ただ、この司令官の部屋にある膨大な蔵書は未見であったし、それだけ重要な記載があれば、誰でも手に取れるような本棚に置かないで、司令官の部屋に保管されていても不思議ではないなと、ルージュは考えた。


「雫とレオパルドが戻ったら、すぐにでも向かってほしい。あとはそうじゃな、美兎とマルベリーも連れて行け。香澄殿にも同行していただこう。なるべく優秀な者と行った方がいい」

「しかし、アイスケーヴは立ち入り禁止では」

「こんな事態じゃ、そうも言っておれまい。氷の長にはわしから伝えておく」


 司令官は再び背もたれに寄りかかると、深く息を吐いた。


「ご気分がすぐれないようにお見受けいたしますが……」


 ルージュの言葉に、司令官はふっと笑う。


「年はとりたくないものじゃ。昨日久し振りに大きな魔法を使ったものだから、ちと疲れての。お前達はあの後、夜半過ぎまで中庭を片づけておったな? 疲れは残っとらんか?」

「いえ、問題ありません。お気遣いありがとうございます」


 頭を下げたルージュを、司令官は目を細めて見つめた。


「本当に、若さとは何ものにも代えがたい。お前が羨ましいよ。老いは……酷なものじゃ」


 その視線はルージュを通り越し、どこか遠くを眺めているようだった。


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