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第8話 幼女を追え!

塩の村を目指して進むツナグとエレナは、王都ウェゲニアへと続く森に差し掛かった。

「この森を抜ければウェガーニュに入ります」


エレナが地図を片手に言う。

ここまで来るのに、ざっと1.5日を要した。

昨夜は小さな町で宿をとり、今朝早くに出発したのだが、もう昼下がりである。


「急がないと、日が暮れるな」


そう言って俺は、地図とにらめっこをしているエレナを追い抜いていく。


「あっ、ちょっと、ツナグさん!?」


エレナが慌てて地図を畳む。

地図と言っても、この世界の測量技術はさほど発達していないため、進行方向を大雑把に把握する程度にしか役に立たないのだ。


エレナに先立って、森の中を進んでいく。

奴に先導させると、ロクなことにならん。

特に森では。


「どのくらいで森から出られるんだ?」


振り返って、聞いてみる。


「えーっと、日没には間に合うと思います」


そうか、と言って、俺は前に向き直る。



なんだかんだ言って、エレナと一緒に来てよかった。

昨夜の宿でも、最初俺一人で入ったときには主人に怪訝な顔をされたが、後から来たエレナを見ると、割とスムーズに部屋を貸してくれたのだ。



それにしても、森の中というのは、こんなにも湿度の高い場所だったのか。

着ている服も、心なしか、しっとりとしてきたようだ。


「あ、泉です!」


エレナが前方を指さした。

見ると、澄んだ水を湛えた泉が、木々の間から姿をのぞかせている。

おそらく、湿気の源はあの泉だろう。


「飲めるでしょうか?」


泉のほとりで、エレナが尋ねてきた。

山の湧水なら問題ないと思うが、どうなのだろうか。


「さあな」


という俺の返答を聞いてか聞かずか、


「もう飲んじゃいます!」


と言って、エレナは膝をついて両手で水を汲み取った。


んくっんくっ、と喉を鳴らして一気に飲み干す。


「ぷはぁ!美味しいです!

 ツナグさんもいかがですか?」


毒味完了、ということで俺も口をつける。

冷たく、口当たりが非常に滑らかだ。


「……美味いな」


でしょう?、とエレナが何故か胸を張っている。

別に、お前の手柄だとはこれっぽっちも思わんが。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



泉を出発して、再びウェガーニュを目指す。

なんだか、入り口付近よりも緑の気配が濃くなったような気がする。



歩くにつれ、周囲に霧が立ち込めてきた。

徐々に見通しが利かなくなっていくのが、はっきりと分かる。


「霧、随分と深くなってきたな」


俺は、隣を歩くエレナを見る。

霧はいっそう深まり、この距離であっても彼女の足元が見えないほどだ。


「おかしいです。

こんな時間に霧が出るはずがありません……」


……たしかに。

霧というのは明け方に出るものだろう。

いくら森の中だといっても、晴れた日の、こんな昼下がりに出るものだろうか?



エレナが、あっ!という声を上げた。

俺も、おもわず息を飲む。


霧の中に、泉が佇んでいた。


「この泉って……」


エレナが走って行く。

俺は慌ててその後を追う。

霧が深いため、少しでも離れれば見失ってしまうのだ。


エレナが、水を一口飲んで、言った。


「間違いありません。

先ほどの泉です」


「間違いありませんって、そんなに自信があるのか?

泉の水の味なんて、どこもそう大差ないだろう」


「私、こう見えても味覚には自信があるんです!」


エレナに一喝されてしまった。


「だがなぁ……。

いくら霧が深いといっても、もとの場所に戻ってくるようなヘマをやるか?」


エレナは、うっ、というような表情をする。


「それはそうですが……」


しかし、この霧といい、何かおかしい気がする。

一つ確かめてみるか。



俺は背中の麻袋からパンを取り出した。


「食べるんですか?」


と、エレナが不思議そうに見つめてくる。


「違う、目印だ。

 俺たちが歩いた道を、確かめるためのな」




パンを撒きながら、霧の中をまさぐるように歩く。

きっとヘンゼルとグレーテルもこんな心境で森をさまよったのだろうと、想像を巡らせてみる。

20歩くらい歩いては、撒き、また20歩歩いては撒きを延々と繰り返すと――



「どうしてまた泉に着くんですかっ!」


エレナが地団駄を踏んだ。

俺は屈みこんでパンの欠片を探す。

そして、腐葉土と下生えの中から、湿気たパンのクズをつまみ上げた。



なぜだ?

どうして2度も同じ泉に戻ってきてしまうんだ?



ざわ、と不意に森がざわめいた。

周囲を見回す。

異質な何かが、この霧の中にいる。

間違いない。



「エレナ!

 こっちに来い!早く!」


咄嗟にエレナの名を呼び、タクアンを取り出そうと麻袋のリュックを下ろす。

リュックの中を乱雑にかき回すが


「――ない!?」


そんな筈はない。

宿を出るときにちゃんと確認したし、あんなものをスる物好きもいないだろう。



「どうしたんですか?」


エレナが傍に来る。

どうやらこの違和感に気付いていないらしい。



そうしている間にも、気配がだんだんと近づいてくるのが分かる。

俺は、焦りに焦ってリュックをまるごとひっくり返した。


「え?

 ツナグさん、何を――」


エレナは突然の俺の行動に驚いているようだが、今は構っている余裕はない。

タクアンがなければ、俺には何の防御手段もないのだ。

地面に落ちたリュックの中身を必死に漁るが、タクアンは一向に出てこない。



そのとき、気配が、確かなものに変わった。

木々の間を縫って、何かがこちらに凄い速さで向かってくる。

濡れた葉っぱの重たい摩擦音が、途切れることなく連なって、一瞬ごとに音量を増していく。


「えっ……?」


背後で、エレナが振り返るのが分かった。

なおも、タクアンは見つからない。



そして、ざわめきが一斉に収まった。


場の空気が、さらに変貌した。

骨の髄まで凍り付くような、静寂。

背後に何か、いる。


そして……


――あそぼ?


声が、霧の中に響いた。

刹那、光が満ちるように霧が晴れる。



――目の前に、俺の腰の高さほどの女の子が立っていた。

年は10歳くらいだろうか、緑がかった髪を眉までのおかっぱに整えている。



女の子は、子供らしい無邪気な瞳でもって、俺たちをまっすぐに見上げた。

まるで何かを隠すかのように、手を後ろ手に組んでいる。


「どうしてこんなところにいるんですか?

 お名前は?」

 

エレナが屈んで女の子と目線を合わせる。

怪しいとは思わないのか?


「フェイだよ」


「フェイちゃん、お父さんやお母さんが心配してますよ。

 おうちに帰ったほうが――」



ところが、エレナの言葉を最後まで聞くことなく、フェイ、と名乗った女の子はぷい、とそっぽを向いてしまった。

子供に露骨に無視されて驚いたのだろう、エレナはええっ?という顔をしてその動きを追う。



フェイは俺の方に一歩近づいてきて、何事もなかったかのように言った。


「さがし物、これでしょ?」


そう言って、背中に隠していたものを、おもむろに俺の前に差し出す。

その小さな手に握られていたのは……あれだけ探したタクアンだった。


「なぜそれを……!?」


俺は驚きつつもタクアンに手を伸ばすが、ひょい、と避けられてしまう。


「オニさんこちら、手のなるほうへ♪」


フェイは歌うようにそう言って、トタトタと駆け出した。


「おい、待て!返せ!」


荷物もそのままに慌てて追いかけるが、水分を含んだ土が絡んで、随分と走りづらい。

後からエレナが付いてくる。



体重の重い俺たちが足を取られて思うように動けない間に、フェイは森の奥深くへと入り込んでいく。


「あのフェイ、という子、何者なのでしょうか?

 ただの迷子というわけではないようですが……」


エレナは言いながら、少し息を切らした。


「さあな。

 気になることはゴマンとあるが、捕まえんことには始まらんだろう」


俺はそう言ってスピードを上げる。

不安定な足場にも、かなり慣れてきた。



エレナを置き去りにしてトップスピードで走り続け、ついに目標の背中を視界に捉える。


「待ちやがれえ!」


俺は小悪党張りの声をあげ、逃げ惑う幼女に背後からプレッシャーをかける。

小さな背中がびくっと震え、フェイは一瞬俺の方を振り返った。



その拍子に何かに躓いてバランスを崩したフェイは、キャア!と悲鳴を上げて盛大に転倒した。

はずみで、握りしめていたタクアンが俺の方へ転がる。



俺はすかさずタクアンに飛びつく。

今にも手が届く、というそのとき、フェイの弾むような声が聞こえてきた。


「ひっかかったね、おに〜ちゃん!」


タクアンを掴み、腐葉土の上で勢い余って腹すべりを始めた瞬間――地面が光を放ち、半径2メートルほどの魔法陣が出現した。



体を起こそうとしたとき、背後からエレナが駆け込んでくるのが見えた。


「来るな!」


咄嗟に叫ぶが、間に合わない。

エレナが足を踏み入れるとほぼ同時に、魔法陣が今までよりもさらに強い光を吐き出した。

光に飲み込まれ、風景が蒸発していく――。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



目を覚ますと、森の中に立っていた。

ここが一瞬前までいた森なのかも分からない。

まだ昼だったはずだが、木々の梢から不気味に暗い空がのぞいている。

雨雲の中で雷がゴロゴロと低く唸る。


「ここは……?」


エレナの声。

振り返ると、俺の後ろで体を起こそうとしていたので、手を貸して引き上げる。


「俺にも分からんが、それにしても随分と暗いな」


「なんだか不気味です」


俺が、そうだな、と言いかけたとき、頭上でガルウ、ともグオーともつかない音が響いた。

なんだかよくわからないが、明らかに雷鳴ではない。



確かめようと思って空を見上げて、絶句した。


「り、龍!?」


エレナと俺の驚きがシンクロした。

雲が少しだけ途切れたところから、巨大な蛇腹が見えている。

龍、と言っても先日丸焼きにしたような西洋風のではなく、もっとチャイニーズで、蛇風の龍だ。

一部分しか見えていないが、それがとてつもない大きさであることは容易に想像がつく。


「つ、ツナグさん……」


エレナが俺の袖にしがみついてくる。

確かに、アレはやばい。

どう考えても倒せる相手ではない。



「逃げるぞ」


エレナの手を引いて走り出す。


「逃げるって、どこにですか?」


「龍の進行方向と反対の、できるだけ遠いところ、だな」


つまり、特にあてはない。



それにしても、あの幼女、一体何者なんだ?

明らかに魔法らしきものを使っていたが……。



しかし、ふと気づいたのだが、この辺りはやけに走りやすい。

それに、俺たちが進んでいる直線上だけ木々の密集具合が低い。

これは、どこかに誘導されているのか……?



思考を巡らせながら走っていると、突然、目の前が開けた。

木がきれいに伐採された円状の空間に、古びた洋館が怪しげにそびえている。


「ここは……」


エレナは息をのんだ。

俺も思わず立ち止まる。

俺たちは、ここに誘導されていたのか。



石材の壁面にはツタが這い、玄関へと続く敷石には苔がむしていて、気を抜くと滑りそうだ。


「いくぞ」


エレナに声をかけ、洋館の入口へと歩を進める。

フェイの意図するところは分からんが、この館に何かヒントがあるかもしれない――

第8話、お読みいただきありがとうございました。


次回は探索回となります。

ツナグとエレナが館の中で目にするものとは?

そしてフェイの目的とは?


第9話もよろしくおねがいします!

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