第5話 ダブルヘッダーはご勘弁
「竜殺しの実力のほど、試させてもらう。
我が聖剣の閃きを、身をもって知るがよい」
騎士長が、腰の鞘から剣をスラリと抜き放つ。
現れたのは、柄や鍔に複雑な彫刻の入った長刀。
柄の中心には大きな青い宝石が埋め込まれている。
聖剣と言われれば、たしかにそんな雰囲気のある造りだ。
後ろに立っているはずのエレナたちを振り返ると、身の危険を察知したのか、いつの間にか遠く離れた場所に避難していた。
俺としても、そうしてもらえるとありがたい。
これで気兼ねなく巨大エネルギー弾をぶっ放せる。
視線を正面の敵に戻すと、ちょうど重心を落として動き出そうというところだった。
「いざ、参る!」
騎士長が地面を蹴る。
砂煙が巻き起こったかと思うと、重厚な鎧を纏っているとは信じられないほどの速度で、間合いまで踏み込んできた。
「おわっ!?」
一刀のもとに頸を刎ねんとする大振りのなぎを、俺は尻もちをつくようにして躱した。
「どうした、そんなものか!」
体勢を崩した俺に対して、騎士長は容赦のない追撃を加える。
「ちょっと待――どわぁ!?」
振り下ろされた剣を、今度は高速で寝返りをうって、どうにか避ける。
剣が、さっきまで自分が尻をつけていた地面に深々と突き刺さった。
我ながら、なんともみっともない避け方である。
「どうやら、体術は不得手のようだな」
騎士長が、地面に突き刺さった剣を引き抜きながら言った。
そんなこといっても、漬物屋が体術なんか使えるわけがないじゃないか。
それよりも、このチャンスを逃す手はない。
「――あいにくね」
俺は寝転がった姿勢のままで、竜の死骸を分解して作ったエネルギーを小出しにして放つ。
「なにっ!?」
騎士長は不意をつかれたようで、回避するにあたって、大きく体勢を崩した。
その隙に、俺は再び距離を取る。
「……魔力の単純放出か。
これまた、随分と非効率な術式であるな」
騎士長はゆったりと体勢を立て直す。
……このエネルギー弾は、やはり効率が悪いのか。
まあ、何の工夫もせず、ただ丸めて撃ち込んでいるだけだから、これで無駄がない方が不自然だ。
それよりも重要なのは、戦闘中に相手の弱点を指摘できるほどに、敵が戦闘慣れしているということだ。
経験値で上回る敵を倒すには、経験でカバーできないような、未体験の攻撃を仕掛ける必要がある。
俺に出来る「未体験の攻撃」といえば、間違いなく武器による分解だろう。
とりあえず、あの剣を分解できればこっちのものなのだが、糸を放ってから分解が終わるまでには、少し時間がかかる。
敵のスピードを鑑みるに、もっと大きな隙をつくらなくては、分解が終わるまでの間に致命傷を与えられかねない。
それならば、今撃てる最大の攻撃をぶつけるのが最善の策だろう。
常識的に考えて、剣というのは、俺の巨大エネルギー弾のような、規模の大きな攻撃を防ぐには適していない。
加えて、敵は盾らしき物も持っていない。
……うまくいけば、非効率なエネルギー弾だけで勝敗が決するやもしれん。
俺は、タクアンに蓄えられたありったけのエネルギーを捻り出して、成型する。
10メートルほど離れて立つ騎士長は、剣を構えたまま、じっと俺の方を見ている。
なぜこの絶好のチャンスに動かないのだろうか?
奴のスピードをもってすれば、無防備な俺を切り伏せることなど容易いだろうに。
「どうした?攻撃して来ないのか?」
「戯け!
全霊の攻撃に対しては、全霊の防御でもって応えてこそ騎士という者。
敵の隙に乗じて攻め入るなど、蛮族の手管であろう」
……中々にあっぱれな騎士道精神だ。
こちとら下衆でありますので、そうして頂けると非常に助かる。
――では、お構いなく。
俺は先刻の竜殺しの一撃と同規模の、あるいはそれ以上の巨大エネルギー弾を、遠慮なく放つ。
地面を抉り、熱と光を放出しながら、エネルギー弾は前方の騎士長へと接近していく。
しかし、そこは流石に騎士長。
依然として剣を構えた姿勢で、眉一つ動かさずに静止している。
そして、防御態勢を取るかわりに、落ち着いた口調でこう詠唱した。
――聖剣加護
顕現――
さらに、付け加えるように唱える。
――第1解放――
今にもその膨大なエネルギーが弾けようという瞬間、その詠唱に応じたのか、騎士長の聖剣の柄に埋め込まれた青い宝石から、刀身を包み込むようにして奇妙な記号が螺旋状に展開する。
それと同時に、いくつもの魔法陣が騎士長を護るように出現した。
刹那、凄まじい爆発が起こり、爆音と熱風と閃光が、俺の五感を瞬間的に麻痺させる。
砂ぼこりに目を細めながら、俺は騎士長の方を見る。
低い、威厳に満ちた声が、砂塵を吹き散らすように響いた。
「効かぬ」
魔法陣からエネルギーがバチバチと迸っているが、肝心の騎士長本人には砂粒一つとて付いていない。
俺は、思わず歯ぎしりをする。
その音を聞いたらしく、騎士長の口元が微妙に緩んだ。
「今のが渾身の一撃であったようだな。
さすれば、次なる我が一撃をもって決着、といったところか」
……化け物め。
竜すら撃ち沈める一撃を受けて、まったく隙を見せないとは。
「――とはいえ、先の一撃は中々に見事であった。
返礼として、我が聖剣の神髄を御覧に入れよう」
そう言って、騎士長は悠然と剣先を俺に向けた。
――聖剣加護
第2解放――
詠唱とともに、それまで防御壁として機能していた魔法陣がすべて消失し、入れ替わるように新たな青色の魔法陣が出現する。
いよいよ本気で攻撃してくるか。
まあ、どんな攻撃かは知らんが、間接的な攻撃ならば恐らく分解できる。
俺は、武器を構えて防御態勢をとる。
「覚悟を決めるがよい」
魔法陣が揺らめく。
その揺らぎの中から、何本もの剣が出現した。
無数の剣は、刃先を俺に向けて静止している。
よく見ると、どれも騎士長の手の中にある聖剣と同じもののようだ。
しかし、問題はその本数だ。
あの巨大エネルギー弾を防いだ聖剣が何本もあると思うと、さすがに身の危険を感じる。
「ーーゆくぞ」
再び、魔法陣に揺らめきが起こる。
そして、無数の聖剣が、堰を切ったように一斉に射出された。
怒涛のように飛来する剣の奔流を、瞬時に分解糸を編み上げて、投網の要領で一気に包み込む。
糸と剣が押しつ押されつ、一進一退のせめぎあいを始める。
聖剣が、一本、また一本と分解されていく。
「ほう、分解能力か」
騎士長は少しだけ予想外、という顔をした。
「ならば――受けてみよ、聖剣の本領を!!」
魔法陣がその数を増し、聖剣の柄にはめ込まれた宝石が光を放つ。
それと同時に、糸を伝ってエネルギーが、まるで電撃のように俺の体に流れこんできた。
全身を激痛が襲い、意識が消えかける。
気が付くと、俺は痛みのあまり絶叫していた。
――痛い 痛い 痛い 痛い!
息が詰まり、窒息しかける。
脳が焼き切れてしまいそうだ。
分解糸の合間を縫うようにして、ときおり聖剣が、失速しつつも俺の体をかすめていく。
剣先が通った部分が切れ、生暖かい血が、重力にしたがって伝っていく。
だが、そんなことはもはや気にならなかった。
なおも絶え間なく全身を襲う、骨と肉と皮がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような刺激が、俺の意識をえぐり取っていくのだ。
だが、ここで気を失えば、あの無数の聖剣に切り刻まれて、こま切れ肉にに変えられてしまうだろう。
俺は歯を食いしばってどうにか堪える。
しかし、我慢にもやはり限界があるようで、一秒ごとに、着々とそれがにじり寄ってくる。
――もうだめだ。
いよいよ気を失いかけたそのとき。
それまで一瞬の間隙もなく与えられていた激痛が、何事もなかったかのようにスッと消えていった。
糸が切れたように脱力した俺は、その場に崩れ落ちた。
地面にうつ伏せに倒れたまま、微かに顔を上げて前方を見る。
なんと。
あの無数の聖剣が、一本残らず消滅しているではないか。
だが、俺の感覚では、とてもあの聖剣すべてに匹敵するほどのエネルギーが得られたとは思えない。
俺は、本当にあれら全てを分解できたのだろうか?
その更に向こうで、魔法陣が一つずつ消えていくのが目に入った。
騎士長は、茫然と立ち尽くし、手元の聖剣を見つめている。
「……何が起こったのだ」
騎士長は呟きをこぼしてから、俺の方に向き直った。
「……まあよい。
決着がついたことには違いあるまい」
そう言って、剣を構えもせず、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
聖剣が、陽の光を浴びてギラリと輝く。
――逃げなければ、斬られる。
頭では分かっているが、体がついてこない。
起き上がろうとして腕に力を込めても、がくがくと震えて挫けてしまう。
騎士長は、一歩一歩、音を立てるでもなく近づいてくる。
ついに間合いに入ると、無言で剣を振り上げた。
その形相は、まさしく鬼気迫る、とでもいったところか。
その距離50センチほど。
振り下ろされれば、刀身の先端部分が俺の頭を切り落とすだろう。
騎士長の聖剣を握る手に力が入った瞬間、なにか柔らかいものが、俺の上体を包み込んだ。
――驚いて横を見ると、すぐそこにエレナの顔がある。
息遣いが聞こえるほどに、近い。
俺の体を抱き止める腕から、ぬくもりが伝わってくる。
エレナが、まるで恐怖を堪えるかのように、俺の体をさらに強く抱きしめる。
そして、決然として騎士長に振り向いた。
「……もう、やめてください!!!」
叫ぶような、それでいて揺るぎのない声。
「この人を――ツナグさんを殺さないで!」
騎士長が、振り下ろさんとする聖剣を止めた。
その、若いながらも威厳に満ちた目が、泳ぐ。
戦いの中であんなにも余裕を見せていた騎士長が、ここにきて明らかに動揺している。
表情も少しだけ和らいだようだ。
心なしか、頬にも血が通ったように見える。
騎士長はゆっくりと聖剣を下ろした。
そして、それを鞘に納める。
「……も、もうよい!」
騎士長は、やや上ずった声で言った。
それから、慌てたように回れ右をして、部下たちの元へ戻って行く。
エレナは、騎士長が去った後も、しばらくの間俺の体にしがみついていた。
やはり怖かったのだろう。
それにしても、あんまり強く締め付けるから、痛い。
これではもう、どっちが支えているのか分からない。
薄ぼけた、今にも消えてしまいそうな意識の中で、エレナの声が遠くから聞こえてきた。
「ツ、ツナグさん!しっかりしてください!!!」
エレナが俺の体を激しく揺さぶる。
揺れにしたがって、全身が鈍く痛む。
「エレナ……い、痛い……」
痛みと、エレナのぬくもりの中で、俺の意識は急速に収縮していった。
第5話、お読みいただきありがとうございました!
次話からは、異世界での漬物普及を目指し、いよいよツナグたちが動き始めます。
第6話も、是非よろしくお願いします!