第4話 竜とタクアン
「スマン、遅くなった」
俺はしゃべりながら、乱れた呼吸を整える。
なにせ、森からここまで全力疾走したのだ。
いくら漬物の配達で鍛えているとはいえ、あくまで自転車である。
ここまで全力を出したのは高校の体育祭以来だ。
本来ならば、村に被害が出ないように森の中で竜を仕留める算段だったのだが、肝心の竜が俺たちを素通りして村の方に行ってしまったので、こうして走ってきたのだ。
しかし、エレナとその強面親父がまだ避難していなかったとは。
俺が間に合わなければ、今頃は2人仲良く丸焼きになっていたことだろう。
さて。問題は目の前のこの巨大な怪物をどうするかだ。
後ろ足で立つその全長は、優に5メートルを超えており、羽を広げると、横方向には20メートルほどあるのではなかろうか。
短い前足には鋭いかぎづめ。
全身を覆う、見るからに堅そうな黒色のウロコ。
俺は、竜に向かってタクアンを構える。
そして、先ほど火炎放射を分解して作ったエネルギーを、球形に成型する。
竜は何をするでもなく、その爬虫類特有の目で俺を興味深そうに見つめている。
「下がってろ、エレナ(とその強面親父)!」
振り返ることなく指図すると同時に、創り出したエネルギー弾を竜の鼻先目がけて放つ。
竜は避けようともせず、エネルギー弾は狙い通りその鼻先に命中、炸裂した。
弾が当たったところからもうもうと煙が上がり、竜の顔全体を覆う。
俺は、煙が消えるのを固唾をのんで見守る。
そして、煙が晴れる。
俺は即座にダメージの具合を確認する。
手加減なし、全力の一撃だ。
竜と言えどもさすがに無傷ではすむまい――――!?
……驚いたことに、竜の顔には傷一つ付いていない。
さらに困ったことに、竜の目つきが先ほどまでとは比較にならないほどに物騒になっている。
どうやら、ただ竜を怒らせただけのようだ。
グウォアーッ!!と竜が雄たけびを上げる。
……まずい。
非常にまずい。
とにかく、エレナたちが巻き込まれることだけは避けなければ。
「俺が注意を引く。
二人とも、早く逃げろ!」
そう声をかけて、俺は竜の背後に回り込むように走る。
走りながら、わずかに残っていたエネルギーを弾にして撃ち込む。
別に威力は期待していない。
竜が俺を攻撃目標にしてくれれば、それでいい。
狙い通り、竜がこちらに首をひねる。
すかさずタクアンから糸状の光を伸ばし、竜の体を絡めとる。
糸を引き絞り、このまま分解!
と思ったが、糸は途中で切れてしまった。
やはり、そう簡単にはいかないようだ。
ちらりと後ろに目をやる。
エレナと強面親父は先ほどから20メートルほど離れた場所まで退避していた。
そこに、物陰からひとつの影が走り寄っていく。
なんということはない。
影の正体はリーシャなのだ。
エレナの家を(強面親父に)追い出された俺は、怒りに任せてがむしゃらに走り回っていたのだが、そのうちに頭が冷えてきた。
すると、何もせずにこの村を見捨てるのが、何だか忍びなく思えてきて、逡巡しているうちに、避難しようと出てきたリーシャに出くわした。
それで、村を巻き込まずに竜を倒せそうな場所を、彼女に案内してもらったのだ。
再び竜に視線を戻す。
この辺りはすでに滅茶苦茶にされているから、竜が暴れても問題なさそうだ。
問題は、あのガードをどうやって貫通するかだ。
相当な量のエネルギーを溜め撃ちしなければ、かすり傷一つ負わせられないだろう。
俺が考え始めたところに、竜が息を吸い込んで、今度は火炎放射ではなく、大きな火球を放ってきた。
直径1メートルほどの火球だが、俺はそれを難なく分解する。
こんなふうに、何発も火炎攻撃をさせて片っ端から分解してもいいが、いつまでも火炎攻撃とは限らない。
もし、体当たりといった直接攻撃を仕掛けられようものなら、俺に防ぐ術はないのだ。
したがって、できるだけ早く勝負を決める必要がある。
竜が続けざまに吐き出した3発の火球を分解しながら、周囲に視線を走らせる。
火球を分解するだけでは間に合わない。
十分なエネルギーが溜まる前に直接攻撃を喰らってしまう。
ならば……。
俺は竜に背を向けて走り出す。
目指すは向こうに見えるあの森だ。
竜が火球を吐く音が聞こえるたび、振り返ることなく分解糸を網状に伸ばして防ぐ。
竜はその場にとどまって攻撃していたが、森までもう少し、というところで再び咆哮を発した。
背後で羽ばたきが聞こえる。
走りながら振り向くと、砂ぼこりを波紋のように巻き起こしながら、竜がホバリングしていた。
そして、頭を低くしたかと思うと、その巨体からは想像もつかないような猛スピードで俺の元へ突っ込んできた。
100メートル近くあった距離が、グングン詰められていく。
一方の俺は、森まであと20メートル、というところまで来ていた。
やむを得ん。
作戦決行だ。
俺は、タクアンから分解糸を伸ばし、目につく限りの森の木々に絡ませる。
さらに、俺が今立っている場所以外の地面にも蜘蛛の巣状に糸を張り巡らせる。
そして、一息に分解する。
木々が、地面が、瞬時に消滅し、俺の周囲半径30メートルほどが、隕石でも落ちたかのように、深く抉られた荒野へと豹変する。
唯一、俺の立っている辺りだけが残っており、そのほかは1メートルほど深くなっている。
俺は高速で接近してくる竜に向き直って、分解で得たエネルギーのありったけをタクアンの先端に集める。
目まぐるしく光が集まり、俺一人を優に飲み込むほどの巨大なエネルギー弾が形作られていく。
――これでも喰らえ!!
気勢とともに、渾身の一撃を放つ。
俺は放出の反動で後方に吹き飛ばされた。
尻もちをつきながら、エネルギー弾の行方を見届ける。
弾が、こちらに突っ込んでくる竜の鼻先を捉える。
凄まじい爆発が起こり、爆風と熱が衰えることなく俺のところまで伝わってくる。
霞の中に、黒い影が浮かび上がる。
撃墜された竜が、地面にくずおれていた。
不完全燃焼の煤けた煙が、全身から立ち昇っている。
さしもの竜も、これなら立ち上がるまい。
足元から飛び降りて、竜のところへ歩いていく。
近づいてみると、予想以上に焦げ臭かった。
きっとワニを丸焼きにしても、こんな匂いがするに違いない。
間近で観察しても、動いている様子はない。
ためしに分解を試みる。
糸を伸ばし、竜の全身を包み込む。
そして、糸を引き絞ると、その巨体が無数の光の粒になって消滅していった。
うーむ。
よくわからないが、生きているものは分解できなくて、死んでいるものなら分解できるのだろうか?
「ツナグさーん!ご無事ですかー!?」
向こうの方からエレナの声が聞こえてきた。
手を振りながら近づいてくる。
「ああ。終わったぞ」
突っ立って待っているのもまどろっこしかったので、俺もエレナの方へ歩くことにした。
「なんだか、すごいことになっていますね……」
エレナは、クレーターと化した大地を見渡して、そんな感想を漏らした。
「……すまんな。こうするしかなかったんだ」
「あ、すみません!別にツナグさんのことを責めているわけでは――」
「なによ、コレ!!こんなに滅茶苦茶にして、馬鹿じゃないの!?」
割って入ったのはリーシャだ。
「やめてください、リーシャ!ツナグさんは村を救ってくださったのですよ!」
「だからって、こんなにしなくたっていいじゃない?
『あんなこと』言って、アタシを巻き込んでおいて……」
……やめろ、それは言わない約束だろう。
「『あんなこと』とは、何のことでしょう?」
エレナは興味津々、といった感じだ。
それを見て、リーシャがにやりと笑みを浮かべる。
俺は、もうだめだと思い、顔を覆った。
「コイツ、アタシに言ったの。
『俺にまかせろ。村も、人も、みんな守ってやる』、って」
くぅう、恥ずかしい!
このセリフは、あの緊迫した場面であったからこそ言えたわけであって。
「大口叩いたわりには、アタシの家やら何やら壊されちゃったんだけど。
ここだって、一応村のはずれだし」
……返す言葉もございません。
リーシャの家が壊されたのは事実だし、やりようによっては、それは防げたことかもしれない。
「でも、まあ、エレナの言う通りね。
アンタがいなかったら今頃村は全壊してた。
……ありがと」
……!?
突然素直な言葉を投げかけられると、うまく対応できない。
「私からも、本当にありがとうございました!」
エレナが深々と頭を下げる。
「ワシにも礼を言わせてほしい。
村長として、恩に着る」
いつからそこにいたのか、気付くと強面親父も頭を下げていた。
「そ、そこまでしなくても……」
持ち上げられることに慣れていない俺がたじろいでいると、パカラパカラと、馬のひづめのような音が聞こえてきた。
それも一つや二つではない。
明らかに何頭もの足音だ。
「何の音でしょうか?」
エレナが頭を上げる。
「馬の足音みたいね」
「馬……む!
騎士団が来るのを忘れとった!」
村長の表情に焦りが浮かぶ。
「騎士団が来ると、なにか問題でもあるのか?」
「あほう!
遠方からわざわざ出向いていただいて、『もう倒しました』とは言えんじゃろうが」
……なるほど。
「あ、もう着いたようです!」
エレナが指し示す先に、鎧に身を包み、馬にまたがった30人ほどの騎馬隊がいた。
先頭の男は青い鎧を着ており、その他はみな銀の鎧である。
青い鎧の男がなにやら手で合図をすると、それまで一糸乱れず後についていた隊列が一斉に停止した。
男は単身、俺たちの元へ馬を歩ませる。
「主らに尋ねる。
これは如何なる状況であるか」
よく通る、威厳のある声。
男はまだ若いようで、凛々しく整った顔立ちだ。
強面親父が平身低頭しながら前に出る。
「これはこれは、騎士長殿に直々においでいただけるとは……」
騎士長?
この若者は、ひょっとすると偉い人なのだろうか。
「よい。
それより、竜はどうした。
この村に現れる、と聞いて来たのだが」
「それが……実は――」
「竜なら倒しましたが、なにか?」
このまま強面親父に任せると間延びしそうだったので、言ってやった。
騎士長、と呼ばれた男の眉が、ピクリと動く。
「……倒した、だと?
ところで、貴様。
我が国では見かけぬ目鼻立ちだが、何処の国の者であるか?」
『何処の国』と聞かれても、「日本です」、とは言えないし、どうしたものか。
俺が答えられずに黙っていると
「答えられぬ、というか」
騎士長はそう言いつつ、腰の鞘に手を伸ばす。
それを見た村長が、慌てて止めに入る。
「お待ちくだされ、騎士長殿!この人は――」
「お主は下がっておれ!」
すがりつこうとする村長を、騎士長は一喝した。
その若さに不釣り合いな威厳を前に、あの強面の村長が一瞬で縮み上がってしまった。
「……どうせ、この有様も貴様の仕業であろう。
王国の盾たる騎士の、その頂点に立つ者として、貴様のような得体の知れぬ者を放っておくわけには いかん。
ここで切り捨てるが、異論はないな」
……異論がないわけないでしょうが。
やっとの思いで竜を倒したのに、今度は騎士長殿と一騎打ちだと?
この世界は哀れな転移者に随分と手厳しいようだ。
まあ、武器が剣なら分解すれば済む話だが。
「異議あり、って言っても、下がってくれないんだろ?
なら、やるよ」
俺は一歩前に踏み出す。
それに応じるように、騎士長も馬から降りた。
「ふん、心がけは良いようだな、余所者」
騎士長が、じりとにじり寄ってくる。
その足元から砂ぼこりが立つ。
俺はタクアンを剣道の要領で構えて攻撃に備える。
空気に沈黙が流れ、同時に緊張が満ちていく。
――ああ、もう!
いい加減に休ませてくれよ!
そんな俺の心の叫びは、されど騎士長の元には届かないのであった。
第4話、お読みいただきありがとうございました!
次回はツナグvs騎士長となります。
ぜひ第5話もよろしくお願いします!