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第1話 武器がタクアンって虐待かよ……と思ったらチート装備だった。

一面の闇。


今の自分に実体がないことはなんとなくわかる。

意識だけでふわふわ漂っているような、そんな感じ。



それなのに、頭の中にかすかな声が響いてくる。

「頭」などないはずなのに。




声は何度もこだまし、そのたびに音量を増していく。

やがて聞き取れるほどの大きさになった。



「……聞こえますか、旅人よ」



女の声。落ち着いた、どこか神秘的な声だ。



「ええ。聞こえてますよ」



肉体がないので声は出ないだろうと思っていたが、ためしてみると強いエコーのかかった声が、まるで音源などないように暗闇にムラなく響き渡った。



俺の返答を聞いて、再び女が声を発する。



「あまり時間がないので手短に説明します。

 わたくしは貴方がこれまで≪現実≫と呼んでいた世界と≪もう一つの世界≫の二つの世界を管理する者です。

 ふたつの世界の神、と言った方が分かりやすいでしょうか。


 故あって、貴方は≪現実≫の世界とは異なる世界――すなわち≪もう一つの世界≫に転移するはこびとなりました。


 これから転移する先の世界と≪現実≫の世界とでは色々と法則に違いがあり、貴方をそのまま転移させてしまうと転移先の世界の法則が崩壊してしまうため、貴方のもつエネルギーを転移先の法則に適合するよう変換する必要があります」



……?

いきなり≪もう一つの世界≫だの≪世界の法則≫だのと言われても、何のことやらさっぱりだ。



「お分かりにならないようですね。

 かいつまんで言いますと、

≪貴方はこれから異世界に転移するので、向こうの世界のルールに合うように貴方のもつ力を武器に変換する必要がある≫

ということです」




うーむ。

やっぱりよく分からないが、

要するに

「俺は武器とともに異世界に転移する」

ということか?




「……まあ、その程度理解して戴けばどうにかなるでしょ――いけません、時間が来たようです」



「ちょっと待ってくれ!

俺はどうして異世界なんかにーー」



俺が女神に尋ねようとしたその時、のっぺりした闇のなかに一点の光が生じた。



「時間切れです。

さあ、お行きなさい、旅人よ。

あるいは巻き込まれし者よ!」


女神が言い終わると同時に暗闇が一転、周囲がまばゆい光に満たされた。


視界だけでなく意識までもが光に呑み込まれていくなか、女神のこんなつぶやきをかろうじて聞き取ることができた。



「まったく、≪結女(むすびめ)≫が来てからというもの、厄介事ばかり起こりますね……」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



……目を覚ます。

サワサワと心地よい音が聞こえる。

渡っていく風が木々の葉を揺らす音だ。


鼻腔をくすぐるのはむせかえるような緑の芳香。


初めはぼんやりと霞んでいた視界も、次第に明瞭になっていく。

俺は森林とおぼしき場所に仰向けに横たわっているようだ。


視線の先では、青々と葉の繁った木々の隙間から木漏れ日が射していた。

密集した葉の間から覗く青空を、見たこともない巨大な鳥が颯爽と飛んでいく。


どうやら、俺は本当に異世界に転移したらしい。



それにしても世の中には不思議なことがあるものだ。

ついさっきまで、自分が異世界に転移するなどとは夢にも思っていなかった。

まあ、梅干しの漬け汁まみれで死ぬのに比べれば異世界転移の方がいくらも有難い。



とりあえず身体が動くかどうか確かめてみる。

まず手を握ったり開いたりしてみる。

特に異状はない。

寝返りをうって身体を起こす。

少しフラつくがやはり問題ないようだ。



さて。いつまでもここにいても埒が明かない。

次の行動を考えたいが、何をすればいいのだろうか。


そもそもこの世界に俺以外の人間は存在しているのか?

人間がいるとすれば集落か町を探すべきだ。

仮に人間がいないとしても、何か食料を手に入れなければ飢え死だ。



エプロンのポケットをまさぐると、指先に薄いプラスチックが触れた。

蔵でタクアンを詰めたタッパーだ。


見ると3切れのタクアンが広々と陣取っている。

……これでは1日もつかどうかも怪しい。

まあ、何もないよりはましだが。



とはいえ、四方八方草木ばかりで、どちらに進んでよいやら見当がつかない。


とりあえず直進しようと足を踏み出したとき、なにか軟らかいような、それでいてどこか固さのある物を踏んづけた。



蛇でも踏んだかと思って見下ろすが、どうも蛇ではないようだ。

それは20センチほどの円筒形で、土でどろどろになっているが、どこかクッタリした印象を受ける。



足をどけ、拾い上げる。

その謎の物体に触れた瞬間、俺の脳裏に聞き覚えのある声が響いた。



――それが貴方の武器です。きっと貴方の助けとなるでしょうから、大切にするのですよ――



女神が告げたのは、たったそれだけだった。



手にした謎の物体に注意を戻す。

これが俺の武器だというのか?



触れている手にひんやりと湿った感触が伝わる。

俺はこの感触を知っている。



エプロンに叩きつけて土を払い、もう一度観察する。

纏わりついていた土が落ちて、その物体が全体に黄色一色であることが明らかになる。



その瞬間、俺は確信した。


……間違いない。この物体は、切り分ける前のタクアンだ……。



……ちょっと待ってくれ、女神よ。

これはタクアンだ。

タクアンは漬け物であって、武器ではない。

武器というのは、こう、斬ったり、殴ったり、撃ったりして攻撃するものと相場が決まっている。

一体全体、このタクアンのどこにそんな攻撃性が眠っているというのだ。

仮に喉に詰まらせても死なないだろうに。



俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。


無理だ。

右も左も分からない異世界を、タクアン一本でどうやって生き延びろというのか。



異世界で生き抜く助けとなる武器と言われれば、普通は伝説の聖剣とかそういう類の物を想像するだろう。



ところが、タクアンだ。

くったくたで、まあるくて、湿り気のある、タクアンだ。



別に伝説の聖剣とかそんな大仰な物でなくても構わない。

仮に図画工作用カッターナイフでも文句は言わない。

要するに、鋭利な物であればもうなんでもいい。



だから、後生ですからタクアンは、せめてタクアンだけはやめていただけないでしょうか、女神様!!



……まあ、そうだよな。

当然といえば当然だが、女神からの返事はない。


はあ、と奈落の底に吸われるような深い深いため息をついてから、俺は地面に寝そべった。



手にした武器(タクアン)を空にかざして、このままずっと動かないで土に還ってしまおうかしら、などと考えていると


「キャーっ!!」


という甲高い女性の悲鳴が、わりと近くから聞こえてきた。

この世界にも人間がいると分かり、スネていた気持ちが少しだけ落ち着く――いかんいかん。悠長に構えている場合ではない。



しかし、俺はどうするべきなのだろうか。

悲鳴の主が現在どういう状況にあるのかは分からないが、荒事に巻き込まれているのであれば、丸腰同然の俺に彼女を助け出す術はない。


とはいえ、見て見ぬふりをするのも良心が痛む。



困っている人を見たら助ける、というのが我が松野家の家訓である。

とりあえず様子だけでも伺ってみようと、悲鳴の聞こえた方向へ向かう。



進むにつれて、男女が言い争うような声が聞こえ始める。

男は複数人いるらしく、大勢で怒声をあげて女を脅しているようだ。



俺は木の陰に身を隠す。

その現場が視界に入ったのだ。

少しだけ開けた場所で、男たちが一人の若い女性を取り囲んでいる。



男は全部で4人。どいつもこいつもがっしりしていて、獰猛な熊を思わせる風貌だ。

全員が刀剣を手にしており、そのうちの一人が女性に刃先を突き付けている。


女性は俺と同い年か、少し年下だろうか。

黒髪だが、瞳には薄く青みがかかっている。顔立ちは西洋的だが、なかなかに可愛らしい……

と、そんなことを言っている場合ではない。


「おとなしくしろってんだよ!!騒いだらぶっ殺すぞ!!!」


「とっと縛り上げろ!中々の上玉だ。高値で売れるぞ」


どうやらあの男がリーダー格らしい。

連中はあの女性をどこかに売り飛ばすつもりなのか?


だとすると、これは人身売買というやつか。

どうにかして助けてあげたいが、あんな屈強な男たちをタクアン一本でどうしろというのか。



そのとき、男の1人がこちらを向いた。


「おい、あそこ、誰かいるぞ!」


……しまった。思わず身を乗り出しすぎた。


「アイツ、見てやがったな!生きて帰すな!!」


どうする?

逃げるべきか?

しかし、俺が逃げ出せばあの女性はどこかに売られてしまう。


「くそっ」


と短くつぶやいて、俺は男たちの前に躍り出た。

女性を庇うように立って、男たちにタクアンの先を向ける。



俺だって死にたい訳じゃない。

だったら逃げればよかったのだが、ここで彼女を見捨て生き延びても、それはつまり死ぬのと同じことだ。

彼女を見殺しにしたという事実が、俺の心を殺すのだ。



だからこうして飛び出した。

そんな負い目を抱えて生きていけるほど、俺は強くない。

後ろめたさと生きていくぐらいなら、やっぱり死んだほうがましだ。



男たちが剣を構える。

女性が俺にすがるように身を隠す。

ごめんな、助けてあげられなくて、と心の中で謝ってから男たちに視線を戻す。


「やっちまえ!!!」


男が3人、こちらに飛びかかってくる。

刀身に光が反射してギラリと輝く。


ああ、この短時間で2度も死ぬことになるとは。



男の一人が剣を腰に構え、俺の胴体を真っ二つにせんとばかりに斬りかかった。

タクアンの先端を向けたまま、俺は思わず目をつぶる。

恐怖のあまり、構えたタクアンを固く握りしめる。


激痛が今にもやってくるだろう。

…今にもやってくるだろう…

……今にも……

………今…………

…………あれ?


目を開ける。

胴体はつながっている。

ケガもないようだ。



目の前で先ほど斬りかかってきた男が、目を丸くして仲間の顔と自分の剣とを交互に見比べている。



見ると、男の剣は刀身の部分だけがきれいさっぱり消失している……!?

一体何が起こったというのか?


「てめえ、何しやがった!!」


それを考える間もなく、二人同時に襲い掛かってくる。

剣が振り上げられた刹那、握りしめたタクアンが、俺の手の中で発光し始めた。



白い糸状の光がタクアンから伸びて、男たちの剣に絡みつく。

そして、光が刀身に食い込んだかと思うと、糸が食い込んだ部分からひびが入って砕け散った。



飛散した破片は砂粒のように細かくなって、やがて空気に溶けるように消えていった。



それを見た男2人は、怖気づいたのか互いに顔を合わせて後ずさりする。



正直言って、俺も怖い。

だって今の、タクアンの仕業だよな!?



俺も『松屋』で働き始めてもう2年になるが、タクアンにこんな力があるとは知らなかった。

というか、漬物一筋40年の親父ですら知らないはずだ。



俺は恐る恐る手にしたタクアンに目をやる。

もう光は放っていないが、その代わりに円形の切り口のちょっと先に、こぶし大の光のたまが形成されている。



「アアアアア!!!」


わけのわからない狂乱的な叫び声とともに、先ほどの男3人が殴りかかってくる。



俺はその光の弾を男たちに向け、タクアンを握りしめる。

それが合図なのか、弾が続けざまに3発放たれた。



対象にヒットした弾が炸裂し、屈強な男3人は軽々と10メートルほど吹き飛ばされ、それぞれ別々の木に激突して止まった。



一人残らず白目を剥いて気絶しているが、とりあえず死んではいないようだ。


「なんだテメエ、何者だ!?」


唯一俺に攻撃してこなかったリーダー格の男が驚きの声を上げた。

男は何やらがさごそと腰のポーチをまさぐっている。


「……あったぜ。こいつァ、1000年モノの≪魔水晶≫の宝玉だ。

 テメエがどこぞのバケモンだろうが、この魔力は防げねぇ。

 なにせ500万ベルもしたんだからよォ。

 とっとと女もろとも消し飛んじまえ!

フハハハハハハ!!!」


男はいかにも悪役らしい高笑いとともに、キラキラ光る青いきれいな宝玉を放り投げた。



男が≪魔水晶≫と呼んだそれは、紫色のまばゆい光を放ちながらこちらに飛んでくる。



そして、膨大なエネルギーが解き放たれる。

それに呼応するかのようにタクアンが再度発光した。



絶望的な魔力の波が俺たちを飲み込む寸前、先刻の糸のような光が瞬時に網状に編み上げられ、その魔力を包み込む。



網は徐々に収縮し、やがて包み込んだ魔力を道連れに消滅した。



しばしの静寂の後、茫然自失の体であった男はふと我に返ったようにわなわなと震えだし、「バケモンだ!!」と一声叫んで一目散に逃走した。



その声で俺も我に返った。

現在の状況を頭の中で整理する。



屈強な男4人の前に飛び出して、武器タクアンの力で3人を倒し、さらに≪1000年モノの魔水晶≫とやらまで防ぎ切り、恐怖に震えるか弱い女性の命を見事に救った……ってこれ、滅茶苦茶おいしい展開じゃないか!?



俺は振り返って、しゃがみ込んでいる女性に手を差し伸べる。


「……ケガはないか?」


俺はさりげなく、それでいて大胆に笑みを浮かべる。

内心、ニヤニヤが止まらない。



――女神様、前言は謹んで撤回させていただきます。

タクアンをお授けくださり、本当に……ありがとうございました!!!








さて、どうにか女性の救出に成功した主人公ですが、彼にはこの後どんなオイシイ展開が待っているのでしょうか。

武器タクアンの能力が明かされる第2話も、よろしくお願いします!!

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