9 君塚理恵
『フルートの流れる日常』綾野祐介
9 君塚理恵
翌日、君塚理恵に呼び出された向坂健太は
体育館の裏手に呼び出された理由も判らず、
ちょっと期待しながらやって来た。
「こんなところに急に呼び出してなんだよ。」
そこに斎藤加奈子が居たのは意外だったが
友達についてきてもらう、というのは有りが
ちなのでまだ期待は残っている。
「修太郎君のことよ。」
「なっ、なんだ修太郎のことか、まあそんな
ことだとは思っていたけどね。」
向坂健太は背中に流れる変な汗を感じなが
ら平静を装ったが、多分無駄のようだ。
「なんか勘違いしてない?私がアンタなんか
呼び出して告るわけないじゃん。」
「あっ、当たり前だろ、誰もそんなこと思っ
て来てないよ。」
「どうだかねぇ、まあいいわ、それより修太
郎君のことよ、アンタなんか聞いてない?」
動揺が隠せなかったことは、もう仕方ない
と諦めた。
「なんか、って言われてもなぁ。確かに最近
の修太郎はちょっと変だよね。僕の顔を忘れ
てた感じの朝があったし。」
「何よ、それ。」
「朝、おはよー、って声を掛けたら、ちょっ
と思い出そうとしているタイムラグがあって、
向坂健太、ってフルネームで挨拶を返したん
だぜ。」
「それはおかしいわね。」
「それと昨日は加奈子に、加奈子さん、とか
言ってたし。」
「それよ、それ。さん付けとか絶対に変だよ
ね。加奈子、あなたも何かいいなさいよ。」
「わたしは、確かに昨日も変だったし、電話
にも出ないし、一昨日は無視されたし、修太
郎を怒らせるようなことした心当たりもない
し、よく判らないんだ。」
「なんか、確かに別人としやべってるみたい
に感じる事が多いんだよなぁ。外見は全く修
太郎のままなんだけどね。」
「中身が別人と入れ替わってるって言うの?」
「いや、そんなことあり得ないとは思うけど
感じとしては、それしかないんだよな。若し
くは多重人格とか。」
「何馬鹿な事言ってるのよ。加奈子が怖がる
じゃないの。」
「理恵、でも私もそんな感じがしているんだ。
修太郎の顔をしているけど、あれは多分修太
郎じゃない。」
三人はお互いの顔を見回すだけで結論が出
なかった。
「こうなったら本人に直接聞いてみるしか無
いね。今日でも修太郎の家に行ってみる?」
いつの間にか三人のリーダーになってしま
っている君塚理恵が決断した。今日の放課後
だ。