2 もう一つの目覚め
『フルートの流れる日常』綾野祐介
2 もう一つの目覚め
目覚めると見知らぬ場所だった。いつもの
所在ではない。
フルートの音がしない。
そして、我は七野修太郎になっていた。
なぜ七野修太郎になっていたのか?そんな
ことはこっちが聞きたい。
どうして七野修太郎になっていると判った
のか?それは、生徒手帳なるものを見つけた
からだ。どうも高校生という種類の人間らし
い。
鏡をみるとさえないニキビ顔の少年が映っ
ていた。意味が判らない。
「ナイアルラトホテップはいずこに?」
我は唯一の下僕の名を呼んだがまともに発
音できなかった。これでは呼べないかもしれ
ない。しかし、この者以外との接触はいまい
ましい奴らの所為で絶たれている。我は万物
の王だぞ。
いつまで経ってもナイアルラトホテップは
来ない。今までこんなことは一度もなかった。
全宇宙の全次元のどこに居ても我の呼びかけ
に応じないことなど初めてのことだ。やはり
真面に発音できない所為か。
「早く起きて朝ご飯食べないと遅れますよ。」
ここは2階らしく、階下から声が聞こえた。
思うに、この七野修太郎という少年の母親の
ようだ。
「あ、おはよう、修ちゃん。早く支度しない
と、また遅刻するわよ。」
1階に降りると母親らしき女性が話しかけ
てきた。相手から見て外見上の違和感はない
ようだ。
「あら、どうしたの、そんな不思議そうな顔
して。」
我は無言で体が覚えている気がする椅子に
座った。そこにはトーストとスクランブルエ
ッグと珈琲が用意されている。これが朝ご飯
というやつらしい。
「変な子ね、具合でも悪い?」
そういうと我のおでこに手を当ててきた。
「熱は無いようね。本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ、かあさん。少し寝ぼけている
だけさ。」
自分で意識していなかった言葉が口という
器官を通して発せられた。我の意志ではなか
ったが、この場をやりすごすにはちょうと良
かった。
「早く着替えて出ないと電車に乗り遅れるわ
よ。」
「わかったよ、すぐに用意するから。」
出されたものを一通り平らげて我は2階に
上がった。高校に行く準備をしなければ間に
合わない。
違う。我は高校生などではない。万物の王
アザトースな筈だ。
もしかして、違うのか?