チョコレート
『Alice』
風の音がしたの
《ここで兎を見なかった?》
目をあけた途端にそんな風に言われて
《見てないわ》
《あら残念》
水色のエプロンドレス
よく似合う女の子
《兎をどうするの?》
《お鍋で煮ちゃって食べちゃうの》
《美味しい?》
《別に。美味しくもないし楽しくもない。でも、》
風が吹く。名前も知らない花を揺らすの。あたし、それにちょっとよそ見をした
《この大きな世界で、狂った世界で、何もしてないよりはマシだもの》
花は綺麗だし、兎は可愛いのに
だから踏みにじられてゆく
だから痛めつけられてゆく
《あたし、あなたによく似た人を知ってるわ》
《だれ?》
そっとあたしは彼女を抱きしめた
《あたしよ、アリス。もう終わりにしましょう》
兎だっていなくなれば、あなたはひとりぼっちなのよ
『たまご』
ガラスとかシャボン玉とか風船とか
とにかく割れるものをたくさん集めてみたけれど
その中でも自分の力で割れるものは、
この真っ白なたまごだけでした
だから私はたまごだけを、
割ってパンケーキに使ってしまって
あとのたくさんの割れるものは、
割れないように大切にしまいこんだのでした
『何も起こらない』
足を踏み出す瞬間
足の裏からじんじん
熱にかたちを変えた痛みが
頭にまで回ってくる
風が吹くのが証拠でしょ
きっとあなたが待っているの
走るだけ 走るだけ
次の曲がり角をこえたら
あなたが待っているんですもの
走っても 走っても
本当は知っているのに
誰もいない曲がり角
強い日差しが目を刺して
ちょっと片目をつむりながら
なんて、
なんで何も起こらない
息を切らしながら
わたしは両手で顔をおおった
『僕だから』
林檎を食べてはいけないよ
僕がそう言ったのに
林檎を食べてはいけないよ
僕がそう言ったから
僕だから、君は
笑いながら林檎を食べて瞳を閉じた
あいつの言葉なら信じたかもしれないのに
僕だったから、だめだった
『プライド』
安いプライドね、って
売れないよりはマシだろう
『チョコレート』
昔の男が好きだったのよ、と
言ってみるの
あなたしかいないわけじゃないわ、と
若いころに無理して覚えた煙草は
大きな手の、細い指に盗られる
「俺はこれが好き」
なんて、煙草の代わりに口に押し込められた
苦くて甘い、チョコレート
『7月の終わり』
カランコロン
役に立たない風鈴が
それでも誰かの癒しになるのかしら
飲み終わったラムネの
ビー玉の取り方を知っている人
だけど私は、その人のことを知らない
ノースリーブのワンピース
汗を吸ってじっとりと湿った
自転車を押して歩けば
きっとあなたが後ろから来る
遠い町の夏祭りの話を、楽しそうにする人だわ
大きな花火、
数え切れない夜店、
手を握っていてもはぐれてしまう、人ごみ
そんなことを楽しそうに、悲しそうに、話す人だわ
はぐれてしまったのね、きっと
夏の温度にあてられて、わたしがしているこの恋も
きっとあなたの町じゃ
簡単に人ごみに
はぐれてしまうんでしょうね
夏祭りに行ってチョコバナナが食べたい!!!!!!