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馬と結婚はできません

馬はケンタウロスを知らない

作者: 田中週伍

前作、「飼われるのも楽じゃない」の続編。

しかし、前作は読んでいなくても多分大丈夫。

 少し前の話だ。

 私の飼い主は、血迷って名言を残した。

「お前(※私の事)とじゃなきゃ、結婚しない!」

 間違えた。これは名言でなく、迷言であった。そして、そんな迷言を明言したのだ。そこかしこで。

 そうすると、どうなるか。まあ、落ち着けよと肩をたたく人。笑う人。相談に乗るぞと心配する人、目をそらし徐々に後ろに下がる人。病院へ行くよう諭す人。なぜか私を睨む人。最後の人が非常に理不尽で最も不快であった。あれだあれ。あの、御主人の頭からしたにおいのもとの人間の雌だ。その不快さに、歯をむき出して右前脚で地面を抉っていると、そそくさと逃げて行ったが、全く不愉快である。

 そして最後に「お前のその恋、応援するぜ!」とかほざいた奴もいた。さすが飼い主の友人だ、馬に蹴られたくてしょうがないんだな。よかろう、ちょうどくさい人間の雌のせいで、いやそれ以上に飼い主に連れまわされて血迷った変態発言を聞かされて、気が立っているんだ。私の背後に立ってさえくれたら、すぐさま蹴り上げて二度と朝日が見えぬ状態にしてやると意気込んだものの、ふざけた野郎は遠慮してか背後に立ってくれなかった。

 だから、ご希望の蹴り上げを披露することが出来なかったのだが、その代わりに腹下から抉るように頭突いてやったら面白いくらい吹っ飛んでいった。これはこれでとても気分がよかったのでまあよしとしよう。きっとあいつも、喜んだに違いない。

 

 

 飼い主への忠義心が足りないと、以前馬の友にとがめられたことがある。その馬はどうやら、飼い主への忠義心で心が満ち溢れていたようだ。そのような馬から見れば、私の飼い主への感情は不忠義とみなされるものらしい。確かに、忠義心など一つもない欠片もないゼロしかない。けれども、認めていないわけではないのだと私は主張したいのだ。認めていないなら、背になど乗せやしない。意外に重いし、窮屈だし、好き勝手に走れないし、本当は好き勝手したい。我慢しているのだ、実は犬の時よりも。

 私としてはかなりの好意的感情を有している。ご飯と寝床と毛繕いのお返しくらいはするのである。忠義心はないけども、恩義は感じているのである。

 まあ、飼い主が変態発言をぶちかましたおかげで、恩義も底をつく勢いであるが。



 あまり睡眠を必要としない馬も昼寝をする麗らかな午後、柵に凭れてうとうとしていた私を起こす飼い主のばたついた足音が響いた。

「ベス、起きろベス。とうとう完成したんだ、俺たちの願いを叶えたもう秘薬が!」

 耳元で叫ぶ飼い主にフンッと鼻息で返事をしてやると、立ち上がり柵から、正確には柵の外にいる飼い主から離れた。そして、睡眠を邪魔されない場所まで遠のくとしゃがみこみ目を閉じる。草原に吹く風に、飼い主の私を呼ぶ声が混じっているが無視である。すると、

「ベスー!どうしてそんなところに行くんだ!!俺はここだぞ!ベスー……エリザベース!こっちに来い、いや来てくれお願いだから。ベス、ベスが大好きなリンゴも持って来たから、だから来てくれ頼むエリザベース!」

と半泣きで、私をモノで釣る作戦を仕掛けてきた。どんだけ必死なんだよ、と可哀想になってきたので相手をしてあげることにした。

「ベス!そうだ、こっちだ!さすが俺のベス!そのゆったり歩く様も優雅で美しいぞ!」

 飼い主の欲目が、嫌々近寄る私の鈍足を良いように変換させている。都合のいい目ん玉と脳みそだ。

 胸元まである柵の上から顔を寄せ、リンゴを強請る。同情で戻って来てやったが、リンゴも大事な要因だ。リンゴが無ければ同情しても、戻らなかったかもしれない。強請り取ったリンゴをむしゃむしゃと食べていると、飼い主が鼻筋を撫でながら起き抜けに聞いた意味不明な言葉をまた口にして

「この秘薬さえあれば、種族の垣根なぞポーン!で、すぐさま結婚だ!」

と更に付け加えた。

 そしてさっきはリンゴを持っていた手に、リンゴよりうんと小さい紙の包みを乗せて

「俺は今からこの秘薬でベスに似合いの馬になる!」

と宣言するなり、包みを開き中の小さな粒を口に入れ飲み込んだ。

 人間って馬になれんの?と首をかしげる私を見て、飼い主はにっと笑ったのもつかの間、急激に苦しみ始めた。顔色が悪いどころではない程にもがき苦しみのた打ち回り、これもう駄目な奴だ、死ぬやつだ、私も犬の時こんな感じで死んだわと馬に生まれて初めて狼狽えた。

 誰か、誰か!と「ヒヒンッヒヒーン!」と喚きつつ、足踏みしつつ、ウロウロする。こんな時に限って誰もいない。柵はちょっと越えられる自信がない……柵、ぶち壊すか。よし行け私。出来るさ多分、やってやれ!自分の気持ちを奮い立たせ、柵を押し壊すのに助走をつけようと後ろに下がって、地面を抉るように掻く。

 近来まれに見る本気走りで突進し、柵の目前まで来たところで気づいた。

 あ、このままだとぶち壊した柵が、ご主人に当たるかも、と。

 しかし、もう止まれない。

 なるようになれ、と目をつぶって柵にあたる衝撃に耐えた。

 が、衝撃はあったものの、柵にあたるような衝撃はなかった。あれ、なんでと目を開けると、あれほどのた打ち回っていた飼い主が私の首をひしと抱き止めていたのだ。

 人間が勢いよく突進してきた馬を抱きとめる、だと……!しかも、死にかけていたのに?

 え、なんでなんで。飼い主ってそんな超人的力持っていたっけ?

「ベス、柵をぶち破るとかやめろ。いくら俺のためだからってお前の体に傷が付いたらショックで俺は死ぬ」

 怪我の心配されるのはいいとして、ショック死はないわー。しかも、鼻水たらしながら泣いているし。

 おかげで冷静さが戻った私は、ようやく飼い主の顔が自分より高い位置にあることに気づき、そしてその胴体が馬になっているのを見た。

 馬人間、いや、人間馬?中途半端に人間と馬が合体してしまっている。なんで、人間の手があるのに、馬の前足もあるのか。しかも人間の腹もあるのに、馬の腹もある!どうなってんのその腹どうなってんの、飼い主って今人間?馬?手足の数的に昆虫?虫なの?なんなの?まじでなんなの?

『き、きもちわるぅ』

「気持ち悪いって言われた!」

 ドン引きの私と、気持ち悪い発言に傷ついてショックを受けた飼い主は、気づいていなかった。

 この時、意思の疎通が出来てしまっていることに。飼い主の、結婚する宣言が一歩実現に近づいていることに、私たちはまだ、気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 つづく?


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