前へ目次 次へ PR 72/95 14-1 「みちのくの しのぶもちずり たれゆゑに みだれそめにし われならなくに」 河原左大臣(かわらのさだいじん)、真の名を 源融(みなもとのとおる)と言います。 嵯峨天皇(さがてんのう)の息子のうちの一人でしたが、姓を与えられて源氏となった人です。 この方は陽成院(ようぜいいん)が退位した時に皇位継承を自ら名乗り出たのですが、藤原基経(ふじわらのもとつね)に臣下に降った方が即位したという前例がないからと却下されたというエピソードが伝わっています。