セクション02:ツルギのリア充(?)な朝・その2
「ははははは! 美人2人でツルギの奪い合いか! 憎いぞこの色男っ!」
食堂。
ツルギの向かい側に座る、色黒で大男な友人は、面白おかしそうに大笑いした。
「……言っとくけどバズ、全然笑い話じゃないからな……?」
ツルギは、僅かに頬を赤くして反論する。
目の前に朝食が置かれているにも関わらず、ツルギはそれに手を付けずにポータブル将棋盤を開き、詰将棋を指していた。
「何言ってるんだよ。日本じゃそういうのを『リアジュウ』って言うんだっけ? 羨ましい限りだぜ。あーあ、俺もそんな風にモテたらなあ――いててててっ!」
「兄さんっ!」
友人――バズの耳が、隣に座る人物に強く引っ張られる。
それは、バズと対照的に色白でほっそりとした体の少女で、右目につけた赤い眼帯が特徴的だった。
2人は共に赤い髪を持っており、後ろで1本にまとめている少女の方が薄く桃色のようにも見える。
「な、何するんだよラーム! なんでモテたいって願望だけで耳引っ張られなきゃいけないんだ――いてててっ!」
「兄さんの場合は度が過ぎていますからね!」
再びバズの耳を引っ張り、むすっとした表情で注意しながらフォークでポテトサラダを口にする少女――ラーム。
このやり取りからもわかる通り2人は兄妹で、ラームの方はツルギの同級生だ。
「ところでツルギ君、どうしてこんな時に将棋なんか?」
表情を緩めたラームが、ツルギの将棋盤を見て尋ねた。
「いや、本当は自分の部屋でやりたいんだけど、あそこじゃいろいろありすぎて……」
確かに、食事をしながらやるのはよくない事はわかっている。
だが、最近どうしても自分の部屋では落ち着いてできないのだ。
「大変だな、お前も。ま、こっちも状況は似たようなもんだ」
バズが口を挟んでくる。
「少しでも女子の事を口にしたらすぐ妹が飛んでくるんだ。おかげでろくに女子と電話できねえ――いてててて!」
「兄さんが女たらしすぎるからですよ!」
再びむすっとした表情でバズの耳を引っ張るラーム。
その光景に、ツルギは呆れるしかない。
同じ部屋にいるってのに、よくいつも通りにしてられるなあ、バズもラームも。
ツルギは、はあ、と深くため息をつき、2人から目を逸らす。
食堂は結構広く、既に多くの生徒達が思い思いに集まって朝食を取っている。壁にはさまざまな時代の戦闘機が映った写真が飾ってあり、写っている戦闘機には全て上から紫、白、黒に塗り分けられた丸い国籍マークが描かれていた。
すると。
「ツルギ君、よかったら将棋のルール教えてくれる?」
ラームが、そんな事を聞いてきた。
「え? いいけど、どうして?」
「将棋って、チェスと似たルールなんでしょ? だからルールを覚えて、ツルギ君と対戦してみようかなって。ツルギ君も1人でやってばかりじゃつまらないでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「え? ラームと将棋やるのツルギ?」
そんな時、突然ストームがツルギの隣に現れた。
手には朝食を置いたトレーが。メニューを選び終えて戻ってきたのだ。
「ストーム、大変だ! ツルギがラームに浮気しようとしてるぞ!」
途端、バズはわざとらしく深刻な顔をしてストームに呼びかけた。
「に、兄さんっ!」
「なんでそういう流れになるんだよっ!」
ラームと共に、顔を真赤にして突っ込みを入れるツルギ。
「大丈夫だよ、ラームはそんな事しないってわかってるから」
しかしストームは、平然とそう言ってツルギの隣に座った。
「あれ? ツルギまだ食べてないの?」
ストームはツルギがまだ朝食に手をつけていない事に気付き、言った。
「え? ああ、まあね……」
先程の騒動で疲れて食べる気がしない、とは口にできないので、そう言ってごまかす。
すると。ストームはあろう事か、
「じゃ、あたしが食べさせてあげる! はい、口開けて!」
ツルギのフォークを奪うと、それでハンバーグを刺し、ツルギの口元に差し出してきた。
「え――!?」
予想外の行動に、顔が一気に熱くなる。それこそ、目の前のハンバーグが焼けてしまいそうなほどに。
「いや、い、い、いい! これくらい自分で食べる!」
手が動かせない訳じゃないんだから、とツルギは強引にストームの手からフォークを奪い、ハンバーグを一口頬張る。
だが、慌てて頬張ったのが仇になり、うまく飲み込めずむせてしまい、思わず咳き込んだ。
「げほっ! げほっ! み、水……!」
フォークを置いて、すぐにコップに入った水を飲む。
何慌ててるんだ僕、と自分を落ち着かせる。
「もう、慌てて食べるからそういう事になるんだよ?」
ストームは再びフォークを手に取る。
またあんな事をされてはたまらないと、ツルギは再びフォークを奪おうとした。
「いや、いいから僕は――」
「はむっ!」
だがその前に、なぜかストームは素早くハンバーグを丸ごと口に頬張ってしまった。
フォークの先から、きれいにハンバーグ1個がなくなる。
「ああーっ! ちょっと!」
ツルギが声を上げるのをよそに、ストームは何度も頬張ったハンバーグを嬉しそうに噛み砕いている。
「な、何のいじわるだよ!? い、いくら食べさせてあげなかったからって、その仕打ちはないじゃないか――」
そう言いかけた時、ストームの手が不意にツルギの頬に伸びた。
「え?」
その手に気を取られた隙に、ストームが顔を急に近づけた。
ツルギが気付いた時には、もう遅かった。
「あ――」
ストームの唇が、ツルギの唇に重ねられた。
そのまま、口を強引に開けられる。
途端、ストームの口から何かが流れ込んできた。
それが、先程頬張ったハンバーグである事が、感触ですぐにわかった。
それは、普段食べるものとは違う、何とも不思議な味がした。
ハンバーグを移し終えると、ストームの唇がそっと離れた。
「どう? おいしい?」
そうか、そういうつもりだったのか。
ツルギはちゃんとハンバーグを飲み込んでから、さらに顔が熱くなるのを感じつつ反論した。
「ひ、人前でする事ないじゃないかストームッ!」
「だって、ツルギ元気なさそうだったんだもん」
「だ、だからって――!」
「うん、いつものツルギに戻って来たね! やっぱりいつものツルギが一番好き!」
「う……」
好き。
そう言われると、どうしても反論できない。
こういう事は、せめて誰もいない所でやって欲しい。だが沸騰した頭のせいで、それを口にする事ができない。
「あ、ツルギ。口の周りにまだ付いてるよ?」
だが、ストームは懲りもせずに再び顔を近づけてきた。
「も、もういいっ! 僕をこれ以上困らせないでくれっ!」
そんなストームを必死で押しとどめるツルギ。
思わず、周囲を見回した。
やはり、何人かの生徒が不審者を見るような目でこちらを見ている。ツルギら4人の隣には、座っている生徒が誰1人としていない。
「なあラーム。これもお前の『人を不幸にする体質』のせいだと思うか?」
「え……? いいえ、ツルギ君は不幸というよりむしろ嬉しそうに見えるんですけど……」
そしてあろう事か、バズとラームもそんなやり取りをしている。
ツルギは気まずさのあまり、この場から逃げ出したい気分になった。
どうして朝からこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
いや、別に嫌な訳じゃないんだけど――