セクション11:魔剣のツルギ
一瞬の内にすれ違った。
008便に対し背を向け、ほんの数メートルしか離れていないほどの距離で高速通過。
直後、008便は大きく姿勢を崩し、さらに急な角度で海へと落ちていった。
まさか、やりすぎたか。
確認したツルギは、そんな事を一瞬思ってしまった。
だが、008便はすぐに機首を引き起こし始める。
次第に迫ってくる海に落ちまいと、懸命に上昇しようとする。
そして、まさに海面に激突寸前まで落ちた時、ようやく水平になり降下が止まった。
海面を切り裂きながら、008便は上昇へと転じていく。
うまく行った。ツルギはほっと胸をなで下ろし、無線を再び入れた。
「ブラスト1より008便、そちらの状況を知らせよ」
少し緊張した。
まさかここで、ハイジャック犯のあの声が返ってこないかと。
『こちら008便。そちらの脅しに奴は腰を抜かしたよ。その隙に機長が殴りかかって奴を拘束する事に成功した。親父さんも無事だよ』
返事をしたのは、008便のパイロットだった。
それは、作戦が見事に成功した何よりの証拠だった。
「やったあっ――痛っ!」
それに歓喜したストームは、思わず突き上げた腕をキャノピーに思いきりぶつけてしまった。
『よっしゃあーっ!』
歓声を上げるバズと、ただ目を見開くだけで言葉が出ないラーム。
『やったというのか? あのひよっこ達が……?』
『……ん? 待てよ。あの青い尾翼――もしかしてファインズで最強の教官に勝利したって聞く噂のスーパールーキーコンビじゃないか?』
ミーティアチームの2人も驚いているが、ミーティア2が思い出したようにツルギ達に問いかけてきた。
自分達の事を実戦部隊が知っていた事に、ツルギは驚いた。
「え?」
「そうだよ! あたしが噂の『学園の青い嵐』ことストーム! そしてこっちがパートナーの――えっと……」
一方のストームは得意げに名乗り、ツルギの事も紹介しようとしたが、なぜかそこで言葉を急に詰まらせた。
一体何がしたいのか、ツルギにはわからなかったが。
「そうだ、『魔剣』! 『魔剣』のツルギ!」
思いついたようにその名で紹介した事で、すぐにわかった。
「か、勝手に通り名を付けるなストーム!」
「だって、ツルギにもこういうのあった方がかっこつくでしょ? それとも、もっとかっこいい奴がよかった?」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
勝手に通り名で呼ばれる事が恥ずかしくて、ツルギは思わず反論していた。
だが。
『なるほど、「青い嵐」と「魔剣」のコンビか……噂には聞いていたが、まさか目の前にいるとは気付かなかったよ』
ミーティア1は、すっかり感服した様子でその名を受け入れてしまっていた。
『空軍の戦闘機に通達。当機はこれより、予定通りエリス国際空港へ着陸する。空軍――いや、「青い嵐」と「魔剣」のコンビには、感謝してもしきれない』
008便のパイロットも。
ツルギは恥ずかしさのあまり、どう答えていいのかわからなかった。
『ミーティアチームよりピース・アイへ。任務完了。これより帰還する。ブラストチーム、基地が近くなんだ、008便を着陸までエスコートしてやれ』
「ウィルコ! ブラストチーム、008便を空港までエスコートしまーす!」
そして、ミーティアチームの指示通りにブラストチームは008便に随伴し、ロタ基地へ帰還するミーティアチームのミラージュを見送った。
2機のイーグルが見守る中、008便は無事エリス国際空港へと着陸した。
駐機するや否や、空港に待機していた警察によってハイジャック犯が逮捕された。
そして203人の乗客達も、何時間にも渡る恐怖のフライトからようやく解放され、地上へと戻る事ができた。
その光景を上空から見下ろしていたツルギは、乗客達が全員こちらを見上げている事に気付いた。
『ありがとうー!』
緊急用無線機からでも流しているのか、無線から聞こえてくるのは乗客達の感謝の声。
その多くは、こちらに向かって手を振りながら叫んでいる。
何度も聞こえてくる乗客達の声はさまざまだ。
男の声もあれば、女の声もある。
大人の声もあれば、子供の声もある。
スルーズ人の声もあれば、外国人の声もある。
「ツルギ、みんなの声が聞こえてる? あたし達は、あれだけの人を助けたんだね」
「ああ」
その乗客達の声に、ツルギは胸が熱くなるのを感じた。
自分はパートナーと共に、これだけ多くの人を助けたのだと、改めて実感する。
そんな人々から一斉に感謝されると、嬉しさのあまり表情が緩んでしまう。しばらくは戻せそうにないほどに。
「何か、答えてあげよう。1回だけなら管制塔も許してくれるはずだ」
「うん、そうだね!」
ツルギが提案すると、ストームはすぐに快諾した。
一度空港上空を離れたウィ・ハブ・コントロール号は、反転して再び空港上空に戻ってくる。
戻ってきたウィ・ハブ・コントロール号の姿に、乗客達も気付き始めた。
「レディ――ナウ!」
そして、ストームは乗客達の前でアクロバットを披露した。
背を向けて緩やかに旋回する、『ファン・ブレイク』だ。
爆音を響かせ、目の前を飛んでいくウィ・ハブ・コントロール号の姿を見た乗客達は、再び歓声を上げ始めた。
『すごい! かっこいい!』
拍手や口笛と共に、そんな声も聞こえてくる。
その声に、ツルギの心が震えた。
イーグルでかっこよく飛び回りたい。
それが、自分が幼い頃から抱いていた夢だった故に。
「大成功! 以上、ストーム&ツルギによる『ファン・ブレイク』でした!」
ストームが高らかに叫ぶと、ウィ・ハブ・コントロール号は翼端から白い雲を引きつつ空港上空を上昇して離脱していった。




