セクション09:最後の言葉
その指示に、ブラストチームの誰もが戦慄した。
『……撃墜指令、了解。ただちに実行する』
「ま、待ってください! 本当に、撃墜するんですか!」
承諾したミーティア1に、ツルギは思わず声を上げていた。
『これは上からの命令だ。実行する以外にない』
「でも本当に、それしか方法が――」
『黙れひよっこ! じゃあお前はハイジャック犯とネゴシエーションしろとでも言うのか! そんな悠長な事をやっている時間はないんだぞ!』
だが逆にそう言い返され、ツルギは言葉を失った。
『こちらミーティア2。ひよっこ、お前の気持ちはわかる。俺だってそれは同じだ。だがこらえろ。今ここで落とさなければ、オルト市にいる何千人もの命が危険に晒されるんだぞ』
後方にいるミーティア2も、そう告げてくる。
そう言い放つと、ミーティア1は改めて008便に告げた。
『008便へ告ぐ。残念だが、貴機の撃墜指令が降りた。これより貴機を撃墜する』
死刑宣告された008便のパイロット、そしてツルギの父が息を呑んだのがわかった。
『ははははは! こりゃ面白え! とうとう空軍も血迷ったか!』
途端に大笑いし始めるハイジャック犯。
『ま、待ってくれ空軍さん! ここには何の罪もない人々が何人も乗っているんだぞ!』
『……恨むなら我々でなく、ハイジャック犯を恨んでください』
父に答えるミラージュのパイロットの感情を押し殺した声は、心なしかとても苦しそうに聞こえた。
それだけ、覚悟を決めているという事だ。旅客機に乗る罪のない乗客を生贄にして、オルト市にいるより多くの民間人を救う覚悟を。
だが、本当にそれでいいのか。
死を目前にしても、平然と笑っていられるハイジャック犯。まるで、全てが彼の思惑通りに進んでいるような気がする――
『わかったよ。じゃあニッポンの親父さんよお。やられる前に息子に別れの挨拶でもしな。それくらいの時間はやるよ。ほれ!』
すると、008便の機首がゆっくりと上がり、水平に戻った。
どうやら別れの挨拶をしている間は、オルト市への降下をやめるつもりらしい。
本当に時間をくれるらしい事に、ツルギも父も戸惑う。
『(……ガイ、すまない。お前の目の前で父さんが死ぬ所を見せつける事になる事を)』
すると、父から日本語で話し始めた。
無線で流れ始めた日本語に、ピース・アイやミーティアチームらは戸惑い始める。
「そ、そんな! 父さんが謝る事じゃない!」
ツルギも思わず日本語で返した。
いつになく真剣なその声に、瞳が潤んでくる。
『だが、父さんが死んだらお前の好きな通りにしていい。好きなだけ空軍にいて飛んでいい。死人に口なしだ、もうお前が何をしようが文句を言わんよ』
「え……?」
その言葉に、ツルギは耳を疑った。
『今だから言える事だけどな、父さんはただ、怖かっただけなんだ。お前がまた、事故でひどい目に遭ってしまうかもしれない事が。だからあんな事を言ってしまった。だがあれから考えたんだ。そんな理由だけでお前の道を閉ざす事が、本当にお前のためになるのかとな』
「父、さん……?」
信じられなかった。
ツルギは、父が反対する理由は障害者である自分の身に余る事だと考えているから、だと思っていた。
だが、理由はもっと単純なものだった。
父は純粋に、自分の事を思っていたのだ。だから自分が危険に巻き込まれる事を恐れ、復学する事にも反対し、退学させようとした。
自分の愚かさを思い知らされる。
その気になれば、いつでも気付けたはずだ。
父は厳しい面もあったが、決して自分に悪い事はしなかった。
ちゃんと自分の事を見守り、育ててくれた、親らしい親だった。
そんな事に、どうして――
『お前はもう、1人で自分の道を決められる。だからあれだけ学園でがんばり続けると言ったのだろう? だから父さんは今、決心したよ、これから1人になるお前を信じるとな。その代わり、納得が行くまでやり続けろ。お前自身が決めた事なのだからな、その決心を最後まで曲げるな』
「や――やめてくれ父さん! もうわかったから、それ以上言わないでくれ!」
『約束してくれるなら、もう父さんに悔いはない』
「く――」
こんな時になるまで気付かなかったのか。
そんな自分が悔しくて、思わずマスクの下の濡れた頬を拭っていた。
「約束――するよ」
しゃくり上げる声でそう答えた。そう答える事しかできなかった。
自分を思ってくれた父のためにも、そう答える以外になかった。
それが、最後の別れになるとしても。
『わかった。達者でな、ガイ。あのストームって子にもよろしく言っておいてくれ』
最後に出てきた名前に、ストームが僅かに反応する。
それが、2人の別れの挨拶となった。
『……さて、最後の挨拶は済んだか?』
突然割り込んできたハイジャック犯の英語で、ツルギは現実に引き戻された。
『ああ、済ませたよ』
父はそれだけ答えた。
先程までとは一転して落ち着いた、もう悔いはないと言うような声で。
『それじゃあ空軍さんよ、早いとこ撃ちな。こいつの気が変わらない内によお!』
すると、旅客機は再び降下を始めた。オルト市へと向かって。
『008便、降下を再開しました! もう墜落まで時間がありません!』
『ミーティア2、撃墜しろ』
『了解』
今度こそ、008便を撃墜せんとミーティア2が攻撃位置につく。
MICAミサイルが、再び008便を捉える。
ツルギは、涙を止められない。
ミサイルが放たれれば、008便は一撃で飛行不能に陥り、海に墜落するだろう。
父が、そして他202人もの罪なき乗客達が008便と共に海の藻屑となっていく姿を想像しただけで、悪寒が止まらなくなる。
この犠牲は、かつてツルギが経験した事故の比ではない。
この悲劇は回避できないのか――?
いや、もしかしたら――
『また、不幸が起きる……私がいるせいで……?』
ラームが、悲しそうにそんな事をつぶやいた。
それに対し、バズは何も言い返せない。
「そんな……このままでいい訳ないよ!」
「……なあ、ストーム」
「何?」
一方でツルギは、悔しがるストームに話しかけた。
そして、遂に。
『ミーティア2、ミサイル発射!』
ミサイルが白い煙を吹き出して放たれた。
翼下からぶら下がったエンジンに吸い込まれるように――




