セクション08:予期せぬ再会
『……ん? ガイ!? ガイなのか!?』
振る手が止まったのが見えた。
小さすぎてどんな顔をしているのかまでは把握できないが、間違いない。
人質の代表となっていたのは、紛れもないツルギの父であったのだ。
「どうしてツルギのパパが乗ってるの!?」
「じゃあ、あの時のメールは――!」
ストーム共々動揺を隠せないツルギ。だが、信じられない訳ではない。
思い出すのは、父からのメールの文。
『乗っている旅客機がh』のhは、ハイジャックの頭文字だったのだ。恐らく、ハイジャックされた事を伝えようとしたが、ハイジャック犯に脅されるなどして入力を止めざるを得なかったのだろう。
父は身の危険を感じて、ツルギに最後のメッセージを送ろうとしていた事は、容易に想像がついた。
『お、おい!? パパって、まさか――!?』
話を聞いたバズとラームも驚きを隠せずにいる。
『なぜだ? なぜお前が――』
『ほほう? 何だか知らねえが、まさかここで親子の感動の再会があるとはなあ!』
すると、ハイジャック犯が面白そうとばかりに反応を示した。
『さあどうする、空軍のパイロットさんよ? この008便がこのまま黙って飛んでいたらこいつ共々どうなるか、わかるよなあ?』
挑発するように問いかけてくるハイジャック犯。
その言葉から、ハイジャック犯に何か企みがある事が見え隠れしている。
「どういう、事だ……?」
ツルギは問い返す。自然と鋭く008便をにらみながら。
そんな時。
『ブラストチームへ、実戦部隊が到着しました!』
ピース・アイからの知らせが入った。
『こちらブラストチーム、こちらは第5飛行隊のミーティアチーム。ごくろうだった。後は任せろ』
直後に聞こえてきた、落ち着いた男の声。
見ると、008便の後方から2機のミラージュが飛んできたのが見えた。熟練のパイロットらしく安定した飛行で008便へ近づいていく。
『ミーティアチーム、急いでください。このままの進路で行くと、008便はオルト市へ墜落します』
「な、何だって!?」
ピース・アイの突然の報告に、ツルギ達は動揺した。
見れば、既に高度はかなり下がっており、スルーズ本島の海岸がはっきりと見えている。008便の進路の先には、大きな町――オルト市がある。
ハイジャック犯は、意図的に008便を墜落させようとしているのだろうか。
それは、つまり――
「まさか、目的はテロ攻撃なのか……!?」
『ふふふふふ……さあ、どうだかな』
ハイジャック犯は、あえて答えようとしない。
だがそれは、答えるまでもないと肯定しているようにも聞こえた。
『大丈夫です。後は実戦部隊のミーティアチームがやってくれます。ブラストチーム、帰還してください』
ピース・アイから帰還の指示が入る。
だが、ブラストチームの誰も、すぐに返事をしなかった。
『心配するな、ひよっこ達。このハイジャック犯の好きにはさせんよ。たとえ、撃墜する事になってもな』
「……!」
撃墜。
不吉な言葉を言い残し、ミラージュの1機がウィ・ハブ・コントロール号と入れ替わる形で008便の左側面につく。残りの1機は008便の後方についた。
『……それではミーティアチーム、警告を開始してください。指示があるまで発砲は禁じます』
指示するピース・アイの声は、強ばって聞こえた。
撃墜などという不吉な言葉を聞いたせいか、指示するまで発砲するなという当たり前の事も指示している。
『了解。警告を開始する。008便、ただちにこちらの指示に従い、進路を変更せよ。繰り返す。ただちにこちらの指示に従い、進路を変更せよ』
側面のミーティア1が翼を振る。
『構うな。そのまま飛行しろ』
だが、008便の動きに変化はない。
ハイジャック犯に脅されるまま、高度を下げ続ける。
気が付けばツルギ達は、帰還の指示に従わずに、少し離れた場所から事の成り行きを見守っていた。
張り詰めた空気が、ツルギの体を凍りつかせる。
これが、実戦の空気。
008便のパイロットと、ツルギの父も含む203人もの乗客の命が、空軍の手に委ねられているのだ。
『こちらミーティア1、008便の行動に変化なし。ミサイルによる警告を上申する』
『……ピース・アイ、了解しました。ミサイルによる警告を許可します』
武器を突き付ける許可が下りた。
民間機を撃墜する事は、国際法により原則として禁じられている。何の罪もない民間人が軍の手で殺される事があってはならないからだ。
だが原則という言葉があるという事は、例外が存在する事を意味する。
他に解決手段がなくなった時、軍は事態の解決と民間人の命を天秤にかけ、撃墜の決断をしなければならなくなる。これはまさに、最後の手段だ。
『これより貴機をロックオンする! 指示に従わなければ撃墜も辞さない!』
『ミーティア2、マスターアームオン』
後方にいるミラージュの翼下に装備されたMICAミサイルが不吉に輝く。もちろん実弾だ。
まさに、相手に銃を向け「手を上げろ」と指示しているのと同じ状況。その気になれば、ミラージュはいつでも008便を撃墜できる。
『おい聞いたかニッポンの親父さんよお? 軍の連中はこっちを撃墜する気満々だぜ?』
『何だって? しょ、正気なのか空軍さん! 私達も巻き添えにして殺す気か!』
『……だそうだ。やれるものならやってみな。撃墜すりゃお前らは悪者扱いされるぜ?』
だがやはり進路を変えず、むしろツルギの父を盾にして撃ってみろと挑発してくるハイジャック犯。
旅客機には、戦闘機からのロックオンを警告する装置がない。そのため、ハイジャック犯は撃墜も辞さないという言葉を単なる脅しとしか捉えていないのかもしれない。
『なあ、息子さんだってそれは嫌だよなあ?』
挙句は、ツルギにその問いを振ってきた。
『君達まだいたのか! 帰還の指示が出ているはずだぞ!』
ミーティア1がまだブラストチームがいる事に気付き、呼びかけてきた。
だが、ツルギの耳には入らない。
「く、卑怯な……!」
硬直した体の中で、拳だけが震え出す。
ハイジャック犯を許せないという気持ちが、胸の中で熱を帯びてくる。
「あんな奴、許せない……!」
それはストームも同じようだ。
そんな時。
『……はい、はい、わかりました。ピース・アイよりミーティアチームへ、防空司令部は決断されました――008便を撃墜せよ、との事です』
遂に、その許可が下りてしまった。




