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セクション12:迫りくるタイムリミット

『こちらファインズ管制塔(タワー)、そんな事をこちらに言われても困る! 他を当たってくれ!』

「時間がないんです! 内線電話でもいいですから、学園の放送でパイロットが足りないと呼びかけてくれれば――」

『こちらは機体の誘導で忙しいんだ! 君の相手をしている暇はない! パイロットならその内来るから、君は避難していろ!』

 無線の相手は、そう言って無線を切ってしまった。

 これもダメか。思いつきでやった方法だったが、あっさり失敗してしまった。

 なら、次はどうする。どうする。どうする。

 ツルギの心は、焦りで摩耗し今にも折れてしまいそうになる。

 そうしている間にも、戦闘機が移動し始め、既に離陸を始めた機体もある。アフターバーナーの爆音が、空に響き渡る。

「貴様、こんな所で何をしている!」

 ふと聞き覚えのある声がして、ツルギは振り返る。

 そこには、フライトスーツ姿のフロスティがいた。

「理由なく欠席した貴様がなぜここにいるのか知らんが、ここにいても迷惑なだけだ!」

「い、いえ! 自分はただ、自分の機体の代わりのパイロットを――」

「それは余計なお世話というものだ! 何もできない車いすのお前がここをうろちょろされても、足手まといにしかならん!」

「……!」

 余計なお世話。何もできない。

 自分のした事を真っ向から否定され、ツルギの心が遂に折れてしまった。

 体の力が、一瞬で抜けていく。手に持っていたトランシーバーが、手から滑り落ちた。

「障害者なら障害者らしく、おとなしく引っ込んでろ! 津波に飲み込まれたくなければな!」

 そう言い残し、フロスティはツルギに背を向け、駆け出した。

 その先にあるのは、フロスティの乗機タイガーシャーク。フロスティはタイガーシャークのコックピットに入ると、すぐさまエンジンを始動する。

 エンジンが始動するまでの時間は、僅か30秒。タイガーシャークは、緊急発進(スクランブル)では3分もあれば離陸できる世界最速タイムの持ち主でもあるのだ。

 ツルギはその様子を見届けた後、力なく引き返していった。


『津波到達まで、あと10分!』

 遂に残り10分を切ってしまった。

『サンダーチーム、滑走路31Rからの離陸を許可する』

『ファインズ管制塔(タワー)! こっちの離陸はまだか!』

『くそっ、こんな時に回転数が上がらねえ!』

『急げ! 1機百億ドル以上もする戦闘機を津波でダメにする気か!』

 トランシーバーからは、未だに混乱する生徒や教官達の声が響いている。

 そして、次々と離陸していく戦闘機。残っている戦闘機は、もう少ない。

 格納庫に戻る直前、1機のイーグルが格納庫から出てきて、ツルギの横を通り過ぎた。

 バズ・ラーム機だ。

『兄さん! ツルギ君が――』

『あいつなら大丈夫だ! 俺達はとっとと離陸するぞ!』

 2人のそんなやり取りが、無線で聞こえてきた。

『こちらアイス1! ファインズ管制塔(タワー)、ブラスト1の離陸は確認されていますか?』

『今確認する――まだだ。まだ現時点では離陸していない』

 ミミの声も無線で入ってきた。彼女が離陸したのかしていないのかは、わからない。

 そんな無線を聞き流しつつ、ツルギは未だパイロットが不在のウィ・ハブ・コントロール号の前に力なく戻ってきた。

「ツルギ! 代わりのパイロットは?」

 格納庫に戻ってきたツルギに、ゼノビアが問いかける。

「それは――こっちが聞きたいです……」

 ツルギは、がっくりとうなだれつつ答える事しかできなかった。

 ゼノビアの顔も見ずに彼女の横を通り過ぎたツルギは、ウィ・ハブ・コントロール号の元へと向かう。

「もう、ダメなのか……? 僕にできる事は、もうないのか……? このまま、黙ってこいつが津波に飲み込まれるのを見ている事しかできないのか……?」

 描かれたマークを見上げながら、自問自答を繰り返す。

 だが、行きつく答えはただ1つ。

「やっぱり、僕のせいなんだ……僕がストームの様子にもっと早く気付いていれば、こんな事には――!」

 そう、全ては自分のせい。

 悔しさで拳が震える。

 責任という文字が、ツルギの心を傷付けていく。

「ツルギ、落ち着いて! 今は自分を責めてる場合じゃ――」

「どうして……どうしてこんな――!」

 ゼノビアの声も、耳に入らない。

 ただでさえ学園を退学させられる日が迫っているというのに、ストームが風邪で倒れ、挙句の果てにはそのせいで津波の前に愛機が離陸できない。

 愛機が津波に飲み込まれてしまえば、二度と飛行できなくなってしまうかもしれない。

「結局僕は、何もできない……何もできない、ただの障害者なんだ……!」

 それを前にしたツルギは、あまりにも無力だった。

 あきらめずに状況を改善しようとしても、何も変わらなかった。

 ウィ・ハブ・コントロール号は、津波から逃れる事はできないだろう。

 退学させられる前に愛機が壊れる姿を想像すると、それだけで立ち直れなくなりそうになる。

 この結末は、もはや自分だけでは変える事ができない。

 それはまるで、神様がもうあきらめろと言っているような気がして――

「く――うわあああああああっ!」

 ツルギはこの悔しさを、涙と共に声を上げて叫ぶしかなかった。

 それでも、ツルギの問いに答える者は、誰もいない――


「そんなの、違うよ」

 と思われたが、いた。

 聞き慣れたその少女の声に、ツルギは思わず声がした方向を振り返る。

 信じられなかった。そこにいたのは――

「だってツルギがここにいるのは、ツルギがあきらめなかったからでしょ? だからあたしも間に合ったんだよ」

 青いフライトスーツに身を包み、いつでも飛行できる状態になったストームだった。

「ス、ストーム!? 風邪は、どうしたんだ!?」

「風邪? 薬飲んでかなり寝てたら治っちゃった。だからもう大丈夫!」

 得意げにウインクするその顔には、いつの明るさが戻っている。顔色もよく、以前のように無理をしている様子は見えない。

 まさか、1日ほど寝ていただけで回復してしまうとは。ツルギはその回復力に驚くしかなかった。

「じゃ、行くよツルギ! 油売ってる時間はないよ!」

 そう告げるストームの姿が、とても頼もしく見える。

 やはり自分の行動は、無駄にならなかったのだ。あの時しっかり看病したからこそ、ストームはこうして復活した。

 なら――

「そうだな――行こう!」

 ツルギは涙を拭いて、はっきりと答えた。

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