セクション02:新たなる敵
『このように、フローラ姫は日々過酷な実習に身を投じておられます。全ては、姫が抱く夢のため。そう、この学園は、空に夢を馳せる者達が集まる場所なので――』
男は、そこで再生を止めた。画面が一瞬で青一色に変わる。
「スルーズ空軍航空学園……空に夢を馳せる者達が集まる場所、か……くだらない」
男はそうつぶやき、懐から取り出したタバコを加え、ライターで火をつけた。
一度吸って白い煙を吐いてから、男は続ける。
「なぜスルーズはこんなやり方をする? 中学生の段階から自軍パイロットの教育を施すなどと……戦闘機は、あのような子供が乗っていい乗り物じゃない」
「それがスルーズのやり方だ。少年兵を育てる気はないから心配するな。いくら受け入れられまいと、お前が口を挟む問題ではないぞ、フロスティ」
男の前にはもう1人、女性がいた。顔にある大きな傷跡、野獣のような鋭い目つきが特徴的な女性だ。
両者共に若者の顔ではないが、かと言って年老いた顔でもない。
「そもそも、『夢』などというワードを使う所が気に入らないんだ、ファング。軍という仕事に、夢も希望もありはしないというのに」
少し顔をうつむけるフロスティ。
「お前はまだ、そんな事を言うのだな……」
ファングというらしい女性は、どこか残念そうにつぶやく。
フロスティと呼ばれた男の、再びタバコを加えようとした手が止まる。
「夢の力を舐めてはいけないぞ、フロスティ。事実私は、その力に敗れたのだからな」
「何……?」
「まだお前には渡していなかったな。この書類に私を破った2人の事が書いてある」
ファングは、1枚の書類をフロスティに差し出した。
それを手に取ったフロスティは、ざっと目を通した途端、目を見開いた。
「……何だこれは!? どういう事だ!?」
「驚くのも無理はないだろうな。2人共、軍人としては問題のある奴らだ。だがな、どちらも強い夢の力を持っていた。だからこそ、2人は私に勝利できた。私は、若い可能性の力に負けたんだよ」
「ファングは、こんな子供に負けて、悔しくなかったのか……?」
「悔しくないと言えば嘘になるが、むしろ清々しかったよ。あの2人の力に、偽りはなかったからな。一途に夢を追う嵐と、折れながらも再起した剣……特に剣の底力には目を見張るものがあったよ」
どこか嬉しそうに、ファングは笑みを浮かべる。
その表情を見たフロスティは、逆に眉を潜める。
「……なぜ、この問題児に肩入れできる?」
「お前もいずれわかるさ。お前はその2人がいるクラス――つまり、私がいたクラスに割り当てられた。これから2人の面倒は、お前が見る事になるだろう。後は任せたぞ、フロスティ」
そう言って、ファングはフロスティに背を向け、部屋を後にしようとドアノブに手をかけた。
「待ってくれ、エミリア――!」
「その名で呼ぶな、フロスティ!」
呼び止めようとフロスティが呼んだ名前に、ファングが強く反応した。
驚いたフロスティは、タバコを落としてしまった。
「今の私の事は、『ファング』と呼べ。もう、以前のような関係ではないのだからな」
それだけ言い残し、ファングはドアを開けてその向こう側へと消えていった。
1人残ったフロスティは、再び書類に目を向けた。
そこに貼られていた顔写真には、2人の少年少女が映っていた。
青いメッシュと空色の瞳が特徴的な少女、エイミー・エイミス。TACネーム、『ストーム』。
いかにも生真面目そうな表情をした日本人の少年、ガイ・ハヤカワ。TACネーム、『ツルギ』。
「認めるものか……! こういう奴らほど、現実を前にして泣き目を見るんだ……!」
2人の顔写真は、フロスティの拳によって大きく歪められた。