セクション10:部屋を揺るがすもの
ストームがなかなか起きないので、詰将棋で空いた時間を潰していると、突然来客があった。
「よう。元気そうじゃねえか、ツルギ」
玄関のドアを開けると、そこにいたのはバズとラーム、そしてミミだった。
そういえば、もう授業が終わった時間だ。空は少し暗くなり始めている。
「み、みんな!? どうして――」
「どうしても何も、皆勤賞常連の生真面目ツルギがズル休みしたって聞いたから様子を見に来ただけだよ」
「それに、ストームの様子も心配だったし……どうなの、ストームは?」
バズとラームがそれぞれ訪ねてきた理由を説明する。
ツルギは、まずラームの質問に答える。
「ああ、大丈夫だよ。ずっと看病してたけど、だいぶ落ち着いてきてる。この所はずっと、死んだみたいに寝ているよ」
「そう、よかった……」
「ほう、そうか。そういう事か。お前がズル休みしたって言うのは、ストームへの愛が心を惑わせたからなのか。てっきり倒れているのをいい事にストームを襲って風邪が移ったのかと思ったよ」
「びょ、病人にそんな事するか! ただ、僕が行くとどうしてもついて行きたがるから、仕方なく休んだだけだよ!」
バズの冗談に、ツルギは反射的に突っ込みを入れていた。
「ははっ、最後のはジョークだよ、ジョーク。状況報告ありがと――」
「どういう事ですかツルギ! たった1人の女子のために休むなんて、正気の沙汰ではありません!」
面白そうに笑うバズに、突如ミミが割り込んできた。
「い、いや! 不可抗力だったんだよ、さっき言ったように」
「どうしても休ませるなら、ベッドに縛り付けておけばよかったのですよ! ツルギが休む理由などどこにも――」
「まあいいじゃねえか姫さん。過ぎた事をあれこれ責めてもしょうがねえだろ。そんな事くらいでカッカするなって」
バズが間に入り、文句を言い続けるミミをなだめる。
「そ、そんな事などと言い切れる問題ではありません! 私にとっては大問題なのです!」
「ほう? それがどんな大問題なのか、後でじっくり聞かせてもらおうか」
「は、離しなさい! 許可なく触るのはセクハラです!」
ミミの腕を取りツルギから引き離すバズをミミは振り払おうとするが、見た目に似合わぬ力の差からか振り解けない。
そんな2人の姿に、ラームは眉をひそめた。
「それじゃ、ツルギの邪魔になるから俺達は撤収――いてててて!」
「そんな理由をつけて姫様をナンパする気が見え見えです、兄さん!」
「バ、バカ! こっちはツルギに気を使ってやってるだけ――あっ!」
強く耳を引っ張るラームに反論している隙に、バズはミミに振り解かれてしまった。
ミミはこほん、と軽く咳払いをすると、ツルギの前に出た。
「先程は申し訳ありませんでした、ツルギ。私も言い過ぎました」
扇子を開いて顔を仰ぎながら、ミミは謝る。
「お、おい姫さ――いてててて! 足まで踏むな!」
「姫様の所に行かせませんよ!」
「ラ、ラーム! お前も少しは察しろ!」
「それとこれとは話が別です!」
一方のバズは、ラームに腕を抱かれて身動きが取れない状態だ。心なしか頬が少しだけ赤くなっているようにも見える。
そんな2人を見て唖然としていたミミは、すぐに顔を戻して話を続ける。
「あの2人は置いておきましょう。それよりツルギ。1日も看病をして疲れたでしょう? 今ストームが寝ているなら、これから一緒にお茶でも――」
ミミが言いかけた、その時。
不意に、床がゆっくりと横に揺れ始めた。
「え!?」
「な、何だ!?」
「床が――!?」
小さいものの、その揺れに動揺を隠せない3人。
「地震だ!」
ツルギは確信した。
そしてその揺れは、次第に強くなっていく。床の揺れが、次第に部屋全体に広がっていく。
それでも、揺れ自体は小さなものだ。日本を出て以来長らく経験していない地震だが、これくらいの揺れなら大丈夫な事はわかっていた。日本の基準で言えば震度3くらいだろう。
だというのに。
「きゃ――きゃあああああっ!」
頭を抱えてその場に屈み込んでしまうミミ。
「に、兄さんっ!」
「ラ、ラ、ラーム! お、俺から、離れるなよっ!」
互いに抱き合ったまま動けなくなってしまうバズとラーム。
3人は小さな揺れに反して、かなり動揺している様子だった。
「みんな落ち着いて! これくらい大した地震じゃない!」
そんな3人に、ツルギは頭を低くしながら冷静に呼びかける。
だが、3人の動揺は治まらなかった。ミミに至っては震えた声で助けて、と何度も繰り返しながら這うように玄関を飛び出してしまった。
揺れは比較的長く続いたが、その後十数秒ほどでゆっくりと治まっていった。
「と、止まった……今のが地震……?」
「地面が大きく揺れるって、こういう感覚なんだな……ああ驚いたぜ」
それぞれ感想を漏らすバズとラーム。ミミは未だ帰ってこない。
どうやら3人にとっては、初めて経験した地震だったらしい。それもそのはず、ヨーロッパで地震はめったやたらに起こるものではないのだ。それはスルーズとて例外ではない。
「大丈夫だよ、これくらいなら全然問題ない。むしろ小さい方だったよ」
「お前は随分と冷静だなツルギ……そうか、地震大国日本の出身だもんな……」
残ったバズとラームをなだめるツルギを見て、バズはそんな事を漏らした。
「そうだ、テレビ!」
ツルギはふと思い立って、すぐに玄関から居間へ戻り、テレビをつけた。
予想通り、テレビでは早くも地震を伝える臨時ニュースが流れていた。
『たった今、スルーズ本島付近で、強い地震が観測されました。これによって、スルーズ東海岸側に津波警報が発令されています。東海岸付近の住民は、ただちに避難してください。繰り返します。東海岸付近の住民は、ただちに避難してください』
「津波警報だって――!?」
ツルギが驚いた直後。
『生徒全員に通達する! 先程の地震により、この地域一帯に津波警報が発令された! 動ける生徒はただちに戦闘機を上空退避させよ!』
甲高いサイレンの音と共に、学園全体に緊急指令が響き渡った。




