セクション08:小さき来訪者
「え、誰……?」
ツルギは、その姿に全く心当たりがない。自分と同じ制服から航空学園の学生という事はわかるが、ロングヘアーとリボンが特徴的な、人形のように愛らしい容姿は初めて見る。
だというのに、どこかで会った事があるような気がする。
そう、その幼さを残した純粋無垢な声に聞き覚えがあるのだ。
「私です、ユーリア・アーレントです。トライスターの――」
「あ! もしかして、あの空中給油機の――!」
少女自身が名乗った事で、ようやく思い出した。
以前のフライトで、空中給油を行った給油機のブーマー候補生だ。
外見に心当たりがないのも当然だ。こうやって直接顔を合わせるのは初めてなのだから。
「はい、私もこの間まで会っていた事を忘れていましたけど、覚えていてくれて嬉しいです、お客様!」
「いや、どうも。その、びっくりしたよ。『永遠の12歳』って言うのは本当だったんだね……」
「えへっ、お褒めいただき光栄です」
初めて会った素直な感想を漏らすと、ユーリアは照れるように笑みを浮かべた。
「ツルギ、この子知ってるの?」
「ええ、ちょっと空の上で会った事がありまして。でも、君がどうしてここに――?」
ゼノビアに説明しつつ、ツルギは疑問をユーリアに投げかける。
本来はエリス分校の生徒、それもブーマー候補生がここに来る事は普通あり得ないはずだ。
「交流ですよ、交流。聞いてませんでした? 機体の見学もやってますけど……」
どうやら今日は、分校間の交流行事があったらしい。
見れば、広場の向こう側に見える格納庫の間から、僅かにボイジャーの姿が覗いている。
「そう、だったのか……知らなかった」
「はい。でも、ここを見学している時に道に迷っちゃいまして、ゼノビアさんに案内してもらってたんです」
恥ずかしそうに苦笑いをしながら説明を続けるユーリア。
純粋無垢なその笑みは、まさに癒し系という言葉がふさわしいだろう。
「その途中で会えるなんて思ってもいませんでした。車いす生活でも戦闘機に乗り続けている、凄い実習生のツルギさんに」
「……!」
その言葉を聞いて、ツルギは現実に引き戻された。
途端に、ゼノビアやユーリアとの会話で忘れかけていた痛みがよみがえる。
「……僕は、凄い人なんかじゃないよ……見ての通り、ただの障害者だ。他の人に飛ばしてもらってるだけだよ」
顔をうつむけて、ツルギはぽつりと答えた。
「そうですか、やっぱり仲間達の支えがあってこそなんですね。そういうの私好きです」
「そうは言うけど、逆に1人だったら何もできない、ただの役立たずだよ……だからもうすぐ、この学園をやめさせられるんだ」
「え……!?」
思わず言ってしまったその言葉に、一番驚いたのはゼノビアだった。
「ちょっと、どういう事なの我が息子よ!? ママそんな話全然聞いてないわよ!」
再び詰め寄ってくるゼノビア。
まだゼノビアには話していなかった事を、ツルギはそこでようやく思い出した。
だがこんな時になって、隠すつもりはなかった。
「……言った通りの事です。親に、やめさせられるんです。飛行機は障害者が扱える乗り物じゃないからって。これ以上続けたら間違いなく死ぬからって」
「そんな……どうしてママにその事を早く言わなかったの!」
「ごめんなさい。でも、もう決まった事なんです。明日親が出張から帰ってきたら、僕はここを去らなきゃなりません……考えてみれば当たり前ですよね、僕は人の力を借りなきゃ、コックピットに入る事もできないんですから。上から見れば使えなくて当然です」
ツルギはもう自嘲して笑うしかない。こういう状況になると、人は返って笑ってしまうものらしい。
ツルギは、さらに自嘲を続ける。
「だから、ストームにも無理をさせて、余計にトラブル起こしちゃって――僕はやっぱり、ここにいるべきじゃなかったんですよ。まだできるって自惚れてただけなんですよ。だって、1人じゃ何もできないから……軍人は、1人になっても何でもできる人でなきゃ勤まら――」
そう言いかけた時。
突如として、ぱちん、と乾いた音と共に、頬に強い衝撃が走った。
「バカな事言わないで、我が息子よ! まさか、1人で何でもできるワンマン・アーミー――じゃない、ワンマン・エアフォースにでもなる気だったの? その方がよっぽど自惚れてるわよ!」
いつになく、激しい声で叱りつけるゼノビア。その剣幕に、ツルギは驚いてしまった。
ゼノビアが、本気で怒っている。それは、頬に感じる痛みが証明している。
彼女が相手をぶってまで怒る事は滅多にない。だから思ってしまう。ここまで怒らせるような事を言ってしまったのかと。
「1人で何でもできなきゃ使えないですって? じゃあ聞くけど、ツルギとストームちゃんが乗ってるウィ・ハブ・コントロール号は、誰のおかげで飛んでいられると思っているの! ママ達整備士がいるからでしょ!」
「あ……!」
そう問われて、ツルギは気が付いた。まるで、目が覚めた時のように。




