セクション07:無理なのか
ストームが寝静まった事を確認したツルギは、少しでも楽になればと濡れタオルをストームの額の上に置いた。
ストームの寝顔は、あんな事を言ったとは思えないほど穏やかだ。
だが、その顔を見ると、あの言葉がよみがえる。
――後回しにして、いつやるの……?
――もう、時間がないんでしょ……?
――このまま時間切れになったら、ツルギの負けになるんだよ! それでもいいの!
そんな事はわかっている。
だが、だからと言ってストームを切り捨てる理由にはならない。
自分の夢を守るためにパートナーを切り捨てるなんて冷酷な事は、とてもできない。
自分の事で、ストームに無理して欲しくない。それだけストームの事が好きなのだ。
だというのに、ストームは時間がないからと無理を押し通そうとする。
その結果が、これだ。
「嫌われちゃったかな……」
いくらストームを寝かせるためとはいえ、足手まといは言いすぎたか。
あの時、ストームは明らかに怒っている様子だった。
自分からコンビに不協和音を作るような発言をしたのだから、嫌われても不自然ではない。
もっとうまく言えなかったのか、と今になって後悔する。
「どうしよう、これから……」
こうなった以上、後は自ら言ったように自分1人で何とかするしかない。
だが、それは『売り言葉に買い言葉』程度のものでしかなく、絶対にできる根拠は何もない。結局の所、強がりでしかなかったのだ。
「外の空気――吸ってくるか……」
ツルギはストームの毛布をかけ直し、枕元に風邪薬を置くと、ゆっくりと部屋を出た。
外に出られるのは、寝ている今しかない。
外に出ると、風がいつも以上に冷たく感じた。
今日は普段より気温が低いらしい。空が曇って日差しが弱くなったせいだろう。
校舎で授業中だからか、生徒達の姿は見当たらない。
ツルギは重く車いすを進めて広場へと向かい、歴代主力戦闘機が展示されているエリアで車いすを止めた。
ぼんやりと、曇った空を見上げる。
何しているんだ、僕。
こんな事をしている場合じゃないだろう。
こうしている間にも、運命のXデーは迫ってきているんだ。
そう自分自身が訴えかけてくる。
だが、何も行動に移せない。
どんな行動をすればいいのかわからない。
そもそも、何をやっても解決しない事がわかっている。
だから、こんな事しかできない。
こうしていると、自分がどれだけ無力なのかを思い知らされる。
――1人で戦闘機にも乗れないような人間が、実戦で使えるはずがない。
そう、フロスティが言った通り。
自分は誰かの力を借りなければ、何もできない弱者なのだ。そんな体たらくが、軍人になれるはずがない。
――所詮は障害者だ。できない事は何をどうやってもできない。
そして、父の言う通りでもある。
これは、これから生きていく限りずっと元に戻る事はないものだ。だから、自分はずっと弱者でい続けるしかない。
つまり、ツルギは障害者である時点で、道は閉ざされている事になるのだ。
――だから、一生その痛みに苦しみ続けるしかないのかな……?
思い出すのは、ラームの言葉。
自分はこれからも、この痛みに苦しみ続けるしかない。
逃れる事など、できないのだ――
「もう、無理なのか……? 退学するしか、ないのか……?」
思わずつぶやいた。
気が付くと、首から下げているドリームキャッチャーを握っていた。
だがそうした所で、状況は何も変わらない。誰かが助けてくれる訳でもない。
こうして何もできないまま、Xデーを迎えるしかないのだ。
「くそっ……どうして……どうしてこんな――!」
悔しさで、車いすの手すりを思いきり叩く。
これでは、がんばると誓った先輩にも示しがつかない。
復学してもこんな結末になるなら、いっそ事故で死んでしまえばよかったかもしれない。
ツルギは体を伏せ、これから待ち受ける結末に震えるしかなかった。
嫌だ。
嫌だ。
こんなの嫌だ。
その言葉をどれだけ繰り返したのか、わからなくなってきた頃。
どこからか、誰かの話す声が聞こえてきた。
「違うんですよ。――さんはその体に劣等感を抱く必要は全くないんです。私のパパは言ってくれたんです、『その体は、君は一生子供のままでいていいんだよ、っていう神のお告げなんだ』って。だから、むしろ誇っていいんですよ」
「そう、そういう考え方もあったのね……そんな考え方ができる――ちゃんが羨ましいわ……」
聞き慣れた声と、聞き覚えのある声。それは、ゆっくりと近づいてくる。
誰かと思って顔を上げると、偶然その声の主と目が合った。
「あれ? こんな所で何してるの我が息子よ? 授業はどうしたの?」
その人――ゼノビアは足を止めて不思議そうにツルギを見ている。
「ゼ、ゼノビアさん!? あ、いや、えっと、その――」
「むむ、さてはサボりかしら? いつも真面目に授業受けるはずのツルギがサボタージュとは、どういう風の吹き回しかしら? ママに説明しなさい我が息子よ!」
思わぬ人物の登場に戸惑っていると、あっという間に状況を見破られ、ゼノビアに詰め寄られた。
「い、いや、これにはちょっと事情がありまして――」
「ツルギ……? もしかして、あのツルギさんですか?」
どう説明するか迷っていた時、第三者の声が割り込んできた。
誰かと思って見てみると、そこにはもう1人、ゼノビアと同じく子供のように小柄な少女の姿があった。




