セクション04:無理が通れば……
「い、いけません姫様っ! う、浮気なんて、とんでもないです!」
混乱のあまり、敬語で反論してしまうツルギ。
開いた手でミミを押し留めようとするが、それに対抗するかのようにミミは重ねた手を強く握ってくる。
その暖かさが、ツルギの抵抗する力を奪っていく。
押し留められなくなれば、車いすに座るツルギに逃げ道はなくなってしまう。
「ど、どうかおやめ――」
そして、遂にミミの唇がツルギの唇に重ねられた。
途端、頭が真っ白になっていく。
心拍数が頂点に達する。
ストームとは異なる唇の吸い方に、感覚が侵食されていく。
体は徐々に、ミミへの抵抗の意志をなくしていき――
「きゃっ!」
直後。
どん、と鈍い音がしたと思うと、急に唇の感触が消えた。
一瞬何が起きたのかツルギにはわからなかったが、気が付くと目の前にミミの姿はなかった。
「え?」
見ると、ミミはいつの間にか床に倒れていた。
「だ、誰なのです!? この一番大事な時に――」
「ツルギが嫌がってるのに、キスなんかしちゃダメ!」
ミミの問いに答えたのは、聞き慣れた声。
そこにいたのは、欠席しているはずのストームだった。
「ス、ストーム!?」
「ツルギ、大丈夫だった?」
ストームの風邪はもう治ったのかと思ったが、すぐに違うとわかった。
ツルギの様子を気にかけるストームの顔色は、やはり悪い。
「な、何してたんだここで!? 今日は欠席してたんじゃ――!?」
「だって、あたしがいなきゃ、ツルギは飛べないでしょ?」
そう主張するストームの体は、僅かにふらつき始めている。
「だから、あたしも行かなきゃって思って。風邪は全然へっちゃらだから――」
そして、遂にバランスを崩し、ロッカーに倒れかかった。
間違いない。ストームは風邪が完治していないにも関わらず、ここに来た事になる。
「だ、ダメじゃないか! まだ風邪が治ってないのに学園に来るなんて! すぐに帰って寝てるんだ!」
「へ、平気だよこのくらい……! だから一緒に――」
「倒れかかっておいてどこが平気だ! 治るまでちゃんと寝てなきゃダメだ!」
「でもあたし達、一心同体なんだよ! ツルギが行くなら、あたしも行かなきゃ――」
「一心同体って理論で無理をするな!」
「無理なんかしてない――うっ……」
寮へ返そうとするツルギだが、ストームは全く話を聞かない。体が未だふらついているにも関わらず。
「ほら、言わんこっちゃない! 助けてくれた事には感謝するけど、ちゃんと休んでなきゃダメだ!」
「嫌! あたしはツルギと一緒にいる!」
「む……!」
自分がここにいる限り、帰らないという事か。
これでは返そうにも返せない。どうしたらいいのか。
ツルギが悩んでいると。
「ストーム、あなたも人の事は言えませんね。ツルギに迷惑な事をするなんて」
ストームの背後に回ったミミが、ストームを羽交い絞めにした。
「な、何するの! あたしはツルギに迷惑なんてかけてないっ!」
「そう言うのであれば、病室で証明してもらいますよ」
「は、離してっ! あたしはツルギと一緒に教室に行く!」
更衣室の外へと引っ張られていくストームはじたばたと抵抗するが、やはり風邪のせいで弱々しい。
「ツルギ、ストームの事は任せてください。こんな輩はベッドに縛り付けておきますから」
「あ、ああ、ありがとう……」
随分と物騒な事言うなあと思う中で、ミミがストームを連れ出していく。
ストームは更衣室を出た後も、言葉にならない声を上げて抵抗していた。
「もう、風邪引いてるのにどうして――」
無理なんかするんだ、と思わずにはいられない。
だがそうさせているのは、紛れもない自分自身。
ツルギは、そんな自分に劣等感を抱かずにはいられなかった。




