セクション02:ツルギと姫様のスクランブル
少し遅れて離陸した2機のミラージュは、すぐさま高度を上げ、指示された目標へと向かう。
水平線まで広がる青空の中、指示された方向に1つの機影が見えた。
「目視した! 機影は恐らく1機!」
「アイス2、これから会敵します。射撃位置についてください」
『了解、姫様! ジャップ、くれぐれも姫様の足を引っ張らないようにする事ね!』
「む――ツルギはそんな事はなどしません! いいから指示通りにしなさい!」
『は、はい! アイス2、これより射撃位置につきます!』
フィンガー機が編隊から離脱し、未確認機の後方につく。未確認機をいつでも射撃できるようにするためだ。
フィンガー機が未確認機の後方についた事を確認すると、ミミ機は機首を少し上げた姿勢で、ゆっくりと未確認機へ左側面から近づいていく。むやみに相手を刺激しないためだ。
近づいていく度に、未確認機の正体が明確になっていく。
それは、スルーズ空軍の輸送機C-27Jスパルタンだった。
「認識しました。B国の電子偵察機1機です」
しかしミミは、外見とは全く異なる情報を報告した。
このスパルタンは、今回の実習の仮想敵役を務めているのだ。
『おっ、来たな。今のあたし達は悪役だからな。悪役らしく振る舞わねーと……わっははははは! よくぞここまで来たな! だがこのリンドブラード・エクスプレスは誰にも止められないぞ!』
『……姉さん、領空侵犯機はそんな事言わない』
乗っているのは、どうやらリンドブラード三姉妹。会話しているのは長女のアリスと次女のベルタだろう。
『こちらピース・アイ。領空まであと僅かです。通告を実施してください』
「了解。通告を実施します」
ミミはすぐに、無線の周波数を切り替えた。国際緊急周波数という世界共通の周波数だ。
「ツルギ、お願いします」
「B国機に通告する。こちらはスルーズ王国空軍。現在貴機はスルーズの領空に接近している。ただちに進路を転進せよ」
ツルギは、仮想敵たるスパルタンに呼びかける。
『え、その声はもしかしてツルギ様!? なんでツルギ様がミラージュに乗ってるの!?』
だが、そんな末妹カローネの声がするだけでスパルタンの動きに変化はない。
「繰り返す。現在貴機はスルーズの領空に接近している。ただちに進路を転進せよ」
繰り返すが、やはり変化はない。
『ツルギ様ーっ! 見えるー?』
『こ、こらやめろカローネ!』
『よしなさいカローネ。今は実習中よ』
カローネらしき人影がコックピットの近くで手を振っているのが見えるだけだ。
「……こちらアイス1、対象機の行動に変化なし。写真撮影を実施する」
ツルギは三姉妹の行動に呆れつつも、予め持ち込んで置いたデジタルカメラを取り出した。
そして、スパルタンの姿を撮影する。ディスプレイがあるデジタルカメラなら、ヘルメットを被ったままでも撮影に支障をきたさない。
そのまま、監視を続ける。
スパルタンは未だ、進路を変えない。
『目標、領空に侵入しました! 警告を開始してください!』
ピース・アイが、スパルタンの領空進入を告げた。
「了解、警告を開始します」
「警告! 警告! 貴機はスルーズの領空を侵犯している! 繰り返す、貴機はスルーズの領空を侵犯している! 指示に従え! 指示に従え!」
ツルギが警告すると同時に、ミミ機は翼を左右に何度も振り始めた。指示に従えという意味の合図だ。
これに相手も翼を振って答えれば、指示に従う意志を示した事になるが、スパルタンはそのような動きを見せない。
『ツルギ様の指示なら、喜んで従い――』
『へへん、そんなものに従うもんか! 進路を変えられるもんなら変えてみろー!』
『……2人共、領空侵犯機はそんな事言わない』
リンドブラード三姉妹の反応は面白いと言えば面白いが、真面目にやっているツルギとしては呆れるばかりだ。
「……こちらアイス1、対象機の行動に変化なし。ミサイルによる警告を上申する」
『ピース・アイ、了解しました。ミサイルによる警告を許可します』
ピース・アイからミサイル使用の許可が下りた。
これは、まさに銃口を突き付けるようなもので、領空侵犯に対する最後の手段だ。
「アイス1、了解。フィンガー、頼みます」
『了解、姫様! アイス2、マスターアームオン!』
「これより貴機をロックオンします!」
ミミが通告すると、フィンガー機がミサイルでスパルタンをロックオンする。
『うぉあー! やーらーれーたー!』
『カローネも、ツルギ様にハートを撃ち抜かれちゃったー!』
『……2人共、いい加減にして。そもそもまだ撃ってないわよ』
無線でロックオン警報音と三姉妹の声が聞こえる。
すると、スパルタンは遂に進路を変更した。
「ピース・アイへ。目標が進路を変更しました」
『こちらでも把握しました。アイスチーム、そのまま監視を続けてください』
「了解」
2機のミラージュは、スパルタンの後を追ってしばらく監視を続ける。領空から離れるまで、油断はできない。
そのまましばし監視を続ける。
スパルタンは進路を変える事なく、領空を離れていく。
そして。
『目標、領空外への離脱を確認しました。アイスチーム、任務完了です! やりましたね! さすがは生徒会長です!』
ピース・アイが、普段のラジオパーソナリティのような調子に戻って声を上げた。
「……ふう」
何事もなく無事に実習を終わらせる事ができ、ツルギは胸をなで下ろした。
『ですが、少し発進が遅れたのが気になりましたね。やはり、障害者のツルギが素早く発進するのは簡単な事ではないのでしょうか?』
だが、ピース・アイのその一言が、胸に突き刺さった。
「そう! このジャップ、姫様の手を煩わせるなんて――」
「そうではないと言われれば嘘になります。ですがそれでツルギを責めるのはお門違いですよ」
『あっいえ、ちょっと聞いてみたかっただけで。別に悪気はなかったんですよ……』
ミミがフィンガーの返事に口を挟むと、ピース・アイはすぐに謝罪した。
「ならいいです。フィンガー、少しは口を慎みなさい」
「わ、私は本当の事を言おうとしたまでで――!」
「なら事実を捻じ曲げないでください。私はツルギに手を煩わされてなどいません。これは自分で買った苦労なのですから」
そして、フィンガーに注意するミミ。
いくらミミが味方してくれるとは言っても、ツルギにとってそのやり取りは心地いいものではなかった。
責められようがなかろうが、自分が障害者という事で特別扱いされている事に変わりはないのだから。
『では、今日のフライトは終了ですね』
「了解。アイスチーム、これより帰還します」
『わかりました。ではこちらも通信を切りますね。それでは姫様、また次回のフライトでお会いしましょう! さようならー!』
そして、ピース・アイからの通信が切れると、2機のミラージュは帰路についた。




