セクション11:メーデー!
「わっ!?」
驚いたストームは、慌てて操縦桿を倒し回避。
ウィ・ハブ・コントロール号は、ミミ機のすぐ横を通り過ぎる形となった。
ミミが最初からこのつもりで、一瞬機体を水平にしたのは明白だった。追い越させれば、一瞬で攻守は逆転する。
「撃たれる! 切り返せ!」
ツルギの指示に答えて、すぐさま急旋回で応えるストーム。
ツルギはすぐに、背後を確認した。
だがそこに、ミミ機の姿はない。
「いない……!?」
慌てて周囲を確認するが、やはり見当たらない。
あの状況で、背後を取るのをあきらめたはずがない。無尾翼デルタ翼のミラージュは低速飛行に強く、かなり低速度まで粘れるはずなのだ。
そんな時、突如警報が鳴り響いた。ロックオンされている。
『ブラスト1、6時方向注意! 回避を!』
ラームの呼びかけは、相手が背後にいる事を証明していた。
ロックオン警報が、ミサイル警報へと変わる。
ツルギはすぐさまフレアを発射。そしてストームが急旋回を行って回避する。
『外しましたか――っ!』
ミミが悔しそうにつぶやく声が聞こえた。
背後を確認すると、ラームの警告通りミミ機の姿があった。
一度ウィ・ハブ・コントロール号の視界から消えて、油断を誘ったのだ。
「く、後ろにつかれてる!」
「だったら!」
ストームは姿勢を水平にすると、アフターバーナーを点火し加速させる。
「こっちは『ダブル・インメルマン』! 行くよツルギ!」
そして、思いきり操縦桿を引いて機首を上げた。
ウィ・ハブ・コントロール号は、翼をヴェイパーに包みながら、宙返りを始めた。
「ぐ――!」
全身に、今までの比ではないGがかかる。
血が急激に下がり、視界がグレーアウトしていく。
『Over G! Over G!』
警告音が鳴る。ストームが本気を出している証拠だ。
ツルギもそれに、全力で耐えるしかない。
視界がどんどん閉ざされていき、意識も遠ざかっていく。
それに対抗するには、力ずくで押さえ込むしかない。
ウィ・ハブ・コントロール号は、宙返りの頂点に達すると姿勢を水平に戻し、もう一度宙返りに入る。
一瞬Gが緩んだ隙に息継ぎをし、再び息むツルギ。
『Over G! Over G!』
再び鳴る警告音。
いくら特殊なGスーツを着ていても、ストーム得意のオーバーG機動では、僅かでも力を緩める事は許されない。
まるで素潜りをしているような感覚だ。息むのを緩めれば、それが即意識の喪失に直結する。
「――っ!」
S字型の宙返りの頂点に達した時、ツルギはミミ機の位置を確認した。
『くっ、さすがアクロバットばかりしているだけありますね……!』
案の定、ミミ機は追う事ができず、ウィ・ハブ・コントロール号の下方で降下していた。ダブル・インメルマンは、エンジンパワーの低いミラージュでは真似できない。
「はあ、はあ、はあ――よし、もらったっ!」
ストームがなぜか息切れしている。
それを気にする間もなく、ツルギの体は再びGに襲われた。
ウィ・ハブ・コントロール号が、ミミ機めがけて急降下する。
ミミも気付いたらしく、すぐに旋回して逃げようとするが、勢いのついたウィ・ハブ・コントロール号から逃れる事は不可能だった。
あっという間に間合いが詰まる。
照準器が、ミミ機に重なった。
後はトリガーを引くのみ――
「これで――うっ」
だったのだが。
急にストームの頭がふらついたと思うと、ウィ・ハブ・コントロール号の姿勢も合わせてふらつき、ミミ機を前にして姿勢を崩した。
そのまま、機体はゆっくりと落ちながら回り始めた。まるで、崖から落ちた人間のように力なく。
「お、おいストーム!? どうした!?」
ツルギは呼びかけるが、返事がない。
その頭は、力なくうつむいている。その顔色をうかがい知る事はできないが、どう見ても気を失っているようにしか見えなかった。
まさか、Gロック?
そんなはずはない。並の候補生以上に耐G能力があるストームが、Gロックするはずがない。
なら、一体何が――?
「ストーム! 返事をしろ! ストームッ!」
呼びかけている間にも、高度計の針は反時計回りに回り続ける。
ウィ・ハブ・コントロール号は、力なく回りながら雲の海へと吸い込まれていく。
手で叩こうにも、後席からは前席に手が届かない。
自分で操縦しようにも、下半身不随で操縦能力を失っているツルギにはできない。
ストームが目を覚まさなければ、ウィ・ハブ・コントロール号は大西洋へと真っ逆さま墜落する事になる――!
『ツルギ君、どうしたの!?』
『何があったのです!?』
ラームやミミも、ウィ・ハブ・コントロール号の状況に気付いたらしい。
『どうしましたブラスト1? 高度が落ちていますよ! 状況を報告してください!』
ピース・アイが、早くも異変に気付いた。
こうなったらもう、状況を報告する以外に選択肢はなかった。
「こちらブラスト1! 異常発生! 異常発生! 異常発生! ストームが急に意識を失った! 姿勢を立て直せない!」
『何だって!?』
その報告を聞いて、声を裏返すバズ。
ミミやラームも言葉を失った。
『じ、実習中止! 実習中止です! ブラスト1、直ちに脱出を!』
息を呑んだピース・アイが、脱出を催促する。
彼女の言う通り、この状況が回復できなければ、脱出するしかない。
だが、ストームを見捨てて自分だけ脱出するのか?
それでは、あの事故の繰り返しだ。それだけは、絶対に嫌だった。
尚も迫ってくる雲の海。それを突き抜ければ大西洋だ。
「ストーム! 目を覚ましてくれ! ストームッ! ストームッ!」
何度呼びかけても、やはり返事がない。
このまま、自分は何もできずに海へ落ちてしまうのか――?




