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セクション08:ツルギとラームの将棋対決

 待機室は、アラートハンガーと呼ばれる緊急発進(スクランブル)用の戦闘機を格納する格納庫の隣にある。

 中はそれなりに広く、中央にある大きなテーブルを囲んで広々とくつろげるようになっている。

 そんな待機室で、ツルギ達はフライトスーツに耐Gスーツ、ライフプリザーバーと飛行に必要な装備を全て身に着けた上でアラート待機についていた。

「うーん……」

 そんなツルギは、テーブルの中央に置かれた将棋盤の前で悩んでいた。

 その駒の配置は、いつもしている詰将棋のように駒の一部を並べたものではなく、駒全てを配置した対局のものだ。

 ツルギの王将は侵入された相手の駒にじりじりと肉薄され、まさに追い詰められている状態だった。

 周辺の味方は既に機能せず、ここ数手は王が逃げ回ってばかり。このまま行けば、ツルギの敗北は誰の目にも明らかだった。

 強い。

 チェスをやっていたとはいえ、ラームは将棋初心者のはず。なのになぜここまで強いのか。詰将棋ばかりやって対局をほとんどしていなかったからなのか、それとも単に実習に対する緊張がほぐれていないだけなのか。

「さあツルギ君、次の手は?」

 どこか余裕そうに笑みを浮かべ、次の一手を催促する相手のラーム。

「うーん、こりゃ勝ったな」

 将棋盤を見て他人事のようにつぶやくバズ。

「あきらめるな! がんばれ我が息子よ!」

 そして、ツルギを応援するのは、共に待機している整備士のゼノビア。

「ふう……」

 そしてストームはと言うと、どこか辛そうにソファに背を預けておとなしくしていた。

 静寂が、待機室を包む。

 時計の秒針が動く音だけが、時が流れている事を告げている。

「仕方がない」

 覚悟を決めたツルギは、王を動かして相手の駒から逃れる。とうとう盤の隅に追い込まれた。

 すぐさま、ラームは待ってましたとばかりに自らの持ち駒を王の正面に置く。

 それが、ツルギ対ラームの対局が決した瞬間だった。

「チェックメイト! 私の勝ち!」

 堂々と勝利宣言をするラーム。

「やったなラーム! 経験者のツルギを初戦で負かすなんてさ!」

「はい! チェスと基本は同じでしたから、基本を覚えれば簡単でした!」

「そりゃすげえな! グッジョブだグッジョブだ!」

 そして、褒めたバズに頭を撫でられ、頬を赤らめている。

 とても喜んでいるラームを見たのは初めてだとは思ったが。

「あの、喜んでる所悪いんだけど――」

 申し訳ないと思いつつも、ツルギは喜んでいるラームに声をかけた。

「どうしたの?」

「ラーム、『打ち歩詰め』は反則負けだぞ?」

「……え!?」

 途端、場の空気が一転した。

 王の前に置かれた駒は、歩兵(ふひょう)。それを最後の一手として打ち詰める事は、将棋のルールでは『打ち歩詰め』として反則負けになるのだ。

「しかも、『二歩』になってるし」

「……ええ!?」

 しかもラームは、歩を置いた列に別の歩を既に置いている。これもまた『二歩』という反則になる。初歩的ながらプロでも犯しやすい反則だ。

 信じられない、とばかりにラームは左目を見開き、立ち上がって駒の配置を確認する。

「そ、そんな! 私どうしてこんな事――!」

 そして自分のミスを知った途端、力なくソファに崩れ落ち、勝てる状況だったのに、とうなだれ始めた。

「ぶ――あっははははははは! 凡ミスで反則負けかよ! こりゃ傑作だ!」

 途端、耐え切れなくなったのか大笑いし始めるバズ。

「に――兄さんっ! 人の失敗を笑うなんてひどいですーっ! 見損ないましたーっ!」

 余程悔しいのか、そんなバズの広い胸をぽかぽかと両手で叩くラーム。

 とはいえ、ラームの拳にそれほど力はなく、屈強な体を持つバズはあまり痛く感じていなさそうだった。

「いや、悪い悪い。あまりにおかしかったからさ。でもこれで覚えられたじゃねえか、その、『ウチフヅメ』とか『ニフ』とかが反則になるってさ」

「それは、そうですけど……っ!」

「しかし、ラームも凡ミスってするんだな。ま、そういう所があった方がかわいいから気にすんな」

 バズがそう言って再びラームの頭を撫でると、ラームは途端におとなしくなった。

「そ、そういうのは、反則です……」

 頬を赤く染めたラームは、拗ねるように目を逸らしてつぶやいた。

「ともあれ、これで将棋の師匠としての面目は保たれたわね、我が息子よ!」

「ええ、まあ、そうですけど……」

 息子の勝利を喜ぶゼノビアに対し、苦笑いで答えるツルギ。

 ツルギは辛くも、相手の反則で命拾いした。

 しかし、これではどうも後味が悪い。何せ相手は将棋の初心者なのだ。

 初心者だからと気遣いすぎたのがまずかったか。こうなるならプロのようにどう動かしても勝てないを気付いた時点で投了するべきだったと後悔した。

 ちなみに投了とは、将棋における降参の事である。

「もう1回、やる?」

 一応、聞いてみる。

 すると、ラームはすぐさま反応し、

「やらせて! 次は反則なんかで負けないから!」

 と、やる気満々の態度を見せた。

 何があったのかはわからないけど、意外と負けず嫌いなんだな。

 そう思いつつ、駒を再び将棋盤に並べ直す。

「ストームちゃん、何かおとなしいね? ツルギの将棋に興味ないの?」

「え? ううん、そんな事ないよ?」

 その間、ゼノビアがストームと、そんなやり取りをしていた。

 やはりゼノビアも、ストームがいつもと違う事を気にしているらしい。

 今日は朝からというものの、全く絡んで来ない。いつものように急に抱きついて来る事も、強引にキスしてくる事もない。

 やっぱり何かあったんじゃないのか、と気になり出した、その時。

 じりりりりり、と甲高いベルの音が突然鳴り響いた。

「っ!?」

 途端、一同は将棋の事を一瞬で忘れ、反射的に席を立っていた。

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