表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/68

セクション06:退学の危機に

 バスが学園に着いた頃には、既に空は暗くなり始めていた。

 しかし空は相変わらず曇っているため、茜色の夕焼け空は見えない。

 バスから降りると、冷たい風が降りた一同の頬を撫でた。

「ひどいよ、ひどいよあんなの……! 危ないからって退学させるなんて……!」

 悔しそうに拳を握るストーム。

「まあ、お父様の言い分もわからない事はありませんが……」

 そう言うミミの表情も、重く沈んでいる。隣にいるフィンガーも、言葉は発しないがやはり同じ表情をしている。

「もう僕は、飛べないのかな……?」

 そう思うと、無性に悲しくなってくる。

 ストーム達の励ましでWSO候補生として復帰できたというのに、それが親の判断1つで無に帰されてしまうなんて。

 膝の上で握っていた手が震え出す。

「そんなの、嫌だ……! 僕はもっと飛びたい……飛び続けたい……! それに、みんなとも、離れたくない……っ!」

 気が付くと、涙が流れていた。

 男として恥ずかしい事だが、自分の無力さを感じると、泣かずにはいられなかった。

 声を押し殺す事も限界になり、そのまましゃくり上げ始めるツルギ。

 そんな時。

「大丈夫。そんな事絶対にさせない」

 ストームが、そっと右手を握ってきた。

 顔を上げると、隣にいたストームの顔からは、既に先程の悔しさが消えていた。

「つまり、障害者でもツルギはここでやって行けてるって事を、出張から帰ってくるまでに認めさせればいいんでしょ? なら、いい成績を出してみせればいいんだよ!」

 その空色の瞳には、強い意志が宿っている。父の決意に絶対に屈しないという意志が。

「ストーム……」

「同感です、ストーム。あんな風に言われたからには、お父様を見返すのみです」

 今度は、左隣にいるミミがつぶやいた。

 その碧眼にも、ストームと同じ強い意志が宿っている。

「ツルギ、お父様の言葉に屈してはいけません。私達は、もう子供ではないのですよ。親に自分の事をどうこう言われる筋合いはありません。自分の道は、自分で決めればいいではありませんか」

「ミミ……」

 ストームもミミも、自分の事を応援してくれている。

 それがとても嬉しくて、悔し涙が嬉し涙に変わっていった。

「ごめん、みんな……僕って、男なのに励まされてばかりだな……」

「そんな事はないですよ。男を励ますのは、いつだって女の仕事です」

 手で涙を吹くツルギの顔に、しゃがんだミミが紫色のハンカチを持った手を伸ばす。

 だが、その手を急にストームに鷲掴みにされ、ツルギから離された。

「ちょっと、そんな事したらツルギが嫌がるでしょ!」

「む……!」

 ストームの手を振り払い、すぐさま身構えるミミ。

 そのまま、にらみ合いになる2人。

 ちょっと、こんな時になんで、と慌てるツルギであったが。

「……やめましょう、ストーム」

 意外にも、ミミがあっさりと構えを解いた。

「今はこんな事をしている場合ではありません。ツルギが退学の危機に瀕しているのです。ここは一時休戦して、お互いツルギを救うために手を尽くしましょう」

「……そうだね」

 ストームも、その言葉を聞いて構えを解いた。

 普段仲が悪い2人があっさり手を結んだ事に、ツルギは意外に思いつつも安心した。

「フィンガー、もちろんあなたにも手伝ってもらいますよ」

「は、はいっ! 姫様のためなら、喜んで!」

「私のためではなく、ツルギのためですよ」

 ミミは、隣にいるフィンガーにも呼びかける。

「みんな……ありがとう」

 そう言わずにはいられなかった。

 自分には味方がいる。それだけでとても心強い。

 だから、恐れる事はない。

 親の言葉に不服なら、それに立ち向かえばいい。

 考えを改めさせるのは大変かもしれないが、かと言って何もしなければ何も変わらない。

 自分は今、自分のために戦わなければならないのだ。


     * * *


 翌朝。

 目覚まし時計の音で、ツルギは目を覚ました。

 珍しく、普通に起きられた朝だった。

 だが、最初は何が普通なのかわからなかった。

 陽の光を浴びて頭が回ってくるようになると、それに気付けた。

「そうか、最近いつもストームに起こされてたんだったな……」

 ここ最近は、ストームが起こしに来てその度にキスなど熱烈なアタックをされたので、穏やかに目覚められる日はあまりなかったのだ。

 あれを毎日やられるのは迷惑だったが、いざやらないとなると、少し拍子抜けしてしまった。

 ストームも少しはわかってくれたかな。

 そう思いつつ、ツルギはベッドから車いすへと移った。


 着替えを終え、居間へと移動する。

 そこには、いつものようにストームがいた。

「おはよう、ストーム――」

 普段のように挨拶しかけて、ツルギはストームがいつもと違う事に気付いた。

 なぜか着替えもせずパジャマ姿のままで、テーブルに伏せていたのだ。その顔色には、普段の元気さがないように見えた。

「どうしたんだ、朝から?」

「え? あ、平気平気! ちょっと眠れなかっただけ!」

 ツルギの存在に気付き、どこか慌てた様子で顔を上げて笑むストーム。

「眠れなかった? 悪い夢でも見たのか?」

「ううん、そんな事はないよ! えっと――ほら、何もなくても夜中に急に目が覚めちゃう時ってあるでしょ? それがあっただけ! あはは……そうだ、着替えてこないと!」

 そう言って席を立ち、足早に部屋へと引き返すストームは、何か隠そうとしているような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ