セクション06:退学の危機に
バスが学園に着いた頃には、既に空は暗くなり始めていた。
しかし空は相変わらず曇っているため、茜色の夕焼け空は見えない。
バスから降りると、冷たい風が降りた一同の頬を撫でた。
「ひどいよ、ひどいよあんなの……! 危ないからって退学させるなんて……!」
悔しそうに拳を握るストーム。
「まあ、お父様の言い分もわからない事はありませんが……」
そう言うミミの表情も、重く沈んでいる。隣にいるフィンガーも、言葉は発しないがやはり同じ表情をしている。
「もう僕は、飛べないのかな……?」
そう思うと、無性に悲しくなってくる。
ストーム達の励ましでWSO候補生として復帰できたというのに、それが親の判断1つで無に帰されてしまうなんて。
膝の上で握っていた手が震え出す。
「そんなの、嫌だ……! 僕はもっと飛びたい……飛び続けたい……! それに、みんなとも、離れたくない……っ!」
気が付くと、涙が流れていた。
男として恥ずかしい事だが、自分の無力さを感じると、泣かずにはいられなかった。
声を押し殺す事も限界になり、そのまましゃくり上げ始めるツルギ。
そんな時。
「大丈夫。そんな事絶対にさせない」
ストームが、そっと右手を握ってきた。
顔を上げると、隣にいたストームの顔からは、既に先程の悔しさが消えていた。
「つまり、障害者でもツルギはここでやって行けてるって事を、出張から帰ってくるまでに認めさせればいいんでしょ? なら、いい成績を出してみせればいいんだよ!」
その空色の瞳には、強い意志が宿っている。父の決意に絶対に屈しないという意志が。
「ストーム……」
「同感です、ストーム。あんな風に言われたからには、お父様を見返すのみです」
今度は、左隣にいるミミがつぶやいた。
その碧眼にも、ストームと同じ強い意志が宿っている。
「ツルギ、お父様の言葉に屈してはいけません。私達は、もう子供ではないのですよ。親に自分の事をどうこう言われる筋合いはありません。自分の道は、自分で決めればいいではありませんか」
「ミミ……」
ストームもミミも、自分の事を応援してくれている。
それがとても嬉しくて、悔し涙が嬉し涙に変わっていった。
「ごめん、みんな……僕って、男なのに励まされてばかりだな……」
「そんな事はないですよ。男を励ますのは、いつだって女の仕事です」
手で涙を吹くツルギの顔に、しゃがんだミミが紫色のハンカチを持った手を伸ばす。
だが、その手を急にストームに鷲掴みにされ、ツルギから離された。
「ちょっと、そんな事したらツルギが嫌がるでしょ!」
「む……!」
ストームの手を振り払い、すぐさま身構えるミミ。
そのまま、にらみ合いになる2人。
ちょっと、こんな時になんで、と慌てるツルギであったが。
「……やめましょう、ストーム」
意外にも、ミミがあっさりと構えを解いた。
「今はこんな事をしている場合ではありません。ツルギが退学の危機に瀕しているのです。ここは一時休戦して、お互いツルギを救うために手を尽くしましょう」
「……そうだね」
ストームも、その言葉を聞いて構えを解いた。
普段仲が悪い2人があっさり手を結んだ事に、ツルギは意外に思いつつも安心した。
「フィンガー、もちろんあなたにも手伝ってもらいますよ」
「は、はいっ! 姫様のためなら、喜んで!」
「私のためではなく、ツルギのためですよ」
ミミは、隣にいるフィンガーにも呼びかける。
「みんな……ありがとう」
そう言わずにはいられなかった。
自分には味方がいる。それだけでとても心強い。
だから、恐れる事はない。
親の言葉に不服なら、それに立ち向かえばいい。
考えを改めさせるのは大変かもしれないが、かと言って何もしなければ何も変わらない。
自分は今、自分のために戦わなければならないのだ。
* * *
翌朝。
目覚まし時計の音で、ツルギは目を覚ました。
珍しく、普通に起きられた朝だった。
だが、最初は何が普通なのかわからなかった。
陽の光を浴びて頭が回ってくるようになると、それに気付けた。
「そうか、最近いつもストームに起こされてたんだったな……」
ここ最近は、ストームが起こしに来てその度にキスなど熱烈なアタックをされたので、穏やかに目覚められる日はあまりなかったのだ。
あれを毎日やられるのは迷惑だったが、いざやらないとなると、少し拍子抜けしてしまった。
ストームも少しはわかってくれたかな。
そう思いつつ、ツルギはベッドから車いすへと移った。
着替えを終え、居間へと移動する。
そこには、いつものようにストームがいた。
「おはよう、ストーム――」
普段のように挨拶しかけて、ツルギはストームがいつもと違う事に気付いた。
なぜか着替えもせずパジャマ姿のままで、テーブルに伏せていたのだ。その顔色には、普段の元気さがないように見えた。
「どうしたんだ、朝から?」
「え? あ、平気平気! ちょっと眠れなかっただけ!」
ツルギの存在に気付き、どこか慌てた様子で顔を上げて笑むストーム。
「眠れなかった? 悪い夢でも見たのか?」
「ううん、そんな事はないよ! えっと――ほら、何もなくても夜中に急に目が覚めちゃう時ってあるでしょ? それがあっただけ! あはは……そうだ、着替えてこないと!」
そう言って席を立ち、足早に部屋へと引き返すストームは、何か隠そうとしているような気がした。




