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セクション04:最悪な面会

 気まずい。とにかく気まずい。

 向かい側に座る父は、不愉快そうに腕を組んで目を閉じたまま無言を保っている。

 こんな状態が続いて数分間。

 レトロな音楽が流れる中、ツルギは自分から話を切り出せなかった。

 そんな空気の悪い沈黙を破ったのは、コーヒーを運んできた第三者だった。

「その制服は、空軍航空学園のものだね?」

 父よりやや若いくらいの年齢のウェイターが、そんな事をツルギに聞いてきた。

「いや、私の娘も同じ学園にいるんでね。まあ、ここと反対側のエリスにある分校に通っているのだけれど。君と同じくらいの年なのに子供のようにかわいい娘だから、もし会ったら仲良くしてやってくれ」

 そう言った後、ウェイターは去って行った。

 あのウェイターの娘も学園の生徒だというが、ツルギには心当たりがない。エリス分校の生徒というからには、顔もわからない彼女に恐らく会う事はないだろう。

 そう思っていると。

「(……ガイ、なぜ父さんに黙って戦闘機科のWSO候補生になった? これも軍の命令なのか?)」

 父が、ようやく口を開いた。もちろん日本語で。

 ツルギもすぐに、日本語で答えた。

「ごめん、父さん。いろいろあって報告するのが遅れちゃったけど、自分で決めた事なんだ」

「……んん?」

 父が、コーヒーカップに伸ばそうとした手を止めた。

「確かに、最初は上に言われるがままに復学しただけだった。でも、復学してから僕はいい仲間と出会ったんだ。みんな僕の事を応援してくれて、支えてくれて、こんな僕にもできる事があるって気付かせてくれたんだ。だから僕は、もう1回がんばる事にしたんだ。僕自身の夢のために」

 ツルギはできるだけ、自信を持って答えようとした。そうすれば、父も少しは納得してくれるだろうと思って。

 だが、父の態度は相変わらず変わらない。

「その1人が、あのストームとかいう柄の悪い女子なのか?」

「いや、確かに見た目はそう見えるかもしれないけど、根はいい人なんだよ」

「信用できないな、あの女子は。他の仲間達がどんな人なのかは知らないが、少なくともあの女子は問題児にしか見えない」

 そう言われると、反論ができない。

 確かにストームには問題行動も多く、それにツルギも何度も振り回されたのだ。

 それでも――

「でも実力は確かだし、夢の事なら誰にも負けない情熱を持ってる。僕にとって信用できるパートナーなんだ!」

「……そうか。ガイが自分で決めた事だという事はわかった」

 そう言いながら、コーヒーを口に運ぶ父。

 これで受け入れてもらえただろうか、とツルギは淡い期待を抱いたが。

「だが、それでも認めないぞ、父さんは」

 その期待は、カップを置いて顔を上げた父の冷たい視線によって、儚くも崩れ去った。

 全身に悪寒が走る。

 それは、これから何か嫌な事を言われると本能的に告げていた。

「はっきり言わせてもらう。次の出張から戻ったら、お前を退学させる」

「え――!?」

 一方的な宣告に、ツルギは言葉を失った。

「退学って、どうして――!?」

「ガイ、戦闘機のコックピットはお前がいるべき場所じゃない。飛行機って乗り物はお前のような障害者が扱える乗り物じゃないんだ。今のお前は、その現実を受け入れていない。足が折れてもまだ走り続けるような事をしている」

「そ、そんな事はない! 復学してから今まで、うまくやれているし――」

 遠回しに夢を否定され、思わず反論するツルギ。

「うまくやれている? この間も嵐の日に仲間を助けるために飛んで、無理な横風着陸をしようとして着陸事故を起こしたそうじゃないか」

「う、どうして、それを――!?」

 ツルギは驚いた。行方不明になったストームを助けるために嵐の中を飛び、自身はハードランディングをしつつもストームを助けた事件の事を父が知っていた事に。

 確かにニュースにはなっただろうが、パイロットの名前までは報道されなかったはずだ。一体どこで、その情報を仕入れたのだろうか。

「お前は一度ならず、二度も事故を起こした。それがお前の限界だ。これ以上続けたら、間違いなく死ぬぞ。手に余る夢を抱いて助かった命を粗末にするなんて事は、あってはならない。お前は普通の高校生になって、助かった命のありがたさを噛みしめるべきだ」

「そ、そんな理由で、夢をあきらめろって言うのか?」

 言い方こそ違うが、ツルギは父の発言にフロスティと似たものを感じた。

 その言い方に納得がいかず、ツルギは反論を続ける。

「仲間達だけじゃない、教官だって僕の事を認めてくれたんだ! どんな困難があっても、自分の感覚を信じて選び行動すれば未来は開けるって!」

「それは軍にたぶらかされているだけだ、ガイ」

 かつてファングが教えてくれた言葉さえ、父は軽く一蹴する。

「た、たぶらかされているって……!」

「欧米では障害者を『神から特別な試練を与えられた者』として特別扱いするが、所詮は障害者だ。できない事は何をどうやってもできない。できるのは工夫して補う事だけだ。いい加減、それに気付け。そういう意味でも、お前をこれ以上航空学園に通わせる訳にはいかない。できるなら、すぐ家に呼び戻したいくらいだ」

「そんなの……そんなの、嫌だ……!」

 父の言葉に、これほど反感を抱いたのは久しぶりだった。

 手が自然と握り拳になる。

「できる事が限られてるなんて、そんな事ない! 僕はまだ、飛べるんだ!」

「ガイ、なぜそこまで危険な世界に戻ろうとする?」

 父が僅かに顔を歪めた。

「いいか、お前は障害者なんだぞ? 真っ当な人間と違ってできる事が限られているんだぞ? そこまでして危険な橋を渡っても、百害あって一利なしだ!」

「障害者だからって、できないって決め付けないでくれ! 僕は父さんが思ってる以上に、学園でうまくやれているんだ! こっちの事情も知らないで、勝手な事言うな!」

 両者の声が強みを増し、客の視線が集まり始める。もっとも、日本語で話しているので何を話しているのか理解している人はいないだろう。

「ガイッ!」

 我慢できない、とばかりに父が声を上げた直後、ツルギの頬に強い衝撃が走った。

 少し遅れて、頬にひりひりとした痛みを感じ始める。

 父にぶたれたのは、偉く久しぶりの出来事のように感じた。

「自惚れるのもいい加減にしろ! そうしていると、いつか必ず自滅するぞ!」

 いつの間にか父は席を立っていて、店の雰囲気をはばからずに怒鳴り声を上げた。

 自分が、自惚れている?

 ただ、学園でうまくやれているから大丈夫って事を伝えただけなのに?

 そう思うと、怒りがさらに増してきた。

「自惚れてなんかない……! 僕はできるってわかってるから、やってるだけなんだ……!」

「そういうのを自惚れると言うんだ!」

「障害者が自信を持っちゃいけないって言うのか、父さんは!」

「お前のは立派な自信過剰だ!」

「僕は自信過剰な人間になった覚えなんかない!」

「くっ――!」

 歯噛みした父は、再び右手を振り上げる。

 またぶたれる。ツルギは反射的に目を閉じた。

 だがその時、突如として鈍い音がした。

「ぐは――っ!?」

 痛みを感じない代わりに聞こえたのは、おかしな父の声。

 何が起きたのかと思って目を開けてみると、そこには何者かに右手を掴まれ、右頬に拳を押し当てられている父の姿が。

 思わぬ形で父を押さえ込んだのは――

「ツルギをぶった奴は、あたしが殴り返してやるまで!」

 外で待っていたはずの、ストームだった。

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