セクション03:ついて来たストーム
「えへへ、『学園の青い嵐』登場! ってね!」
ストームは得意げにウインクすると、ツルギの背後に回った。もちろん、車いすのハンドルを握るためだ。
「まさか、さっきからずっと後つけていたの、ストームだったのか!?」
「当たりー」
得意げな笑みを浮かべるストームの返答を聞いて、ツルギは先程感じていた視線が気のせいではなかったと確信した。
「な、なんでそんな事したんだ!」
「だって、ツルギがピンチの時に颯爽と現れた方がかっこいいでしょ?」
「何がかっこいいだ! ストームのやった事はストーカーまがいだぞ! ストーカーまがい!」
「それに言ったじゃない、あたしがいれば万が一の時でも安心って」
「う……」
そう言われると、反論ができない。
もしここで地図を失っていたら、目的地に行けるかどうかもわからなくなっていたのだ。ストームは純粋な善意でここに来たのであって、決して悪気があった訳ではない。
「まあ、地図を拾ってくれた事は、感謝するよ……ありがとう」
「どういたしまして! じゃ、行くよ! この地図にある場所に行けばいいんだね?」
早速、ストームは車いすを押し始めた。ツルギを送り届ける気満々のようだ。
こうなってしまったら、もうストームを止める事はできない。
「はあ、しょうがないな……」
ツルギは仕方なく、この状況を受け入れるしかなかった。
そして、なぜか背後から感じる視線はなくなっていないような気がした。
街を歩いている間、ストームはずっと街並みを興味深そうに見回していた。
そして、何か面白そうなものを見つけてはツルギに声をかけ、他愛もない会話を繰り返す。
遊びに行ってるんじゃないんだから、とは思いつつも、ストームの気持ちはわからなくもなかった。
まず、学園の生徒は滅多やたらにファインズ市へは出ない。そもそも基地内にはショッピングモールや映画館などの施設が充分揃っており、街に出る必要がないからだ。
何よりストームは、ファインズ分校に来て間もない4年生だ。ファインズ市の街並みが珍しいのもうなずける。
そんなストームの相手をしながら、街並みを進んでいく。
その間、ツルギはここに来た目的の事を少しだけ忘れる事ができたのだが。
「そうだツルギ。ツルギのパパって、どういう人なの?」
ストームのその質問で、現実に引き戻された。
冷たい風が、ツルギの頬を撫でる。
「……どうしてそんな事聞くんだ?」
「普通に気になっただけ」
ツルギは一瞬答えようか迷ったが、聞かれた質問に答えない訳にはいかず、口を開いた。
「まあ一言で言えば、僕よりずっと活動的で、飛行機好きな人」
「飛行機好きって事は、パイロット?」
「いや、パイロットじゃない。世界中を飛び回るビジネスマンだよ。あちこちでいろんな飛行機を写真や動画に撮ってブログにアップしてるだけの、見るのが好きなだけの人なんだ。だから、僕が学園に入ってパイロットになりたいって言った時には驚かれたよ」
「もしかして、仲悪いの?」
「そこは、どうだろう……別に特段仲がいい訳でも悪い訳でもないって思ってるけど」
「ふーん……」
そんなやり取りをしていた時、ツルギはネットで見た目的地の看板を見つけた。
「見えた、あそこだ」
話している内に、2人は目的地のすぐ近くにまで来ていた。
「ここが『カフェ・ブリーズ』か……」
ストームが看板を見上げてつぶやいた。
そよ風という意味の名を持つこの店は、レトロな雰囲気を持つ喫茶店だった。
そこまで有名な店ではないようで、客はそれほど多くない。しかし、ちゃんと車いす用のスロープがある事はツルギにとって嬉しい点だ。
この店の中に、父がいる。
そう思うと、ツルギは思わず息を呑んだ。
「ツルギのパパって、どこにいるのかな?」
「……ストーム、ここまで送ってくれてありがとう。後は僕1人で行く」
店の中を覗き込むストームに、ツルギは覚悟を決めてそう告げた。
「えっ、ここまで来てあたしお払い箱? あたしも行く!」
ここまで来たなら一緒に入って当たり前と言わんばかりに反論するストーム。
「ダメだ! さすがにこれ以上は譲れない! 出る時も言っただろ! ストームを連れてきたら、絶対話がこじれるって!」
「でも、ツルギ何だかさっきから入りたくなさそうな顔してるよ!」
「えっ!?」
自らの胸の内を読まれていた事に、動揺するツルギ。
「怖いんでしょ? パパに会う事」
急にストームがツルギに顔を近づけた。
その声も表情も優しく緩んでおり、不覚にも胸が高鳴ってしまう。
「いや、別に、そういう訳じゃ――」
思わず目を逸らし、言葉を濁らせる。
「でも大丈夫。2人で行けば、怖いものなんてないでしょ?」
だがストームはあろう事か、背後からツルギにそっと抱き着いてきた。
柔らかな胸の感触が背中から伝わり、ツルギの心拍数を加速させる。
「うわっ!? こ、こら、ストームッ!」
「だから一緒に行こうよ。ね?」
「い、いいから、離れてくれっ! こ、こんな所で抱きつくのはよくないって!」
動揺のあまり腕をじたばたさせるツルギだが、ストームは離れる気配がない。
周囲の視線が集まり出した事が気になり始め、どうしようか考えていた、その時。
「(ガ、ガイ!?)」
突然自分の本名を呼ばれ、ツルギは我に返った。
見ると、正面には見慣れた初老の男性が立っていた。その顔付きと肌の色から、すぐにツルギと同じアジア人だとわかる。
ストームとツルギの様子を見て目を丸くしている彼は、その手に持っていた鞄を力なく落としていた。
「(と、父さん!?)」
「(だ、誰なんだその女子は!? 一体2人で何をしている!?)」
ストームを指差して日本語で問いかけた男は、間違いなくツルギの父であった。
まずい。一番恐れていた事が現実になってしまった。恥ずかしさのあまり逃げ出したい思いに駆られるツルギ。
「(あ、いや、こ、これは、その――)」
「え、何? もしかしてツルギのパパ?」
ストームも男に気付いたらしく、ようやくツルギから離れた。
そしてあろう事か、父の前で堂々と英語で名乗り始めた。
「初めまして、ツルギのパパ! あたしはストーム! 人呼んで『学園の青い嵐』! そしてツルギの――」
「ま、待て! 言うなストームッ!」
ここで恋人と名乗られたらもっとややこしくなると、慌てて止めるツルギ。
そんな時、父はゆっくりとツルギの前に歩み寄ってきた。
「(事情は大体わかった。詳しい話は中で聞かせてもらうぞ、ガイ)」
何かをこらえているようなその表情は、明らかに怒っている。
そんな父ににらまれたツルギは、蛇ににらまれた蛙と化した。
「(は、はい……)」
反論すると火に油を注ぐ事になりかねないと直感したツルギは、ただ従うしかなかった。
父はストームを一瞥すると車いすのハンドルを握り、カフェ・ブリーズへと押し始める。
「あっ、あたしも――」
「君はここにいなさい! 私は息子に用があって来たんだ! 見知らぬ君を呼んだ覚えはない!」
ついて来ようとするストームをも一蹴する怒鳴り声。怒り心頭なのは誰の目にも明らかだ。
この状況をどうやって説明してなだめようか考えるだけで、不安が止まらない。
かくして父との面会は、最悪の形で幕を開けてしまった。




