セクション02:1人で行く
「えっ、ツルギ1人で行くの?」
授業終了後。
部屋でツルギの予定を聞いたストームは、驚いて目を丸くした。
「ああ。だからストームは留守番しててくれ」
「あたしも行く! ツルギのパパに会いに行くんでしょ?」
「ダメだ。ストームは日本語がわからないだろ?」
案の定食いついてきたストームを、ツルギは身支度をしつつたしなめる。
途端、う、と黙り込むストーム。
生粋のスルーズ人であるストームには、日本語がわからない。
ツルギは英語圏であるスルーズに移住した後も、家族同士では日本語を使っている。
その中にストームが入っても、家族同士で何を話しているのかは理解できない。
「だ、大丈夫だよ! ツルギのパパだって、英語喋れるんでしょ?」
それでもストームは食いついてくる。
だが、ツルギに譲る気はなかった。
「それに、何の予告もなしによその女の子を連れてきたら、絶対話がこじれる」
「あたしはよその女の子なんかじゃないよ! ツルギのパートナーだし、恋人なんだよ!」
「いや、それが問題なんだって……」
そう、一番の理由はそれだ。
ストームの事だ、父の前で間違いなく「ツルギの恋人」と堂々と名乗るに違いない。
ツルギはこれから、真面目な話をしに行くのだ。その場に見知らぬ異性、しかも恋人を連れてきたら、文字通り嵐を呼ぶ事になりかねない。
「ツルギを1人にする方が問題だよ! もしツルギの身に何か起きたらどうするの?」
「大丈夫だって、携帯電話もあるし!」
身支度を整えたツルギは、玄関へと移動する。
だが、ストームも懲りずについて来る。
「もし車いすで行けない場所だったらどうするの?」
「そんな不便な所じゃないから!」
「もし変な奴に絡まれたらどうするの?」
「そんな危ない所でもないから!」
「あたしがいれば万が一の時でも安心だよ?」
ああ、しつこい。
何かを理由をつけようとするストームが鬱陶しく感じたからか、自然と声が強くなった。
「とにかくっ! そんなに長くなる事じゃないし、すぐ帰ってくるから! 間違ってもついて来るなよ!」
玄関を出たツルギは、そう言いながらやや乱暴にドアを閉めた。
ふう、と安心して息を吐いたツルギは、車いすを動かしエレベーターへと向かった。
* * *
バスに乗って、ファインズ市へと出る。
洋上に浮かぶ人工島にある学園から市街地へ向かうには、海にかけられた1本の連絡橋を使うしかない。
連絡橋の出口は検問所になっていて、それが学園と市を切り離す壁になっている。
軍事施設である性格上、当然ながら連絡橋は軍関係者以外の通行が禁止されており、民間人が許可なく通って学園に入る事はできない。たとえ、生徒の保護者であっても。
だから今回のように親に呼び出された時は、こちらから学園を出て向かわなければならないのである。
「ふう……」
空は曇っており、吹く風は少し冷たい。
ファインズ市に着き、バスを降りたツルギは早速地図を取り出す。父に指示された場所をパソコンで調べ、プリントアウトしたものだ。
車いすを動かす事に抵抗があったが、ここまで来て引き返す訳にもいかず、ゆっくりと車いすを進めた。
ファインズ市はスルーズの中では決して大きな都市ではないが、ヨーロッパ風の建物が並ぶ市街地にはそれなりに人が集まっており、通る車の数も決して少なくはない。
地図を頼りに、ツルギは車いすを進めて目的地を目指す。車いすで通れない場所も念入りに確認しながら。
「……」
だがそうしていく中で、妙に気になる事があった。
背後から視線を感じるのだ。それも、街の中を歩いている間ずっと。
何者かに尾行されているのだろうか。
車いすを止めて、振り返る。
人通りの中に、不審そうな人物はどこにもいない。
「いない……」
そうつぶやきながら、正面に向き直り車いすを進める。
だが、やはり気になる。
妙に胸がざわざわする。
再び振り向くが、やはり不審な姿はどこにもない。
少し考えてみる。もしストーキングされているとしたら、誰が、何の目的で――?
だが、すぐに考えるのをやめた。
「僕の考えすぎか……」
そう言い聞かせて、ツルギは再び顔を戻す。
父との対面を前に、緊張しているせいかもしれない。
とにかくリラックスしよう。一度深呼吸をしてから、ツルギは再び車いすを進めた。
「えーと、次はこの道を曲がって――」
交差点に差しかかった所で地図を確かめ、曲がるべき方向を確かめようとした時。
急に風が正面から強く吹いた。
その冷たさに、思わず腕で顔を遮ったツルギだが、風に煽られた地図がその手から離れ、背後へと飛んで行ってしまった。
「あっ!」
慌てて後を追い、方向転換。
だがその間にも、歩道に落ちた地図は風に舞ってツルギから逃げていく。
ツルギはマジックハンドを取り出し、急いで後を追った。
だが、まるで車いすのツルギをせせら笑うかのように風が吹き、地図はツルギと距離を保ったまま逃げていく。
その先には、交差点の車道が。
そこに飛んでしまったら、もはや拾う事はできない。この街に慣れていないツルギにとって、地図を失うと大きな痛手になる。
走る事ができない体がもどかしい。走れたらこんなに手こずる事もないのに。
そう思いつつ追いかけていると、たまたま地図が飛んでいく先に現れた人物が、さっと地図を拾った。
助かった。ツルギはすぐにその人の元へ向かう。
その人も地図がツルギのものと気付いたのか、すぐにツルギへ歩み寄ってくる。
「はい、ツルギ」
「あ、ありがとうござ――」
そう言って地図を受け取り、顔を上げた直後、ツルギはその顔に驚いた。
着ている服は、見慣れた学園の制服。その下からでもわかるほど大きく膨らんだ胸。そして、髪は青いメッシュが入ったセミロング。
その見慣れた姿は、もはや見間違えようがなかった。
「って、ストーム!?」




