セクション01:タイムトライアル
・フライト1までのあらすじ
恋人となったストームの熱烈なスキンシップに戸惑いながらも、仲間達と共に学園生活を送るツルギ。
空中給油後の空戦訓練中、ツルギ達は未知の戦闘機F-20に遭遇。そのパイロットは、以前学園を去ったファングに代わって赴任してきた教官、フロスティであった。
彼から突き付けられた、新たな課題は緊急発進。そして、今度は父からも……?
父と最後に話したのは、学園に復学する直前だった。
「何度も言うが、本当に行くのか? 嫌なら断ってもいいんだぞ?」
父はそう言って、背後から呼び止めてくる。
復学が自分の本意ではないという事に、気付いていたのだろう。
「……ごめん、命令だから」
だが、振り返らずにそう答える事しかできなかった。
悩み抜いても断るという選択肢を選べずに時間切れになってしまったなんて、どうしても親の前では言えなかった。だから復学する理由を聞かれる度に、『命令』と機械的に答えていた。
それでも、親の不安は消えない。
無理もないだろう。自分の子供が若くして事故に巻き込まれ、一生治らない障害を得たのだ。だから復学には、最後まで反対していた。
「大丈夫だよ、父さん。こんな体じゃ、もう戦闘機に乗れる訳ないから」
それじゃ、と片手と上げて挨拶してから、車いすを動かす。
結局親と顔を合わせないまま、自宅を離れる事になった。
そんな息子を、父はどんな思いで見送ったのだろう。
今振り返れば、どうしてもっと気の利いた事を言えなかったのかと思わずにはいられない。
あんな事になったのは、きっとそのしわ寄せだ――
* * *
「はい、それじゃ始めるからみんな準備して! ツルギ、聞こえてる? ツルギー?」
自身を呼ぶゼノビアの声が耳に入り、ツルギは我に返った。
「あ――ごめんなさい、ちょっと考え事してました」
慌てて返事をして、姿勢を正す。
今は考え事なんてしている場合ではなかった。これから始まる練習に集中しなければ。
「ツルギ、大丈夫? 朝からずっと変だよ?」
背後で車いすのハンドルを握るストームが、ツルギの顔を覗き込む。
「いや、何でもない。いいからそっちも準備して」
ツルギは言葉を濁らせて答え、頭の中を切り替える。
隣では、フライトスーツ姿のバズとラームが、徒競走のスタンディングスタートの姿勢を取っている。ツルギとストームも同じくフライトスーツ姿だ。
ここは、格納庫の中。目の前にあるのは、2機のストライクイーグル。
これから行うのは、ちょっとしたタイムトライアルだ。
「では、位置について! よーい!」
ピーッ、とゼノビアが吹くホイッスルの音が響く。
途端、ツルギを除く3人は一斉にアスファルトの地面を蹴って駆け出した。
ツルギの車いすも、ストームに押されて急発進。体が背もたれに押しつけられる。
4人は二手に分かれて、一直線にイーグルを目指す。
ここまでは簡単だ。
ほんの3秒で、イーグルの元に辿り着いて――
「あっ!」
だが、背後でばたり、と何かが倒れる音がした。
振り向くと、アスファルトに倒れたストームが遠ざかっていくのが見えた。
「スト――!」
そう言いかけた直後、車いすに強い衝撃が走った。
車いすは急停止。体が前に飛ばされ、第二の衝撃が体に走る。
痛いと感じる間もなく、ツルギの体は車いすから崩れ落ちた。
一瞬何が起きたのか、ツルギには理解できなかった。
「ツルギ! 大丈夫?」
その時、誰かに体を起こされた。
体を仰向けにされた事で、その人がストームだという事に気付いた。
近くにイーグルにかけられたはしごが見えた事で、状況が理解できた。
「いたたた……押してる時に転ぶなって……」
転んでしまったストームに気を取られた隙に、はしごに衝突してしまったのだ。
とにかく、体が痛い。何せ硬い金属製のはしごに衝突したのだ。一歩間違えていたら死んでたんじゃないかとツルギは本気で思ってしまった。
「はははははは! こりゃ傑作なハプニングだ!」
「兄さん! ここは笑っちゃダメですよ!」
途端、聞こえてくるバズの笑い声と、それを窘めるラームの声が聞こえてきた。
見れば、2人は既に隣のストライクイーグルのコックピットに収まっている。
そうだ、こんな事をしている場合ではない。タイムトライアルはまだ続いているのだ。
駆け寄ってきた整備士達に下半身を支えられつつ、急いではしごを上る。
上った所でストームに素早く抱きかかえられ、コックピットの後席に押し込められる――
「痛っ!」
のだが、ストームが頭をキャノピーにぶつけてしまい、一時停止。
その反動でストームの手が緩み、ツルギは両足が計器盤に引っかかった不自然な姿勢で後席へ落ちてしまう形になった。
「いてっ! 乱暴に入れるなストーム!」
「ごめんごめん!」
慌てて両足を抱えてしっかりとシートに座り、姿勢を整えるツルギ。下半身不随の身では、それだけでも一苦労だ。
何はともあれ、ツルギは無事にシートに座る事ができた。そしてストームも、すぐに前席へと飛び込んだ。
「はい、31秒! さすがにかかりすぎだね……」
ストップウォッチを止めたゼノビアが、経過した時間を告げる。
「やっぱ簡単にはいかないか……」
あはは、と苦笑いするストーム。
だが、当のツルギは苦笑いする事もできなかった。
ある程度予想していた事とはいえ、こんな結果になるとこれが自分に取ってどれだけ難しい事かを思い知らされる。
「これじゃ、緊急発進以前の問題だな……」
そうつぶやいて、はあ、とため息をつく。
「まあ、試しにやってみただけだし、これから対策考えればいいわよ、我が息子よ!」
そんなゼノビアの言葉で立ち直れるほど、ツルギの心中は穏やかではない。
これでは、またフロスティに怒られてしまう。
そして、何より――
「こんなんじゃ、父さんに会わせる顔がない……」
どうして悪い事っていうのは重なってしまうのだろうか、と思わずにはいられなかった。




