セクション13:その男、フロスティ
近くにやってくると、2人のやり取りがはっきり聞こえるようになってきた。
「――全く、貴様という奴はどんな神経をしているのだ。競争心に煽られてドローグを壊すなどと……王女の称号が聞いて呆れる低レベルさだ」
「も、申し訳ありません、教官!」
「覚えておけ。戦場では、冷静さを失った者から先に死んでいくのだと」
やや乱れた黒髪を持つ男は、王女という立場の相手でも容赦ない注意を浴びせている。それは注意というより罵倒にも聞こえ、ファングとは別の意味で厳しい。
ミミはそれに、ただ謝るしかない。
「おお、フロスティ怖え怖え」
背後で誰かの声がした。
見るとそこには、いつの間にかバズの姿があった。隣にはラームもいる。
「あんな奴がファングにフラレるのもわかる気がするぜ」
「……どういう事ですか?」
「知らねえのかラーム? フロスティはファングの元恋人だって噂なんだぜ。でも、ファングは40近くにもなってまだ独身だろ? つまり、そういう事だ」
ラームの疑問に答えるバズ。よく理解できていないのか、ラームは首を傾げていたが。
TACネーム、フロスティ。本名、アーロン・カザモリ。
学園を去ったファングと入れ替わる形で赴任してきた、4-Aクラスの新たな担任教官だ。
ファングと同じ元アメリカ空軍のパイロットだが、その名字からわかる通り、日系のアメリカ人だ。
アメリカ空軍時代はファングとコンビを組み、幾多の実戦を潜り抜けてきたというベテランパイロットで、彼女と共にヘルヴォル社に教官として入ったらしい、とツルギは聞いている。
だが、その性質はファングと正反対だ。
「全く、これだから子供は――」
話が終わり、去っていくミミを見送りながら、1人愚痴るフロスティ。
その氷のように冷たい視線が、こちらに向いた。
「ツルギか。私に何用だ?」
歩み寄ってくるフロスティを前に、ツルギの全身の毛が一瞬逆立った。
どこか数奇な現実を見てきたように冷めた瞳は、明らかに自分を見下している。
この教官は、どうも苦手だ。にらまれる度そう思ってしまう。
「あっ、いえ、その――」
「ご苦労様です、フロスティ教官!」
戸惑うツルギの背後では、バズとラームが慌てて姿勢を正し敬礼していた。
そんな2人を一瞥した後、フロスティは続ける。
「……まあいい。ちょうどこちらも話があった所だ。お前の相棒はどこにいる?」
「あたしならここだよ!」
そこへ、ストームがひょっこりと顔を出した。
途端、フロスティは顔をしかめる。
「ストーム。それが教官に対する物言いか」
「いいじゃない、別に」
「すぐ訂正しろ」
低く威圧するように、フロスティはストームに命令する。
「ファング教官は大目に見てくれたよ?」
「これは命令だ! すぐ訂正しろ!」
放たれた言葉に激情が込められる。
命令という言葉には、さすがのストームも怯んでしまった。
ストームはどうしようか戸惑っている様子だ。
「申し訳ありません、教官。僕が代わりにお詫びします」
気が付くと、ツルギはストームに代わって謝り、頭を下げていた。
場が一瞬、静まり返る。
ゆっくりと顔を上げると、フロスティがまだ冷たくツルギをにらんでいたのが見えた。
「……いいだろう。だがストーム、私の前で二度とその言葉使いをするな」
どうやら、許してくれたようだ。ツルギはほっと胸をなで下ろす。
「さて、本題に入ろう。ストーム、ツルギ。先程のフライトは見ていたぞ。あんなフライトプランに書いていないような事を、何故平気でする?」
いきなり聞かれなくない事を聞かれてしまった。
パイロットは、フライト前に必ず具体的な飛行計画を紙に書き、それを提出する必要がある。それがフライトプランだ。
ストームはアクロバット飛行の事をフライトプランには書いていない。当然ながら、書いたら必ず断られるからだ。
「だってプラン通りにやるだけじゃつまらないでしょ?」
「ストーム、今二度とその言葉使いをするなと――」
「それに、あたしの夢に向けた練習でもあるんだし」
フロスティの言葉を無視して続けるストーム。
それを聞いたフロスティの表情が、怒りの色を帯びていく。
まずい、とツルギは直感した。話が進む度に空気が悪化している。
「貴様……それでも軍人候補生の端くれか!」
「あたし、軍人になるために軍に入った訳じゃないの。夢を叶えるためなの!」
「く、ガキのくせして、偉そうな事を言うなっ!」
我慢できない、とばかりにフロスティが拳を上げた。
ストームを殴るつもりだ。ツルギはとっさに彼の腕を掴んで止めた。
「やめてください、フロスティ教官!」
フロスティの視線がツルギに向けられた。
邪魔だ、と訴えるその目付きだけで、ツルギは凍りついたように怯んでしまった。
その隙に、フロスティはツルギの腕を解いた。
「うわっ!」
反動でツルギの体が倒れ、がしゃん、と車いすが倒れる音が響く。
ミミのミラージュに集まっていた生徒達の視線が、一斉に集まってきた。
「ツルギ!」
倒されたツルギに、すぐ駆け寄るストーム。
「いいか、よく聞け。確かに貴様らのフライトの実力は高い。私のタイガーシャーク相手に、あそこまで戦えたのだからな。そこは認める」
「えっ、あのタイガーシャークは、フロスティ教官が――?」
そこで、ツルギは初めてあのタイガーシャークをフロスティが操縦していた事を知った。
「だが、決定的に欠けているものがある。それは、軍人になる覚悟だ」
ストームとツルギに歩み寄ったフロスティは、2人を見下ろしつつ言い放った。




