セクション10:敵襲!
「えっ、今日空中給油の訓練じゃなかったの!?」
「話聞いてなかったのかストーム! 抜き打ちで空中戦実習するかもしれないって!」
驚くストームを、ツルギが慌ててフォローする。
『トライスターはただちに退避を! ブラスト&アイスチームは応戦してください!』
『くっ、こんな時に限って……っ!』
歯噛みするミミの声が聞こえる。
『いいでしょう、この鬱憤を晴らさせて――』
『姫様! ドローグを付けたまま戦う気ですか!』
『こんなもの、捨てればいいだけでしょう!』
『粗大ごみを海のど真ん中に捨てるなんてエコじゃないです!』
『う』
高ぶる感情を抑えられないミミを、フィンガーがとっさになだめる。
プローブにドローグがくっついたままでは、まともに正面を見る事ができない。空中戦では致命的だ。
「アイスチーム、トライスターと一緒に退避するんだ! 敵は僕達がやる!」
『あんた、姫様に指図する訳?』
とっさにツルギは呼びかけたが、フィンガーが噛み付いてくる。
こんな時に言い争ってる場合じゃないだろ、とツルギは反論しようとしたが。
『そんな事、言われるまでもないわ! 姫様、行きましょう!』
『ええ……ツルギ、申し訳ありません』
すぐ言われた通りにしてくれたので、ツルギは胸をなで下ろした。
ボイジャーと共に退避するミラージュ2機を見送りつつ、すぐに頭を切り替える。
『方位014! 間もなく有視界に入ります! 急いでください!』
ピース・アイとデータリンクで繋がっているシチュエーション・ディスプレイで情報を確認する。
画面には、4つの点が映っている。それらは全て四角で、敵味方識別装置によって敵と認識された事を示している。
距離は近い。対応が遅れたせいか、視程外で迎え撃つのは無理だ。
「敵を確認した! 数は4機!」
すぐに敵の数を報告する。
途端、ラームが息を呑んだのがわかった。相手が自分達の倍だと知ったからだろうか。
奇形を忌み嫌うスルーズ特有の風習により、生まれつき右目がない状態で生まれたラームは周囲から嫌われており、自らも不幸体質だと思っている節がある。
『……ごめんなさい、みんな。私のせいで、不利な状況にしてしまって……』
「気にしないで、ラーム。機数は倍でも人数じゃ互角でしょ!」
それでも、ストームは全く気に留めずに強く言い放った。
戦う意志を示すように、マスターアームスイッチを入れ、武装のセーフティを解除。HUDの表示が戦闘用に切り替わる。
「勝てない相手じゃない。戦おうラーム」
その気持ちは、ツルギも同じだ。
武装選択画面でIRIS-Tミサイルのセッティングをしつつ、ラームに呼びかける。
『いつも言ってるだろ? 大事なのは、不幸になった時それをどう乗り越えるか、だって』
それにバズも続く。
その言葉を聞いて安心したのか。
『……はい!』
ラームは、はっきりと返事をしてくれた。
『それじゃ、とっとと片付けちまおうぜ!』
「ああ!」
「うん!」
ツルギとストームが揃ってうなずいた後、2機のイーグルは旋回して敵機の方向へと向かう。
正面を見ると、4つの光がまたたいた。
仮想敵機の機影だ。その鋭利なシルエットで、F-5EタイガーIIだとすぐにわかる。
『ストームは先頭のリーダー機を狙って』
「ウィルコ!」
ラームの指示を聞いたストームは、すぐにヘルメットのバイザーを下げた。
額が突き出たバイザーを持つこのヘルメットの名はJHMCS。上下左右90度以内のどこにいようとも、正面に見ただけでロックオンができる最先端の照準装置だ。
指示通りに先頭の敵を見据えるストーム。
ロックオン。『SHOOT』の文字と共に敵が四角で囲まれた。
『ブラストチームへ、交戦を許可します。がんばってください!』
ピース・アイの指示が、戦いの始まりを告げるゴングの音となった。
「ブラスト1、ミサイル発射! ばーん!」
『ブラスト2、ミサイル発射!』
2機同時にミサイルを発射。
とは言っても、これはシミュレーション上のものにすぎず、ブラストチームも敵機も実際にミサイルは装備していない。
だが、シミュレーション上の見えないミサイルは実物と同じように放たれ、ロックオンした敵へと飛んで行く。
気付いた2機は、すぐさま編隊を解いて散開。だが、僅かに反応が遅かった。
2発のミサイルも分かれ後を追い、寸分の狂いもなく狙った獲物に吸い込まれていった。
撃墜! 甲高い撃墜音が鳴り、先頭の2機はくるくると力なく回りながら落ちていく。
『ブラスト1、ブラスト2、敵機撃墜! やりましたね!』
「やったあっ――痛っ!」
喜びのあまり腕を突き上げ、キャノピーに思いきりぶつけてしまうストーム。
だが、まだ安心できない。残った敵2機がまっすぐ向かってくる。
『ブレイク!』
ラームの指示で、こちらも編隊を解く。
左右別方向に分かれた瞬間、残った2機が離れた所ですれ違った。
ツルギは、旋回する機体の中で体を押し潰すGと戦いつつ、相手の位置をすぐに確認する。
後方に1機いた。ブラストチームと戦おうとせず、一直線にアイスチームやボイジャーが離脱した方向へと向かっている。
「1機が抜けた! トライスターの方に向かってる!」
『ツルギ君、私達がやるから、もう1機を! 兄さん!』
『ああ! 姫さんの所に行かせるかってんだ!』
バズ・ラーム機がすぐさま反転して向かっていく。
これで護衛は安心だ。残る1機を探す。
だが、見当たらない。
「ストーム、残りの1機はどうした?」
「今探してる!」
ストームはきょろきょろと周囲を見回している。探している最中のようだ。
そんな時、突如としてロックオン警報が鳴った。
『ブラスト1、警告! ミサイル! ミサイル!』
ピース・アイの警告に、ストームは反射的に操縦桿を倒した。
アフターバーナー点火。翼をヴェイパーに包みながら、左へ急旋回。
直後に鳴り響くミサイル警報音。
「ぐ……っ!」
ツルギはGに耐えつつ、フレアを発射。
機体の下に数発ばら撒かれた火の玉が、ミサイルを回避するための囮となり、ミサイルの狙いを逸らす事に成功した。ミサイル警報音が鳴り止む。
直後、正面から飛んで来たタイガーと一瞬の内にすれ違った。
その後を追って、ウィ・ハブ・コントロール号は逆の右方向に旋回する。
「今の、どこ行った?」
「下だ! 下にいる!」
ストームは見失ってしまったようだが、見つけていたツルギはすぐに知らせる。
先程のタイガーは急降下しながら反転し、真下から襲いかかろうとしているようだった。
「見つけた! 逃がさないんだから!」
ツルギのアドバイスで相手を見つけたストームが、すぐさま急降下。
アフターバーナー全開の出力に急降下する勢いも加わって、あっという間に距離が詰まる。
タイガーも気付いたようで、すぐに旋回して振り切ろうとしたが、勢いが付いたウィ・ハブ・コントロール号を振り切るにはあまりにも遅すぎた。
「今だ! 撃てストーム!」
「ミサイル発射! ばーん!」
ツルギが声を上げた直後、ストームはミサイルを放った。
放たれたミサイルは、そのまま吸い込まれるようにタイガーの胴体を貫いた。
『ブラスト1、2機目を撃墜! 凄いです!』
「よしっ!」
「やったあ! これで2機目っ!」
ピース・アイの知らせを聞いて、思わずガッツポーズをとったツルギと、再び声を上げるストーム。
残るは1機。
ツルギはすぐにラームに呼びかけた。
「ブラスト2、そっちはどうだ?」
『まだ敵を追跡中!』
ラームからの報告を聞いたツルギは、シチュエーション・ディスプレイの情報を確認しバズ・ラーム機のいる方向を見る。
下方にいるバズ・ラーム機は、最後のタイガーと巴戦を繰り広げている最中だった。タイガーは何発もフレアを撒いて、ミサイルから逃れようとしている。
「よしストーム、ブラスト2を援護しに行くぞ! 相手の正面に立ちはだかれ!」
「ウィルコ!」
ウィ・ハブ・コントロール号は、すぐに2機の戦いの場へと殴り込んだ。
降下した勢いを利用して、バズ・ラーム機を振り切ろうとしているタイガーの正面に立ち塞がるように向かっていく。
挟み撃ちだ。相手は逃げている中で新手が正面から現れた事に驚いただろう。
「ミサイル発射! ばーん!」
ストームがミサイルを発射。
フレアを撒きつつ、すぐに上昇して回避するタイガー。バズ・ラーム機もその後を追う。
『兄さん!』
『もらったぜ! 機関砲発射!』
一瞬動きが乱れた隙を突いて、バズ・ラーム機が機関砲射撃を浴びせた。
見えない弾丸が、タイガーを容赦なく蜂の巣にしていく。そしてタイガーは力なく雲の中へと消えていった。
『ゲームセット! 全ての敵機の撃墜を確認しました! ウィナー、ブラストチーム!』
ピース・アイからの報告が、戦闘終了を知らせる。
やっほーう、とバズが歓声を上げた直後、2機が合流する。
『どんなもんだい! 俺達にかかりゃ、これくらい楽勝だぜ!』
「うん! あたしとツルギとウィ・ハブ・コントロール号に、怖いものなんてないんだから!」
バズと一緒になって喜ぶストーム。
だが。
『……待ってください! これは――敵の増援!?』
ピース・アイが、そんな不吉な発言をしたと思うと。
沈黙していたロックオン警報が突如として鳴り響き、それはミサイル警報へと切り替わった。
「な、何だ!?」
『視程外からです! ブレイク! ブレイク!』




