セクション08:給油開始
ブームがキャノピーを思いきり突き破る様が脳裏に浮かんだ――のだが、実際には何も起こらなかった。
「……え?」
思わず手を下ろし、顔を上げる。
そこには、先程より少しだけ上に引っ込んだブームがあった。
『お客様ー! 危ないじゃないですか! 私がブーム上げてなかったらぶつかってましたよ!』
「ごめん、『ロール・バック』で入ろうとしたらちょっと勢い付けすぎちゃった」
注意するユーリアに対し、些細な事のように苦笑しつつ謝るストーム。
しかし、事態はそんな甘いものではない。一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。
「勢いの問題じゃないって! 空中給油はアクロバットじゃないんだからさ!」
「だって、どうせならばっ、と行ってぴたっ、と合流したかったんだもん。アクロバットの練習にもなるし。さっきはちょっと失敗しちゃったけど……てへ」
「あのなあ、アクロバットの練習を空中給油の実習と一緒にやるなよ!」
「だって、イーグルの空中給油は編隊飛行と似たようなものじゃない?」
「確かにそうだけど!」
注意してみてもやはり変わらないストームの態度に、ツルギは呆れてしまった。
命がいくつあっても足りない、というのはまさにこういう状況なのかとツルギは思ってしまった。
「とにかく、ごめん。次からは気を付けるから」
「……う」
だが、振り向いたストームに正直に謝られて、ツルギは閉口してしまった。
そうやって謝られると、先程の無謀さが憎めなくなってしまう。ストームとて、決して悪気があってやった訳ではないのだ。
「わ、わかれば、いいよ……」
なぜか目を逸らして、ツルギは言った。
ううー、とミミが不機嫌そうな唸り声を漏らしたような気がしたが。
『では、そろそろ始めますよ、お客様! 位置についてください!』
「はーい! じゃ、気を取り直して行くよ、ツルギ!」
「あ、ああ」
ストームの言う通り気を取り直して、ツルギは空中給油に挑み始めた。
「リセプタクル、オープン!」
ストームの操作で、左翼の根元にある燃料口が開いたのをツルギは確認する。
これがリセプタクルで、給油ノズルとなるブームとのジョイントになる。
先程話していたせいか、ボイジャーとの距離が離れてしまった。ストームは少しだけスロットルを押し込み、ボイジャーにウィ・ハブ・コントロール号をそっと追いつかせる。
ゆっくりと迫ってくるブーム。
同じ頃、ミミらアイスチームが乗る2機のミラージュも、左右の翼端から伸びるドローグの前に位置取り、給油を始めようとしていた。
だが、ツルギにはそれを見ている暇などない。
ただ、ブームの位置を注意深く監視する。近づいてくるブームがぶつかりそうになったら、すぐに警告できるように。
ブームが、キャノピーのすぐ左側までやってくる。
「ツルギ、今ブームどのあたり?」
「いいからちゃんと前見て操縦しろ」
ストームは、ブームを見ていない。彼女の視線の先にあるのは、ボイジャーの腹に付けられた信号だ。
信号は2本の平行線になっていて、右の線が前後方向、左の線が上下方向のずれを示している。これを頼りに位置を調整するのだ。
ゆっくりとブームがリセプタクルに迫るのを、ツルギは無言で見守る。
『お客様、そのままの位置を維持してください。すぐにブームを入れますからね』
ユーリアがアナウンスした通り、ブームはリセプタクルのすぐ近くまで来た。
ブームを接続するのはブーマーたるユーリアの仕事だが、ここが一番難しい所だ。彼女が接続しやすいように、安定した飛行を続けなければならない。
ブームの先端からノズルがゆっくりと伸びる。
そのままリセプタクルに接続しようとするが、リセプタクルを前にして前後左右にぶれ始め、なかなか狙いが定まらない。
『むむ、むむむむむ……』
「ねえ、接続まだー?」
『大丈夫ですよ、すぐに終わりますから。むむむむむ……』
接続を急かすストームをなだめつつも、ユーリアはこの状況に悩まされているようだ。
ぶれているのはブームか、それとも自分達の機体か。
どちらにせよ、足場のない空中にいる以上、ぶれをゼロにする事は不可能だ。その中で、確実に接続を行わなければならない。
例えるなら、綱渡りをしつつ針の穴に糸を通そうとするようなもの。空中でドッキングという行為は、ロボットアニメのように簡単にはいかないのだ。
気付けば顔中汗だくで、マスクを外したくなる。
マスク内蔵のマイクが拾う、呼吸の音がやかましい。
もし翼にぶつけてしまったら、機体の破損は避けられない。ブーマーのユーリアにとっても、イーグルに乗るツルギにとっても緊張する瞬間だ。
『むむむむむ――今だっ!』
一瞬安定した隙を突き、ノズルがさらに伸びる。
ノズルがリセプタクルに引っかかった。
それを頼りに滑り込む形で、ブームは完全にリセプタクルと接続された。
『ふう、接続成功です』
「やった! どんな感じに繋がってるの?」
「いいからちゃんと前見て操縦しろ」
振り向こうとするストームを、ツルギが注意する。
ディスプレイを見ると、燃料のゲージが増え始めている。給油され始めた証拠だ。
『今燃料を送っていますので、そのまましばらくお待ちください。じゃ、私もコーヒー一口』
接続に成功した安心からか、何かを飲む音がすると、はー、と気持ちよさそうに息を吐くユーリア。飲み物を飲んでいるようだ。言葉からするとコーヒーだろう。
永遠の12歳って言う割にはコーヒーなのか、と不思議に思いつつも、ツルギは飲み物も持ち込めない戦闘機のパイロットとして、飲み物を口にできる事が一瞬羨ましく感じた。
『ストーム、なかなかいい給油だったじゃないか』
「ふふん、言ったでしょ! これくらいちょろいちょろいって!」
待機していたバズの呼びかけに、得意げに答えるストーム。
一瞬事故りそうになったじゃないか、とは思いつつも、ツルギはあえて口を挟まなかった。
『おーい姫さん! ストームとツルギは給油できたのに、まだ給油できないのかあ?』
『う、うるさいですっ! 気が散るような事を言わないでくださいっ!』
バズがミミに話を振って来たので、ツルギは自然とミミの乗るミラージュに目を向けていた。




