セクション07:空の喫茶店トライスター
『目視しました! 空中給油機です!』
望遠鏡を覗いているラームが、正面に機影を確認した。
やや上手に、1機の大型旅客機が飛んでいるのが見える。
しかし、ただの旅客機ではない。カラーリングがグレー一色と旅客機にしては地味すぎる。
これこそ、スルーズ空軍の空中給油機、KC-30ボイジャーである。
「ブラスト1よりピース・アイへ。空中給油機を目視した。これよりランデブーに入る」
ツルギはすぐにピース・アイへ報告する。
『了解です。そのままの高度を維持して合流してください』
「ウィルコ!」
『ピース・アイよりトライスターへ、団体4機ごあんなーい!』
なんでそこでレストランみたいな事を言うんだ、と思っている間に、4機はボイジャーとのランデブーに入った。
ボイジャーを上手に見据えつつ、編隊を維持して接近する。
近づいていく度に、その特徴がはっきりとわかるようになってきた。
機体そのものは、世界中で飛んでいる普通の旅客機だ。
だが、尾部にはV字型のフィンが付いた長い棒が折りたたまれており、主翼にはエンジンと共に小さなポッドが付けられている。何も知らない人が見れば、何のための装備なのか想像できないだろう。
そんなボイジャーは、緩い左旋回をしながら飛んでいる。当たり前の事だが、そうしなければ一定の場所に留まれず、狭いスルーズの領空をあっという間に飛び出してしまうからだ。
その斜め後方の位置にまで接近する。
そろそろ、向こうのカメラに映っている頃だろう。ツルギがそう思った時。
『いらっしゃいませー。空の喫茶店トライスターへようこそー』
急に幼い少女のような声が耳に入ってきた。
明らかに軍用機のクルーのものではない。その声には、誰もが驚きを隠せなかった。
「こ、子供……!?」
『えへっ、お褒めいただき光栄です。私はトライスターのブーマーを担当する永遠の12歳、ユーリア・アーレントと申します。外見も声相応と思っていただいて結構ですよ』
あまりにも純粋無垢すぎる声。それはどう聞いても、まだ10を数えたばかりのものにしか聞こえない。
自己紹介を聞いた一同の反応は人それぞれ。へえー、とあっさり納得している様子のストーム。ほほう、と興味深そうにつぶやくバズ。
『早速ですが、ご注文はいくらになさいますか?』
「はーい! あたし4000リットル!」
ストームが早速右手を上げて高らかに言った。それこそ、レストランでメニューを注文する客のように。
『4000リットルですね、かしこまりました』
『俺はスマイルが欲しいな』
『兄さん!』
バズはあろう事か、そんなジョークを言ってきた。ラームが即座に反応する。
すると、ユーリアは急に戸惑った反応を見せた。
『うーん、申し訳ありません。一昔前の給油機ならご提供できたかもしれませんが、本機はカメラでモニターする新型なので……』
『……ああ、そうですか……じゃあ3500で』
バズは残念そうに注文する。
『もっと気の利いた返事期待してたんだけどな……』
『無線越しに何を期待してたんですか、兄さん?』
小声なバズのつぶやきに、ラームの不機嫌そうな声が割り込む。
さすがにそれにはバズも驚き、何でもねえよ、と少し慌てて言葉を濁らせていた。
『姫様達はいかがなさいますか?』
『え? えっと、私は3000で』
『私も姫様と同じで』
『かしこまりました。では、これから準備にかかりますので、高度を上げて編隊を組み、少々お待ちくださいませ』
ユーリアの指示通り、4機の戦闘機は機首を上げてボイジャーの左側に並んだ。
すると、ボイジャーの尾部に折りたたまれた棒が、ゆっくりと斜め下に下がり始めた。
同時に、主翼下のポッドからは1本のホースが伸び始めた。その先端には、ろうと型のバスケットが付いている。
空中給油。
読んで字のごとく空中で燃料補給する事で、現代のファイターパイロットには必須の技能だ。
ボイジャーが持つ2つの装備は、尾部にある棒をブーム、主翼下から伸びるホースをドローグと呼び、これを使って戦闘機とドッキングし、燃料を補給するのである。
装備が2つあるという事は、ドッキングの方法が2種類あるという事で、ブームはイーグルに、ドローグはミラージュにそれぞれ対応している。
「いよいよ、か……」
何はともあれ、いよいよ給油の時が来た。ある意味戦闘以上に緊張するフライトだとツルギは思う。
「大丈夫だよ、ツルギ! あたしは『学園の青い嵐』だよ? このくらいちょろいちょろい!」
それでも、余裕そうな態度を見せるストーム。
相変わらず緊張感ないなあ、と思いつつも、ツルギはいつもと変わらなくて少し安心した。
「……信じてない訳じゃないけど、しくじるなよ」
「ウィルコ!」
ストームは元気よく返事をした。
『姫様、あいつらに目に物見せてあげましょうよ!』
『え? そ、そうですね……王位を継承する者として無様な姿を見せる訳にはいきませんものね……!』
フィンガーと話すミミは、なぜか目を泳がせつつ機内で扇子を開き、顔を仰いでいる。
『いよっ、「ミラージュ姫」!』
『うるさいですバズ!』
そしてあろう事か、茶々を入れてくるバズに怒鳴る始末。
やはり、落ち着かない様子だ。仕方がないか、とツルギは思う。
何せ、ミミは――
『お待たせいたしました。では最初のお客様ブラスト1、接続を行いますのでこちらへどうぞ』
「はーい!」
ユーリアに呼び出され、元気よく返事するストーム。
『おじさまー、まず燃料4000リットル――あ、そうだ。ブラスト2は終わるまで少々お待ちくださいませ。姫様方はドローグのセルフサービスでお願いします』
『了解』
それぞれ指示を受けて返事をするミミ達。
「それじゃ行くよ、ツルギ!」
「え?」
「レディ――ゴーッ!」
すると、ストームは急に操縦桿を思いきり引いた。
ウィ・ハブ・コントロール号が一気に上昇したと思うと、そのまま右へ大きくバレル・ロール。空がぐるりと1回転する。
「うわあっ!?」
思わず声を上げてしまうツルギ。
バレル・ロールでボイジャーの右側に回り込んだウィ・ハブ・コントロール号は、そのままブームの下へと回り込む――のだが。
「お、おいちょっと! ぶつかる!」
勢いがありすぎる。
制動が間に合わない。
そして、高度がブームに近すぎる。
これでは、バレル・ロールした勢いのままブームに衝突しかねない――!
「うわああああっ!」
ツルギは思わず手で顔を遮り、悲鳴を上げてしまった。




