セクション05:続きは帰ってから
何はともあれ、遂に乗り込む時が来た。
ツルギは1人で乗り込む事ができないので、ゼノビアに下から支えてもらいつつはしごを上り、コックピットの前に立つストームに抱きかかえてもらいコックピットに入る。
この時ほど、ストームを意識してしまう時はない。
何せ、乗り込むためにはどうしても必要な動作であるため、この時は必ずくっつかなくてはならないのだ。
「な、なあ、ストーム」
胸の鼓動が加速し始めたのを感じつつ、ツルギはストームに言う。
「何?」
「ここで――ここでキスなんて、なしだからな」
それを言う事もはばかられ、思わず目を逸らす。
ストームはそれを聞いてしばし目を丸くしていたが。
「嫌だ!」
そう言って、ツルギの唇を一瞬奪った。
「――っ!?」
ほんの一瞬だけなのに、頭がすぐ真っ白になってしまった。息をしているのかどうかもわからないほどに。
そんな状態のまま、後席に座らされるツルギ。
「じゃ、続きは帰ってからね!」
ストームはそう言ってウインクした後、前席に飛び込んだ。
早速シートベルトを締め始めたストームと対照的に、体が固まってしまったように動かないツルギ。
心臓が高鳴り、体中が熱くなるのをはっきりと感じる。
なしだって言ったじゃないか、と言ってやりたい所だが、言葉が出ない。
やっと動いた手が、自らの唇に触れた。
「ふふふ、我が息子よ。ストームちゃんとの仲は睦まじいようね」
シートベルト着用の手伝いにやってきたゼノビアの声で、ツルギは我に返った。
見ると、ゼノビアはツルギの顔を見てにやにやと笑っている。
「――か、からかわないでくださいっ! 調子が狂いますっ!」
慌ててシートベルトを締め始めるツルギ。
とは言っても、肝心のベルトは背中側にあるのでどこにあるのかわからず、自然と手探りでベルトを探していた。
「はいはい。慌てない、慌てない」
ゼノビアはそのベルトを背部から回してやる。
少し恥ずかしくなったツルギは、しぶしぶゼノビアからベルトを受け取り、締めていく。
「ほら、ヘルメット!」
そして、ゼノビアはあろう事かヘルメットも頭に被せてきた。
「こ、これくらいできますって!」
ツルギは慌てて手を伸ばし、自分の手で被る。
「恥ずかしいならバイザーも下ろしてあげましょうか?」
「からかうのもいい加減にしてくださいっ! よ、余計なお世話ですっ!」
「ふふふ、さすが我が息子。かわいいわねえ。うーん、いいねえ青春って……」
最後までからかいっぱなしだったゼノビアは、「じゃ、後はがんばってねー」と最後に言い残し、手を振りながら機体を降りていった。
はあ、と大きく息を吐く。
恋人同士の関係ってこんなに大変なものだったのか、と考えずにはいられなくなる。
それでも、自然とストームとの絆の証であるドリームキャッチャーを手に取って眺めていた。
脳裏に浮かぶのは、先程の唇の感触。
続きは帰ってからね、というストームの言葉が脳裏で繰り返される。
それは、帰ったらまたどこかでキスをされるという事だ。
考えただけで恥ずかしい。
そう言われてしまったら、何だか――
「どうしたの、ツルギ?」
前席のストームが、振り返って声をかけてきた。
被っている青いヘルメットの側面には、『STORM』とTACネームが書かれている。
「あ、いや、その――」
突然の事で、ツルギは何と返そうか迷った。
迷った末に出たのは。
「ちゃんと、頼むぞ……ストームは、僕の翼なんだから……」
こほん、と咳払いをしてから言った、そんな言葉だった。
「わかってる! あたし達は一心同体だもん! 一緒に夢のために飛び、夢のために戦い、夢のために勝つんだからね!」
ストームは、にこりと笑いながら得意げに親指を立てた。
それを見て不思議と力が湧いてきたツルギは、自然と親指を立てて答えていた。
『さ、ストームちゃん! 準備できたらエンジンスタートしてねー!』
「はーい!」
機体の正面に立つゼノビアからの通信に元気よく返事したストームは、エンジンに火を入れるべくエンジンスターターを始動した。
エンジンスターターが唸り始める。ストームが右手の人差し指を軽く回し合図を送ってから、スロットルにあるレバーを指で引くと、エンジンスターターが独特の甲高い駆動音を響かせ始め、右側の空気取り入れ口が空気を吸い込み始めた。
電気が送られ始め、計器盤のディスプレイが一斉に起動する。
「さあ、唸れエンジン! 点火!」
ストームが右スロットルをゆっくりと押し込むと、連動してF110-GE-129Cエンジンがタービン音を響かせ始め、ノズルから陽炎が立ち上がり出す。
少し経つと、右の空気取り入れ口がかくん、と下に傾いた。これで、右エンジンの始動は完了だ。こうなればマスクから酸素が供給されるようになるので、マスクを装着する。
『右エンジン始動、確認! それじゃ、左も行ってみよう!』
前脚から外した安全ピンを陽気に掲げるゼノビアの指示で、今度は左エンジンを同様の手順で始動。
ストームが最初に合図してから2分後、両エンジンの始動が完了した。
「キャノピー・クローズ、ナウ!」
ストームがキャノピーを閉めるレバーを操作すると、キャノピーが自動で閉まっていく。ロックされた瞬間、がちゃんこ、とストームはつぶやいた。
エンジンの始動が終われば、次は『準備体操』である。
機体の動作確認、プリタキシーチェックの始まりだ。
『さ、いつもの「準備体操」始めるわよ!』
ゼノビアは1、2、3、4、と体操のようにテンポよく8まで数えながら、人差し指を上下左右に動かし始めた。
それに合わせて、機体の翼にある舵が、ぱたんぱたん、とこれまたテンポよく動く。
他にも、背部にあるエアブレーキなど、地上で動かせる部分は全て動かして確認する。それはまさに、準備体操だ。
たっぷり7分経った頃、プリタキシーチェックは終了。ゼノビアが親指を立てて合図する。
管制塔へ移動の許可を取れば、いよいよ滑走路へ向かう時だ。
『さあ我が娘・息子達よ、思いっきり飛んでおいで!』
「もちろんそのつもりだよ、ママ!」
通信を切ると、ゼノビアは機体から通信用コードを外した。
「ストーム、ユー・ハブ・コントロール」
「アイ・ハブ・コントロール! それじゃブラスト1、行ってきまーす!」
ストームがスロットルレバーをゆっくり押し込む。
すると連動してエンジンの回転数が上がり、機体がゆっくりと進み始めた。
ゼノビアのハンドシグナルに従って、右に曲がる。
機体がその横を通り過ぎようとした時、ゼノビアが敬礼した。
それに、ツルギは敬礼で、ストームは親指を立てて答えた。
「いってらっしゃーい! うわったたた!」
ゼノビアは手を振ってウィ・ハブ・コントロール号を見送ろうとしたが、自分に向けられたエンジンノズルから吹き出す熱い排気を浴びると、慌てて背中を向けて屈み込んだ。
『さあ、俺達ブラスト2も行くぜ!』
『はい、兄さん!』
赤いヘルメットを被ったバズとラームが乗るイーグル――006号機も、その後に続く。
その次は、2機のイーグルの向かい合って並ぶミラージュの番だ。
『アイス1、離陸に向かいます。スルーズ家に栄光があらん事を』
ミミは目を閉じながら言う。
直後、ミミ機がゆっくりと動き始め、左へゆっくりと曲がる。尾翼に描かれた王家の旗をきらめかせつつ。
『アイス2、続きます!』
フィンガー機も動き出し、ミミ機の後に続く。
こうして、4機の戦闘機は、揃って滑走路へと向かっていった。




