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失われる日まで。グラサン美容師

作者: 思喜
掲載日:2026/10/18

本作を手に取っていただき、ありがとうございます。

この物語は、人が抱える孤独や希望をテーマに描いた作品です。登場人物たちの葛藤や成長を通じて、読者の皆さまに何か感じ取っていただければ幸いです。

最後までお楽しみください。

雨の日も晴れの日も、その男はサングラスを外さなかった。

「なんでいつもグラサンなんですか?」

客に聞かれるたび、彼は笑った。

「カッコつけだよ」

店中が笑う。

だが本当の理由を知る者はいない。

彼の名前は黒崎。

予約は三か月待ち。

一度切ればわかる。髪が伸びても形が崩れない。鏡の前に立つ客は皆、驚きの声を上げた。

「あんた、日本一だよ」

そう言われても、黒崎は照れたように笑うだけだった。

しかし彼には秘密があった。

目の病気だった。

視野が少しずつ欠けていく難病。

最初は遠くが見えにくいだけだった。

だが一年、二年と経つにつれ、失われる視界は広がっていった。

医者には言われていた。

「いずれ美容師は続けられなくなります」

その言葉を聞いた夜、黒崎は一人で泣いた。

ハサミしかなかった人生だった。

だが翌日から、彼は誰にも弱音を吐かなかった。

今日見えるなら今日切る。

明日見えるなら明日切る。

来てくれるお客様全員に、自分の最高傑作を届ける。

それだけを考えた。

サングラスは、目の異変を隠すためだった。

年々、施術時間は長くなった。

誰にも気付かれないよう、何度も確認しながら切った。

常連客たちは言う。

「最近さらに丁寧になったね」

黒崎は笑った。

本当は必死だった。

そしてその日が来た。

朝、鏡を見た時には、もう輪郭しか見えていなかった。

店に立てる最後の日。

予約はすべて断った。

閉店後の静かな店内。

長年使ったハサミを手に取る。

鏡の前に座った。

サングラスを外す。

ぼやけた世界。

ほとんど何も見えない。

それでも、感覚だけは残っていた。

指で前髪をつまむ。

ハサミを入れる。

シャキッ。

静かな音が響く。

また一束。

また一束。

髪が落ちていく。

客のためではない。

誰かに褒められるためでもない。

美容師として最後に切る髪だった。

自分の髪。

切り終えると、黒崎はハサミを机に置いた。

鏡の中の自分はもう見えない。

だが仕上がりはわかっていた。

何万回も繰り返した感覚が教えてくれる。

黒崎は小さく笑った。

「悪くないな」

そしてサングラスをかける。

店の灯りを消す。

扉に鍵をかける。

人生最後の営業が終わった。

誰もいない夜の街へ歩き出す。

その背中だけが、不思議なほど誇らしく見えた。

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― 新着の感想 ―
短い小説ですが、主人公の決心が思い浮かびました もう少し長編で、主人公のその後等が見られるといいですね ありがとうございました
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