小悪党のペースで追放される日々
勇者の遺留品を募集している紙は、施療院の帰り道に見つけた。場所は王都の掲示板だった。薬草の値上げ、港湾倉庫の人足募集、北門の夜間通行制限、その隣に、妙に上等な紙で貼られている。字は大きく、飾り罫まで入っていた。勇者遺留品募集。五十キログラム以上。最低三千万G(平均生涯収入×3くらい)より査定。状態問わず。即日支払い。各国受付可。カイトは一度通り過ぎ、三歩ほど歩いてから戻った。掲示板の前で足を止めると、左腿の固定具が小さく鳴った。今日の脚は悪くない。悪くない日は、変なものがよく見える。
「…五十キログラム以上の遺留品?」
隣で干し肉を齧っていた男が、ちらりと紙を見た。知らない男だった。荷運びの腰帯を巻いている。
「鎧とかかなぁ?」
「鎧だけなら、状態問わずとは書きません。」 「んー、俺にはさっぱりだな。」
男は何か言い返そうとして、カイトの背丈を見上げ、干し肉を口に戻した。カイトはそれ以上紙を見なかった。見れば何か分かる気がしたが、分かったところで今日は薬を受け取る日だった。
薬は受け取れる時に受け取る。世界の違和感は逃げるが、薬の受取期限も逃げる。逃がした時に痛いのは後者だった。 施療院の寝台で半日ほど眠った後、カイトは夢の中で古い扉を開けた。勇者だけが使える夢の通路は、昔からあった。神が作ったものだと聞いている。正確には女神たちの領域をまたぐ連絡路で、眠っている勇者同士が曖昧につながる。
便利なはずだった。実際には、夢の中では言葉が歪み、国ごとの音が混ざり、起きた時には半分忘れる。
誰かが真面目な報告をしても、翌朝には、北の王子がでかい魚に食われた、くらいの話になっている。だから使う者は少なかった。
雑談には向いている。記録には向いていない。女神グリージオの領域を通しているくせに、肝心の機構が油切れの歯車みたいにぎしぎし鳴る。
カイトは眠る時間が長い。薬が抜けにくい日もある。熱で動けない昼もある。寝すぎだと笑われたことは何度もあるが、寝るしかない体を持っていると、夢の中でできることも少しずつ増える。
そこで、あるものを提案する。言葉をそのまま渡してはいけない。評価の形にする。星の数、場所、滞在日数、食事、治安、契約の分かりやすさ、保険の通りやすさ、王族の話の長さ。言葉が少しくらい崩れても、項目が残れば意味は残る。カイトは火鉢で古い報告紙を焚いた。灰は細く上がり、夢の中の扉へ吸い込まれていった。
「いってらっしゃーい…これでよかったっけ?」
機械はない。だがグリージオへの発送には、紙と火と、少しの根気があればよかった。
三日後の事だ。
最初の投稿は、北方沿岸の宿だった。
星三つ。毛布は厚いが、魚の汁が塩辛い。
次に、アルバス圏の都市門。星二つ。入国手続きは美しいが、書類が多すぎる。
カルミナ圏の街道は星一つだった。昨日まで橋があった、という短い感想が添えられていた。
カイトは目を覚まし、寝台の上でしばらく天井を見た。口コミというものは便利だった。便利すぎて少し嫌だった。
「ブレイブとレビューで、Braview。」
声に出してみると、少し間が抜けている。だが間が抜けている名前は覚えやすい。カイトはそう判断した。 追放者ギルドを出され、勇者パーティにも戻れない。なら次の所属先を探すしかない。復讐のためではない。
見返すためでもない。寝床と仕事と、薬を受け取る住所が必要だった。Braviewで勢力ごとの評判を確認すると、傭兵団が一番入りやすそうだった。国籍の縛りが薄い。紹介状がなくても受ける。保険欄に条件付きとあるが、条件付きという言葉は、不可よりずっとましだった。カイトは翌朝、装具を締め直し、金属のレイダークラブを背負い、腰にマクアウィトルを下げて、南西の傭兵団詰所へ向かった。
傭兵団の受付は、カイトの身長を見ても、背中のレイダークラブを見ても、最初はそれほど驚かなかった。港町の傭兵団には、腕だけ太い男も、背だけ高い女も、祈祷師の札を全身に貼った老人も来る。珍しい者ほど仕事を探している。受付はそういう顔で書類を出し、カイトが左腿の固定具を椅子へぶつけないように半歩だけ横へずれた。
「名前、所属歴、扱える武器、それから保険の有無を書いてください。嘘を書くと、あとでこちらの胃が死にます。」
「胃は保険対象ですか。」
「労災対象です。だから嘘を書かないでください。」
カイトは羽根ペンを取り、名前を書いた。勇者パーティ除名、追放者ギルド除名、と続けて書くと、受付の手が止まった。
「……失礼ですが、趣味ですか。」
「違います。」
「二連続で除名される方は、だいたい本人か周囲のどちらかが爆発物なんですけど。」
「爆発はしていません。」
「そこは比喩です。」
受付は諦めた顔で書類を受け取り、奥へ持っていった。しばらくして戻ってきた時、隣には小隊長がいた。小隊長はカイトを頭から足まで眺め、左腿の固定具、腰のマクアウィトル、背中のレイダークラブの順に目を止めた。
「動けるのか。」
「日によります。」
「正直すぎるだろ。採用でも嘘つく所でしょ。」
「嘘をつくと、あとでそちらの胃が死ぬそうなので。」
受付が奥で小さく咳払いをした。小隊長は笑い、仮登録の札を机に投げた。
「よし、試す。夜の魔族狩りだ。昼間より夜がいいと書いてあるが、見栄じゃないな。」
「逆体温という奇病がありましてね。」
簡単に言えば昼の体温が夜の体温と逆転する奇妙な病である、馬などには事例があるがそこでも事例が少ないせいで知られていないのだ。
しかし彼の場合白血病で循環の停滞を無くし、逆体温で夜戦に特化、肺や心臓の不調で毒に強いなど、戦闘に置いては不調があまりにも天賦の才と言える状態であった。遅い巨体のはずが接近すれば圧倒的な速度で屠る。
鉄骨が脚を貫き歪んだ様は「脚曲がりの彗星」と称えられる程だ。
その夜、カイトは森の端に立った。傭兵団の隊列は粗いが、臆病ではない。前へ出る者、横を固める者、合図を見る者、退路を確認する者が分かれている。悪くない。だが、全員が敵を追う癖を持っていた。魔族は逃げるふりがうまい。追えば散る。散れば、後ろの荷役が食われる。
カイトは最初の接敵で追わなかった。影から飛び出した小型の魔族をレイダークラブで横から潰し、もう一体をマクアウィトルの刃で止め、三体目を追おうとした若い傭兵の肩を掴んだ。 若い傭兵は何かを言い返そうとしたが、そのすぐ前の茂みから別の魔族が跳ねた。カイトのレイダークラブが落ちる。金属の塊が枝と一緒に骨を砕き、土の上に黒い血が散った。若い傭兵は口を閉じた。小隊長は遠くでそれを見て、舌を鳴らした。
「あの野生の勘は逆らわん方がいい、規則上絶対命令を出さない限りは小隊単位でなら反対する権利がある。小隊長に従え。」
その日から、カイトは前衛ではなく、隊列の癖を見る役として使われた。誰が追いすぎるか。誰が退路を塞ぐか。誰が荷を忘れるか。誰が合図を見ていないか。カイトは声を荒げず、気付いた順に直した。傭兵団側も、彼を持て余すだけではなかった。夜間の見張り位置、負傷者を出した時の引き際、少人数で魔族を散らさず囲む配置、病人でも動ける日と動けない日を前提にした役割の分け方。そういうものを、彼らは面白がるように覚えていった。 小隊長は三日目に、カイトの前へ壊れた木箱を置いた。
ただ、彼等が目に物見るのはこれからである。
獣は首筋を狙う、しかし彼は両腕を素早く背後に回し、そのまま掴めた右腕で投げ飛ばし、獣の一匹は不安定な足場から降りれず高所であることに怯えていた。
獣にとってレイダークラブは目立つが金属故に獣は見切りやすい…そう思って駆けつけたところで、意味が無かった。
あまりにも高所故に、軌道修正などいくらでも出来るのだ。獣は真上からではなく、背後から触れた感触を察し、逃げた所で首根っこを掴まれる。
レイダークラブを鞭のようにしならせる、そうして何匹をも魔物を飼い慣らす。ここまで十匹程度、彼は一匹たりとして怪我はさせずに追い込んだ。
群れへ戻さないために必要なのは、殺すことではなかった。獣は一匹が傷を負えば、その匂いと声で群れ全体を荒らす。骨を折れば戻れず、血を流せば仲間が寄る。だからカイトは、痛みを与える場所を選んでいた。首根っこ、前脚の付け根、腰の浮く瞬間。どれも獣が逃げようとする力をそのまま奪える場所で、傷にはならない。掴まれた獣は暴れるほど自分の体勢を崩し、牙を向ければ首を押さえられ、爪を立てようとすれば前脚をまとめられる。レイダークラブはまだ振られていない。目立つ金属の塊は、獣にとって警戒すべき武器であり続けていたが、実際に獣を止めているのは、その武器ではなく、武器を見せたまま空いた腕だった。
足場の上に残った一匹が、ようやく下ではなく横へ逃げようとした。群れへ戻るには、岩肌の細い段差を二つ渡らなければならない。獣は最初の段差へ前脚をかけ、そこで体を低くした。跳ぶには狭く、戻るには遅い。カイトは追わず、レイダークラブの柄を岩へ当てた。金属が鳴る。獣の目が音へ向いた。その瞬間、空いた手が横から入った。牙は金属を見ていた。爪は逃げる先を探していた。首だけが、何も守っていなかった。
獣は掴まれてから初めて、武器を避けても逃げられないことを知った。カイトはそのまま獣を引き寄せ、腹を上へ向けさせる。獣は四肢をばたつかせたが、背中が岩に触れた途端に動きが鈍った。高所で腹を見せる姿勢は、獣にとって死角が多すぎる。そこから起き上がるには首を捻らなければならないが、首根っこはカイトの手の中にある。暴れるほど呼吸が乱れ、逃げようとするほど足場の感覚が消えていった。
カイトは一匹ずつ、岩場の内側へ寄せた。下へ落とさず、群れへ戻れる道にも置かない。獣同士が互いの体に引っかかる距離を残し、飛び出せば隣の獣を踏む位置へ並べる。痛みで支配しているのではない。怖さで止めているのでもない。獣が自分の足で次の動きを選べない形にしているだけだった。だから血は出ない。骨も折れない。吠え声だけが細くなり、最初に首筋を狙った獣は、もう牙を見せるより足場を見ていた。
「コイツらは逃げたら群れに伝えるからな、これでいいか?」
「獣と言っても不味くて食えないし飼えないからな、コロシアムとかなかったか?」
「報酬の足しでいいだろ、任せた。」
報酬的には大収穫で、食事は一時的に豪華になった。
その数日後、詰所の前で女の子が走ってきた。カイトが夜番から戻り、固定具の革帯を緩めようとしていた時だった。女の子は花飾りを握っている。誰かが、背の高い傭兵が魔族を倒したのだと話したのだろう。彼女は勢いのままカイトへ抱き着こうとし、石畳の濡れた部分で足を滑らせた。 カイトは反射で手を伸ばした。戦場の敵より軽い。軽すぎる。だから逆に、加減が難しい。女の子の肩を抱え、額が地面に当たる寸前で止めた瞬間、左腿の固定具が嫌な音を立てた。金具そのものではなく、内側の肉が先に負けた音だった。痛みはすぐには来ない。白血病のせいで、来ない時間の方が怖い。血が止まるかどうか、内側でどこまで裂けたか、本人にもすぐには分からない。 女の子は目を丸くしていた。
「おじさん、すごい!」
カイトは一拍遅れて息をした。
「誰がおじさんだ、以前の年齢含めたら126だ、おじさんなんて年齢じゃないよ。…あれ、こっち来てからもう16年も経ったのか。あと転ぶくらいに抱き着きたい相手は慎重に選べよ。」
「えらべないよ。」
「まぁ仕方ないか。」
「そんしがいってた。」
「兵法で人脈作らないでくださいね?お嬢ちゃん?」
母親が駆け寄り、青い顔で頭を下げた。カイトは女の子を立たせ、花飾りを拾って返した。足の奥に熱が広がる。小隊長が詰所から出てきて、カイトの顔を見た瞬間、表情を変えた。
その日の午後、カイトは詰所の長椅子で固定具を外した。革の内側が赤くなっている。防具が足りていない。左腿だけではない。白血病が重い以上、被弾は軽傷で済まない。浅い傷でも止まらなければ死ぬ。まともな胴防具が欲しい。だが彼の体格と装具に合う防具は、既製品ではない。注文しても保険が通らなければ職人は受けたがらない。職人が受けなければ、防具はできない。防具がなければ、現場の者が余計に心配する。心配されると、カイトは少し苛立つ。苛立っても、翌日にはだいたい忘れる。忘れた後も、脚は痛いままだった。
それでも仕事は続いた。カイトは夜の魔族狩りで成果を出した。傭兵達は彼の戦い方を真似し始めた。追わずに待つ。倒す前に戻る場所を決める。敵より味方の逃げ道を見る。派手な戦果ではないが、負傷者が減った。小隊長はそれを認め、受付はカイト用の報告欄を別紙にした。通常欄では書ききれないからだった。
それが終わったのは、上位組織から資格官が来た日だった。資格官は、カイトのマクアウィトルを机の上へ置くよう求めた。木の柄に、黒曜石の刃片。移民の武器だった。金属ではない。軽い。
だが、その軽さが問題ではなかった。資格官は規約書を開き、同じ箇所を三度読んだ。三度読めば変わると思ったのかもしれない。変わらなかった。
「カイトさん。この武器は登録できません。」 「壊れてはいません。」
「壊れているかどうかではなく、登録できないんです。木と黒曜石の複合武器で、補修元の追跡ができない。移民武器の流入管理規定と、テロ対策規定に引っかかります。さらに、認証工房の欄が空です。この状態では上位組織の活動資格に載せられません。」
資格官は一瞬だけ、心底困った顔をした。
「取り直せば済む方は、そうしていただきます。あなたの場合は、防具と装具の保険条項も同時に再審査です。白血病の記載、左腿の固定具、特注武器二種、夜間限定の活動条件。ここまで重なると、武器一つを預けても全体が止まります。追放歴があると併合罰則規則がありまして…。」
小隊長が横から割り込んだ。
「こいつは使える。現場で証明してる。うちの若い奴らも動きが良くなった。負傷も減った。規約のために切るには惜しい。」
「惜しいかどうかで保険は下りません。テロに加担する可能性がある組織に出資する会社なんてありませんよ。」
資格官の声は冷たくなかった。冷たい方が、まだ楽だった。彼はただ、紙の上にある決まりを読んでいるだけだった。
「活動停止です。所属も解除になります。停止分の給料は支払われます。」
カイトはマクアウィトルを見た。夢を諦めた誰かが持っていた武器。軽く、修理しやすく、左脚が遅れる日に間合いを補ってくれる道具。危険物として扱われるには、あまりに手に馴染んでいた。
「追放ですね。」
受付が小さく顔をしかめた。
「正式には所属解除です。」
資格官は書類を差し出した。本来なら、規定違反による所属解除は退職金の取消し事由を満たしていた。だが傭兵団は、例外として通常より多い額を振り込んでいた。理由欄には、戦術指導協力、夜間魔族狩りにおける損耗軽減、現場運用改善、と書かれている。カイトはそこを読んで、少しだけ目を止めた。
「悪いが上には目を瞑っててくれ。」
「ええ、貴方の独断と言うことで。」
「上にも目を瞑っててくれ。物理的にもだ。」
そう言ってカイトの方に封をした現金を渡す。
「多いですね。」
受付がそっぽを向いた。
「計算ミスではありません。」
小隊長が腕を組んだ。
「文句を言うな。受け取れ。こっちが受け取らないと困るんだよ。」
「なぜですか。」
「お前をただ追い出したことになるからだ。」
カイトは返事に困った。追い出されたことは事実だった。ただ、事実だけでは人が困るらしい。彼は署名し、マクアウィトルを腰へ戻した。
その夜、Braviewの夢路は荒れていた。最初の勇者パーティの横領額が露呈した。額が大きかった。大きすぎて、ただの不正では済まなくなっていた。勇者支援の停止を求める声が増え、勇者を泊める宿、勇者へ貸す装備、勇者へ出す補助金にまで低評価が並ぶ。五人で別の幹部を討伐したという報告もあった。実力は落ちたが、動きは安定していたという書き込みもあった。その直後に、一人が逮捕されたという報告が重なる。
「…追放者ギルドから追い出されたのはそういうことなのか?」
星の数も、言葉も荒れていた。 カイトは寝台の上で目を開けた。左腿はまだ熱い。薬は効き始めているが、抜けるまで時間がかかる。今日腹を立てたことは、明日にはだいたい薄れる。だが、薄れた後にも残るものはある。勇者への排除が強まれば、困るのは横領した人間だけではない。真面目に戦っている勇者も、勇者に守られていた村も、補給を待つ町も、巻き添えを食う。 カイトは天井を見たまま、深く息を吐いた。
「追放者ギルド…アソコにヒントがあるみたいだな、追放理由がやっぱり説明がつかない。といってもアソコの数ヶ月で生活費は一生分確保できたからなぁ。リスクが大きいな。」
立派な決意ではなかった。ただ、面倒なものを見つけてしまった人間の声だった。
勇者の物の中で50kgを超えるものが確実に一つあります。
そういうことです。




