「お姉様は何もしてません!」と手柄を奪った妹へ。その不良債権(王太子)、返品不可です。
「アリーシャ! お前との婚約を今この瞬間、破棄する! 私は真実の愛、セレスティナを妃に迎えることにした!」
きらびやかな夜会の中心で、王太子エドウィンが声を張り上げた。
隣には、私の妹であるセレスティナが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて寄り添っている。
私は手に持ったグラスを静かに揺らし、淡々と問いかけた。
「……よろしいのですか? 私は王妃教育も終え、これまで公務を代行して参りましたが」
するとセレスティナが、待っていましたと言わんばかりに割って入った。
「お姉様、いい加減にして! 皆さん、騙されないで! お姉様は何もしていません! あの画期的な新税制も、北部の魔物討伐の兵站管理も、領地復興も……全部、私が考えてお姉様に『指示』を出してあげたことなんです! お姉様は理解が遅いから、私の言う通りに書類を書いていただけなのよ! お姉様はただの筆記係ですもの!」
その瞬間、会場がどよめいた。
「なんと……セレスティナ嬢があの複雑な税制を……!」
「ああ、やはり。アリーシャ様はいつも無表情で、冷徹な事務作業しかできないと思っていましたよ。あれほどの慈愛に満ちた政策、彼女に思いつくはずがない」
「セレスティナ様こそ、我が国の頭脳にして真の聖女だ!」
エドウィンも得意げに胸を張る。
「そうだ! 私が北部の魔物討伐に赴いた時も、後方で計算ばかりしていたお前と違い、セレスティナは私に『勇気』を与えてくれた。彼女のアドバイスがあったからこそ、私は勝利できたのだ!」
(……計算ばかりしていた、ですって?)
私は扇で口元を隠し、必死に「笑み」を堪えた。
あの時、現場の騎士たちが食料不足で餓死寸前だったのを、私が三日三晩寝ずに近隣の商会を回って説得し、私財を投じて補給路を確保したことを、この男は知らないのだ。
セレスティナがやったことといえば、「殿下、頑張ってくださいね!」と可愛らしく手紙を書いただけ。
あの戦いで兵が餓死していたら、敗北していたのは殿下の方なのだが、たぶん何もわかっていない。
(助かった……! 本当に、本当に助かったわ!)
エドウィン王太子は、顔はいいが中身は空っぽ。政務は丸投げ、趣味は宝飾品の爆買い。
先月も、西方侯爵が減税案に猛反対して「王家への忠誠を辞める」とまで言い出した時、私は三日間かけて侯爵の領地まで足を運び、膝を突き合わせて交渉した。
その間、セレスティナは何をしていたか。
王太子の隣で「お姉様が失礼しました。減税なんて素晴らしい改革ですのに、侯爵様は分かってらっしゃらないわ」と火に油を注いで笑っていただけだ。
ふと視線をやると、父である公爵が青ざめた顔で立ち尽くしていた。
他の能天気な貴族たちとは違う。彼だけは、理解しているのだ。
今セレスティナが口にした言葉が、この国の土台を崩しかねない恐ろしい嘘だということを。
(父様は、すべて知っているはず。私の書類を最後に確認していたのはあなたなのですから)
だが、父は口を開かなかった。
ここで妹の嘘を暴けば公爵家の醜聞になる。それよりも「有能な聖女」として妹を王家に売り込んだ方が得策だ……そんな計算高い沈黙が、私には手に取るように分かった。
「どうせ、アリーシャがこれからも陰で支えれば済む話だ」という甘えが、父の表情に張り付いている。
「セレスティナ、あなたが全て私の背後で指示を出していたという証言、確かに承りました。殿下、相違ありませんね?」
エドウィンは鼻で笑った。
「当然だ。お前のような可愛げのない、計算高いだけの女は、今すぐこの国から出て行け! 公務の記録もすべて書き換えておこう。この国に、お前の居場所などない!」
高座では、国王陛下が酒を片手にこの茶番を黙認している。
彼もまた、面倒な交渉や資金繰りを私に押し付け、エドウィンの我が儘を「アリーシャがなんとかするだろう」と放置してきた共犯者だ。
(陛下は、私がこの婚約を絶対に断れないと思っているのでしょうね。私を少し絶望させて、あとで愛妾にでもして繋ぎ止めておけば、便利に使い続けられるとでも?)
王家という権力に、私が縋り付くと信じて疑わない傲慢さが透けて見える。
「承知いたしました。それでは、私は本日をもって『全ての業務』から手を引かせていただきます。……今まで私が個人的に結んでいた商会との契約や、貴族の方々との『約束』も、すべて白紙に戻りますので、あとは新しく王太子妃となるセレスティナ様が上手くなさってください」
私が迷いなく一礼すると、国王は一瞬だけ、酒杯を止めて怪訝そうに眉を寄せた。
まさか私が本当に、この国を捨てる準備を整えているとは夢にも思っていないのだろう。
「……アリーシャ、待て」
背後から、父の震える声がかすかに聞こえた。
本能的に、今の私が「公爵家の娘」ではなく「一人の冷徹な実務家」として、永遠に手を離そうとしていることに気づいたのだろう。
だが、私は振り返らなかった。
ああ、明日から地獄のような「不良債権」の処理に追われなくていいなんて。最高だわ!
それから三ヶ月。
私は国を追放されたため、隣国の国境付近にある別荘で、優雅にティータイムを楽しんでいた。もちろん、私の個人商会で建てたものだ。
そこへ、髪は振り乱れ、ドレスも泥だらけになったセレスティナが転がり込んできた。
「お姉様ぁぁぁ!! 助けて! お願い、今すぐ王都に戻ってきて!」
私は紅茶を一口すすり、優雅に小首を傾げた。
「あら、どうしたの? 『真の聖女』様」
「助けて、もう無理なの! 国庫が空っぽどころか、借金の督促状が山のように届くのよ! 私が『減税する』って言っちゃったから、税収は激減したのに、エドウィン様は毎日『宝石を買え』『祝宴を開け』って喚くし……! 怒った西方侯爵が軍を動かして、王都に向かってるのよ!?」
「まあ。減税はあなたの素晴らしいアイデアだったのでしょう? なら、侯爵様も喜んでいるはずではなくて?」
「あんなの、お姉様が事前に根回ししてたから上手くいってただけじゃない! 私が適当に書類にサインしたら、なぜか隣国との通商条約が破棄されちゃって……砂糖も塩も入ってこないのよ!? 魔物対策の騎士団も『給料が払われないなら戦わない』ってストライキを起こしてるの!」
セレスティナは私の足元に縋り付き、涙を流して叫ぶ。
そこへ、青い顔をした父・公爵も駆け込んできた。
「アリーシャ! 戻ってくれ! 国王陛下も『アリーシャを連れ戻せ、今すぐだ!』と発狂しておられる! エドウィンを廃嫡してでも、お前を王妃に、いや、実権を持つ摂政に据えるとおっしゃっている!」
「お断りしますわ、父様。陛下は、私が裏で全てを回していると知りながら、あの夜は私の追放を笑って見ていらっしゃいました。……私の労働力は、無料ではありませんのよ」
私は父を見下ろしてにっこりと笑う。
「それに、私が家に戻った時おっしゃったでしょう? 『この国にお前の居場所はない』と」
「そ、れは……あの時は、お前が本当に戻ってこなくなるとは思っていなかったのだ!」
「あらあら、借金の連帯保証人にでもなったつもりでしたか? 残念ですが、私はもう『破産宣告』を出しました。あとは野となれ山となれ、ですわ」
そこへ、一人の美しい青年が歩み寄ってきた。隣国の第一王子、カイル様だ。
「アリーシャ嬢、準備はいいかい? 我が国の国王も、君のような天才を迎えられることを心待ちにしているよ」
「カイル様。ええ、今すぐ参りましょう」
彼は私の手を取り、跪いて口づけを落とした。
「君という『至宝』を捨て、あまつさえ愛妾にしようなどと企んだ愚か者たちには、相応の地獄が待っているだろうね」
「そんな……っ! お姉様、見捨てるの!? 私、王太子妃になるのよ!? この国はどうなるの!?」
地べたに這いつくばって泣き叫ぶセレスティナを見下ろし、私は最後に極上の笑みを浮かべて告げた。
「いいえ、セレスティナ。あなたが手に入れたのは王太子妃の座じゃない。……膨れ上がった利息と、破綻寸前のプライドだけが残った『不良債権』よ。返品は一切受け付けていないから、一生かけてエドウィン殿下と心中でもしてちょうだい。頑張ってね?」
その後、王国は段階的に崩壊していった。
一週間後、私の信用で成り立っていた商会連合が取引を停止し、市場から物資が消えた。
一ヶ月後、セレスティナの「デタラメな減税」で税収が途絶え、給料未払いの騎士団がストライキを起こして治安が崩壊した。
二ヶ月後、怒り狂った民衆が王宮を取り囲み、国王は退位。王国はカイル様の国の「保護領」……事実上の属国として解体された。
エドウィンは辺境の塔へ幽閉。
妹セレスティナは「国を滅ぼした詐欺師」として石を投げられ、北の修道院へ。
そして、すべてを知りながら黙認した父・公爵は、全財産を没収され、平民以下の暮らしの中で、かつての私の献身を思い出しながら後悔に暮れているという。
「やっぱり不良債権は、早めに損切りするに限るわね」
私は、隣で私のために最高級の蜂蜜酒を注いでくれるカイル様を見つめながら、今度こそ心からの笑顔を浮かべた。
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