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アナステシアの影宰アナスタシアの影宰相〜冤罪で死んだ元議員秘書、【黒革の手帖】で異世界を裏から異世界を支払する〜  作者: 月神世一


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EP 9

勝利の祝杯と、村の夜明け

黒塗りの馬車が土煙を上げて去っていく。

その後ろ姿が見えなくなるまで、ポポロ村は静寂に包まれていた。

村人たちは、手に手に農具や粗末な武器を握りしめたまま、事態が飲み込めずにいる。

「……行った、のか?」

「キャルルちゃんは? 連れて行かれてないよな?」

ざわめきが広がる中、俺はキャルルと共に村長宅から出てきた。

夕焼けに照らされた俺たちの姿を見て、モウラが鎖をジャラつかせながら駆け寄ってくる。

「おい若林! どうなったんだい!? アンタが酒持って入ってった後、中で何が……」

「モウラさん、武器をしまってください」

俺はネクタイを緩め、村人全員に聞こえるように声を張り上げた。

「交渉は成立しました! 帝国第4方面担当官バロス氏は、我々の要求を全面的に受け入れました!」

俺は手元の覚書を高々と掲げる。

「一つ! ポポロ村に対する、向こう10年間の徴税免除!」

「二つ! 過去の不当徴収分の返還!」

「三つ! 村の開発予算として、年間1億円の給付!」

一瞬、時が止まった。

意味を理解するのに数秒。

そして。

「う、うおおおおおおおおっ!!」

「マジかよ!? 税金ゼロ!? しかも金がもらえる!?」

「キャルルちゃんが売られずに済んだんだ!!」

爆発的な歓声が沸き起こった。

帽子を投げる者、抱き合って泣く者、地面を叩いて喜ぶ者。

彼らにとって、バロスという存在は天災そのものだった。それが去っただけでなく、富をもたらす益獣に変わったのだ。

「すげぇ……。あの強欲バロスから金毟り取るとか、アンタ魔法使いより怖えよ」

ニャングルが呆れ顔で、しかし嬉しそうに俺の背中を叩いた。

「さあ、皆さん! 今日は無礼講です! 勝利の宴としましょう!」

俺の号令で、歓喜の夜が始まった。

***

村の広場に巨大な焚き火が組まれた。

俺は【黒革の手帖】を使い、ルチアナに緊急発注をかけた。

『ビール(350ml缶・銀色のドライなやつ) × 20ケース』

『おでんの素(業務田用粉末出汁)』

『日本酒(一升瓶)』

対価として、バロスから巻き上げた(予定の)5000万の一部を「前借り」する形で処理。ルチアナからは『まいどあり~! これでガチャ回せるわ!』というふざけたメッセージと共に、物資が転送されてきた。

「なんだこりゃ? 銀色の筒?」

「冷たい! 氷魔法がかかってるのか?」

村人たちが冷えた缶ビールを不思議そうに手に取る。

俺は自分の分を開け、プシュッという音を響かせた。

「これは『ビール』。私の故郷の祝い酒です。……ポポロ村の夜明けに、乾杯!」

「「「乾杯!!」」」

全員がプルタブを開け、喉に流し込む。

直後、あちこちで悲鳴に近い歓声が上がった。

「ぐわぁっ! 喉が痛てぇ! でも美味ぇ!!」

「シュワシュワする! ドワーフの麦酒よりキレがあるぞ!」

「プハァーッ! 仕事上がりに最高だこれ!」

炭酸の刺激と、キンキンに冷えた喉越し。

冷蔵技術の乏しいこの世界において、これ以上の贅沢はない。

そして、料理の主役は――。

「できたぞー! 特製『ポポロおでん』だ!」

俺とガンツ(彼は意外と料理上手だった)が指揮を執り、大鍋で作ったおでんが振る舞われる。

具材は、昨日キャルルが倒したマッド・ボアの肉団子、トライバードの卵、そして何より……。

「熱ッ! ……はふ、はふ。……んん~っ!!」

キャルルが大きな口を開けて頬張っているのは、ポポロ村特産の『月見大根』だ。

地球の出汁をたっぷりと吸い込み、飴色に輝いている。

箸を入れるだけでスッと切れる柔らかさ。

口に入れると、大根自体の甘みと、カツオ出汁の旨味がジュワッと溢れ出す。

「おじさんこれ美味しい! お汁が中まで染みてるのに、大根の味が濃い!」

「ええ。ポポロの大根は繊維がきめ細かいから、出汁をよく吸うんです」

「こっちの肉もやべぇぞ! プリプリだ!」

モウラはボア肉団子を串刺しにして、ビールで流し込んでいる。「カエルの件は許してやるよ!」と上機嫌だ。

俺も大根を一口食べた。

……美味い。

前世、仕事帰りの屋台で食べたおでんよりも、ずっと深く、優しい味がする。

隣には美少女、周りには笑顔の村人たち。

スーツの汚れを気にせず、地べたに座って飲む酒が、こんなに美味いとは知らなかった。

「若林ハン」

ニャングルが日本酒の瓶を抱えて寄ってきた。既に顔が赤い。

「これだけの物資、ポンと出せるアンタは一体何者なんや? ……ゴルド商会の会長でも、こんな芸当できへんで」

「ただの元・秘書ですよ」

「嘘つけ。ま、ええわ。アンタについていけば、大儲けできそうやしな」

ニャングルはニヤリと笑い、俺のグラスに酒を注いだ。

彼もまた、俺の「共犯者」だ。

***

宴もたけなわとなり、酔い潰れる村人が出始めた頃。

俺は喧騒を離れ、村はずれの小高い丘に登った。

ここからは、宴の明かりと、満天の星空がよく見える。

「……おじさん、ここにいたんだ」

背後から、鈴を転がすような声がした。

キャルルだ。彼女は二本のビール缶を持って、隣に座った。

「お疲れ様、村長」

「お疲れ様、若林のおじさん。……はい」

彼女は新しいビールを俺に手渡した。

月光を浴びた彼女の横顔は、昼間の愛らしさとは違う、神秘的な美しさを帯びている。

やはり彼女は「月兎族」なのだと実感する。

「ねえ、おじさん」

「はい」

「おじさんのいた世界って、どんな所だったの?」

キャルルが夜空を見上げながら呟いた。

俺はプルタブを開け、一口飲んでから答えた.

「……豊かな場所でしたよ。飢えることも、魔獣に怯えることもない。夜でも昼のように明るくて、冬でも暖かい」

「へえ……天国みたいだね」

「でも、心は貧しかった」

俺は自嘲気味に笑った。

「みんな、何かに追われるように働いて、他人の足を引っ張って、作り笑いをして……。美味しい大根を食べても、こんなふうに心の底から『美味い』と笑える奴は、少なかった気がします」

俺もその一人だった。

ボスの顔色を伺い、有権者に頭を下げ、泥をかぶり続けた日々。

「ふうん。……じゃあ、おじさんはこっちに来て良かった?」

キャルルが俺の顔を覗き込む。

そのルビー色の瞳が、俺の心の奥底まで見透かそうとしている。

「……そうですね」

俺は村の方を見た。

焚き火を囲んで笑うガンツ、モウラ、ニャングル。

そして、隣にいるキャルル。

「悪くない、と思っていますよ。ここには、守り甲斐のあるものがありますから」

俺の言葉に、キャルルは嬉しそうに目を細めた。

そして、そっと俺の肩に頭を預けてきた。

甘い大根の匂いと、日向のような温かい匂いがした。

「私ね、村長失格だと思ってたの」

「……」

「喧嘩は強いけど、難しいことは分からないし、バロスみたいな怖い人には言い返せないし。……でも、おじさんが来てくれて、勇気をくれた」

キャルルの手が、俺のスーツの袖を掴む。

「これからも、そばにいてくれる? 私の……『秘書』として」

それは、契約の言葉だった。

主従ではない。対等な、魂の契約。

「ええ、喜んで。……ただし、私の給料は高いですよ?」

「ふふっ。出世払いにしてね」

二人の笑い声が、夜風に溶けていった。

こうして俺は、ポポロ村という「居場所」を手に入れた。

だが。

【黒革の手帖】が、懐で熱を帯びた気がした。

平穏な日々は長くは続かない。

バロスを落としたことで、この村は「目立ちすぎた」。

光が強くなれば、影もまた濃くなる。

「……そろそろ、次の準備をしないとな」

俺は残ったビールを飲み干した。

苦味が、心地よく気を引き締めてくれた。

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