EP 6
情報のパズルを組み立てろ
運命の期限前日。
ポポロ村の空気は張り詰めていた。
村人たちは不安そうに空を見上げ、自警団のモウラはイライラと鎖付き鉄球を磨いている。
だが、俺は村長宅の一室で、優雅にコーヒー(ルチアナ印のインスタントだが)を啜っていた。
テーブルの上には、俺が前世で使い古した事務用品――バインダー、ボールペン、そして数枚のレポート用紙が整然と並べられている。
「若林のおじさん……本当に大丈夫なの? 明日の夕方には、あいつが来るんだよ?」
キャルルが心配そうに部屋の中を行ったり来たりしている。
その長い兎耳は落ち着きなく揺れ、尻尾もしょんぼりと垂れ下がっていた。
「座りなさい、キャルルさん。焦りは判断を鈍らせます」
「でもぉ……!」
「大丈夫。……ほら、最高の『弾丸』が届いたようですよ」
俺が窓の外へ視線を向けた直後。
ドサッ! という音と共に、窓から何かが飛び込んできた。
茶トラの猫耳。ニャングルだ。彼は息を切らしながら、しかし満面の笑みで懐から封筒を取り出した。
「ハァ、ハァ……! 待たせたな若林ハン! 手に入れてきたでぇ!」
ニャングルは封筒をテーブルに叩きつけた。
中から滑り出てきたのは、羊皮紙の束だ。
「帝都の裏カジノ『黒の山羊』の借用書、その写しや! ウチの商会の『情報部』は優秀やろ?」
俺はその書類を手に取り、目を通す。
そこには生々しい数字と、バロスの署名、そして血判が押されていた。
『借入金:金 5,000万円也』
『返済期限:即日』
『利息:トイチ(10日で1割)』
「5000万……!」
キャルルが絶句する。「この村の年間予算の何倍……?」
「こっちの世界も物騒な金利ですねぇ」
俺は苦笑した。
「帝国の通貨価値は日本円と同じ。5000万は大金ですが、地方官僚が遊んで作れる額じゃない。……相当、入れ込んでますね」
ニャングルが鼻を鳴らす。
「せや。バロスのアホは、ここ数ヶ月で急に羽振りが良くなったんや。高級ブランドのスーツ着て、万札(一万円札)の束をビラビラさせてな。……ワイら商人は『インクの匂い』に敏感やからすぐ分かったわ。あれは汚い金や」
「ええ。その金の出処も、使い道も、全て分かっています」
俺は【黒革の手帖】を開いた。
ニャングルが持ってきた「借金」というピース。
そこに、手帖が示す「情事」というピースをはめ込む。
パズルが完成した。
「バロスが金を必要としている理由は、ギャンブルだけじゃない。……『女』です」
「女?」
「ええ。それもただの女じゃない。帝国の重鎮、ダルメシア伯爵の若き後妻……シルビア夫人」
俺は手帖に浮かび上がった情報を読み上げる。
「シルビア夫人は浪費家で有名だ。バロスは彼女の気を引くために、横領した税金を貢いでいる。だが、それも底をつき、カジノで一発逆転を狙って失敗。……結果、5000万の借金を背負い、首が回らなくなった」
「だから……私を?」
キャルルが青ざめる。
「そうです。希少な月兎族であるあなたを帝都の闇オークションで売れば、億単位の金になる。借金を返して、さらにお釣りが来る計算だったんでしょう」
「最低……ッ!」
キャルルが怒りで拳を震わせる。
「ホンマにクズやな。……せやけど若林ハン、借金の証拠だけじゃ弱くないか? 奴は『これは偽造だ』ってシラを切るかもしれんで?」
ニャングルが鋭い指摘をする。確かに、権力者は不利な証拠を揉み消すのが得意だ。
だが、俺は不敵に笑った。
「借金だけなら揉み消せるでしょう。ですが……『不倫』は?」
俺は手帖のページを指先で弾いた。
「ダルメシア伯爵は、武闘派で知られる冷酷な貴族です。もし自分の妻が、小役人と寝ていると知ったら?」
「……物理的に消されるな。ミンチや」
ニャングルが首を手刀で切る仕草をした。
「バロスが最も恐れているのは、法による裁きじゃない。伯爵による『私刑』です。……そしてここには、彼らの密会日時と場所、そして『愛の巣』であるマンションの部屋番号まで書いてある」
俺は手帖を閉じた。
パタン、という乾いた音が部屋に響く。
「借金による社会的破滅。
横領による法的破滅。
そして不倫による物理的破滅。
……三方向から『詰み』です」
俺はキャルルに向き直った。
「キャルルさん。明日の交渉の場、少し模様替えをしましょう」
「模様替え?」
「ええ。彼を歓迎するための、最高の『VIP席』を用意するんです」
俺はレポート用紙に、会場の配置図を描き始めた。
交渉において、座る位置、光の当たり方、そして「誰がどこにいるか」という空気作りは、言葉以上に雄弁な武器になる。
「ニャングルさん、あなたは隣の部屋で待機を。合図をしたら、あの『ウイスキー』を持って入ってきてください」
「カッカッカ! 演出やな? 任しとき! ワイ、そういうの大好きや!」
「モウラさんたち自警団には、村の入り口で『敗北したふり』をしてもらいます。バロスを完全に油断させ、奥まで誘い込むために」
俺の指示に、キャルルがゴクリと唾を飲んだ。
「……若林のおじさん、悪い顔してる」
「褒め言葉ですね」
俺はネクタイを締め直し、窓の外に広がる夕焼けを見た。
明日の今頃、この村は解放される。
俺という、異分子の手によって。
「さあ、準備は整いました。……明日は派手にやりましょう」
そして、運命の当日がやってくる。




