EP 5
ゴルド商会との裏取引
「まいど! 儲かってまっかー! ……とは言えん雰囲気やなぁ」
ポポロ村の粗末な集会場に、場違いに明るい声が響いた。
現れたのは、茶トラ模様の猫耳と尻尾を揺らす青年。
大陸屈指の大企業「ゴルド商会」のポポロ村駐在員、ニャングルだ。
彼は愛用の鉄算盤をチャカチャカと鳴らしながら、深刻な顔をしている俺とキャルルを見回した。
「話は聞いとるで、キャルル。あのバロスのアホが無理難題ふっかけてきたんやて? 災難やなぁ」
「うん……。ごめんねニャングル、急に呼び出して」
「ええってことよ。幼馴染のよしみや。……せやけど、金は貸せんで? ワイも本社への上納金があるさかい、慈善事業はできへんのや」
ニャングルは申し訳なさそうに、けれどきっぱりと言った。
商人の鑑だ。情はあっても、財布の紐は別。
だが、それでいい。ビジネスとは情けではなく、利益で動くものだ。
「お待ちしていましたよ、ニャングルさん」
俺はパイプ椅子(もちろん村にはないので、木の椅子だ)を勧め、対面に座った。
「あんさんが、噂の新しい書記官ハンか。……妙な服着てはるな」
「若林です。単刀直入に言いましょう。あなたに『商談』があります」
「商談?」
「ええ。この村の独占貿易権と引き換えに、あるものを買い取っていただきたい」
ニャングルは呆れたように耳をパタパタさせた。
「あのなぁ若林ハン。ポポロ村の名産は月見大根と太陽芋や。それはもうウチが扱っとる。他に何があるっちゅうねん? まさかキャルルの手作り人参柄ハンカチか? あれは呪いのアイテム枠やで」
「ひどい!」とキャルルが抗議するのを手で制し、俺は懐から【黒革の手帖】を取り出した。
「私が扱うのは、この大陸のどこにもない……『異界の嗜好品』です」
俺は手帖を開き、予めルチアナに発注しておいた品目をペンでなぞった。
『ジャパニーズ・ウイスキー(12年熟成)』
『柿の種(わさび味)』
淡い光が集束し、テーブルの上に「それ」が現れる。
重厚なカットが入ったガラスのボトル。琥珀色の液体が揺れている。
そして、オレンジ色の三日月型の菓子が入った小袋。
「な、なんやそれ……!?」
「ガラス……? こんなに透明で、綺麗な細工の瓶、見たことない……!」
ニャングルの猫目が限界まで見開かれた。
この世界でもガラスはあるが、気泡が入った濁ったものが多く、これほど透明度の高いボトルは王侯貴族の宝物庫にしかない。
「まずは、味見を」
俺はグラス(これも取り寄せた)にウイスキーを注ぎ、氷(キャルルに頼んで井戸水を凍らせてもらったもの)を浮かべて差し出した。
カラン、と涼やかな音が響く。
ニャングルは恐る恐るグラスを手に取り、芳醇な香りを嗅いだ瞬間、尻尾がピンと立った。
「こ、これは……!!」
一口含んだ瞬間。
彼の全身の毛が逆立った。
「美味ぁぁぁぁぁぁぁいっ!! なんやこれ!? 喉越しは絹のように滑らかやのに、腹の底から熱くなるような芳醇な香り! ドワーフの火酒より上品で、エルフの果実酒より深い! 芸術品や!!」
「おつまみもどうぞ。ピリッとしてお酒に合いますよ」
俺は柿の種の小袋を開けた。
ニャングルはポリポリと齧り、また絶叫した。
「辛っ! でも美味っ! このカリカリした食感と、鼻に抜ける刺激……あかん、酒が止まらん! これは悪魔の食べ物や!」
あっという間にグラスを空けたニャングルは、俺の手を両手で握りしめた。
その目には、金貨のマークが浮かんでいるように見えた。
「若林ハン! ……いや、若林様! これ、なんぼや!? 在庫はあるんか!? 帝都の貴族なら金貨10枚……いや、オークションにかければもっと吊り上げられるで!」
陥落。
地球の、それも日本の「食」のクオリティは、異世界では暴力的なまでの価値を持つ。
「在庫は、私がいる限り無限に用意できます」
俺は静かに告げた。
「この酒とつまみの『独占販売権』を、ゴルド商会に差し上げましょう。……ただし、条件があります」
ニャングルはゴクリと唾を飲んだ。
「じょ、条件て?」
「金貨ではありません。私が欲しいのは『情報』です」
俺は手帖を開き、とあるページを彼に見せた。
そこには、徴税官バロスの名前と、彼が抱える借金の詳細が記されている。
「徴税官バロス。彼が帝都の違法カジノ『黒の山羊』で作った借金の借用書。そして、彼が着服した税金の隠し場所……この『裏付け証拠』を取ってきてください」
「なっ……!?」
ニャングルは絶句した。
「バロスの裏帳簿……? なんであんさんがそんなこと知っとるんや……」
「それは企業秘密です。ゴルド商会の情報網なら、裏取りくらい簡単でしょう?」
俺は畳み掛ける。
「ニャングルさん。あなたは商売人だ。一時的な賄賂でバロスを黙らせても、奴はまた必ず集りに来る。……ならば、ここで奴を再起不能にして、ポポロ村という『金のなる木』を、あなたの手で守るべきではありませんか?」
ニャングルは少しの間、沈黙した。
商人の顔でそろばんを弾き、そして――ニヤリと笑った。
「……カッカッカ! 参ったわ。あんさん、ほんまにただの書記官か? 魔王よりえげつない顔してはるで」
彼は空になったグラスを置いた。
「乗った! その商談、成立や! ウチの流通ルートと裏のツテ使えば、借用書の原本くらい1日で手に入れたる!」
「頼もしいですね」
「その代わり、この酒の卸値は勉強してもらうで? ワイ、これから出世街道まっしぐらやからな!」
ニャングルはウイスキーのボトルを抱きかかえると、風のように去っていった。
「すぐ帝都の支店に連絡飛ばすわ!」という叫び声を残して。
静かになった部屋で、キャルルがポカンとしていた。
「す、すごい……。あのケチなニャングルが、あんなに言いなりになるなんて……」
「彼はケチなんじゃありません。聡明なだけです」
俺は手帖を閉じた。
資金源と、情報の裏付けルートは確保した。
あとは、仕上げだ。
「さあ、キャルルさん。次は『舞台』の準備をしましょうか」
「舞台?」
「ええ。バロス様を迎えるための、最高の処刑台ですよ」
俺は不敵に笑った。
役者は揃いつつある。
明後日の夕方、この村で、一つの権力が地に落ちる音がするはずだ。




